第9話 レイラは匂いフェチ?

 朝スマホのアラームが鳴って、身体を起こして止めようとする。

 だけど動きづらくて、目が開いていない状態でスマホがある場所を探して腕を伸ばした。

 頭の上の辺りを手で探ると、いつものスマホの感触。

 それを顔の前に持ってきて、一生懸命目を開いてアラームを止める。

 何度も鳴るスヌーズも切ると、どうして動きづらかったのかがわかった。



「――――」



 規則正しい寝息がすぐそこにある。ソファから落ちたのか、ソファと僕の間に挟まるようにレイラが寝ていた。

 僕とレイラの間には毛布があるけど、片方だけレイラの手が潜り込んできている。

 僕のTシャツを摘むように握っていて、毛布越しにレイラの脚が絡まっているのを感じた。


 起きた瞬間から天国だ。いや、昨日からレイラの家に来ていて、すでに天国ではあったのだけど。

 不慮の事故とはいえ、毛布越しでも……これって密着でしょ?

 この状態を一秒でも長く維持したいなんて思ってしまうけど、後ろ髪を引かれる思いで抜け出す。

 時間は七時過ぎで、正直もう少し寝たいって感覚があるけど起きる。

 まだ単位には余裕があるけど、どうしても出れないなんてことが起きたときに単位がないなんて状況にするわけにはいかない。


 レイラを起こさないように毛布から抜け出し、洋服を持ってそのまま洗面所へと向かう。

 配信者の自宅紹介みたいな洗面二箇所とかではないけど、十分大きくて鏡は二人くらい余裕で入るくらいだ。

 洗顔や歯磨きを終えて、洗面所で着替えを済ませる。

 リビングに戻って大学の支度をしていると、レイラが半分寝たまま話しかけてきた。



「翔也……くん、早いね」


「おはようございます」


「う……ん。これ……」



 寝転がったまま手探りでテーブルの上を探して、カードを僕の方に持ってくる。



「セキュリティーとか家の鍵」


「ありがとうございます。大学行ってくるので、もう少し寝ててください」


「うん……いってらっしゃい」



 レイラはさっきまで僕がかけていた毛布を抱いて、すぐ二度寝していた。

 まだレイラの家の勝手がわからないので、朝はコンビニのおにぎりで済ませる。

 大学ではまだ依然として視線を感じるけど、たぶんそのうち解消されるだろう。

 そして夕方には少し早い時間――見てしまった。


 大学から帰る場所はレイラのタワーマンション。現実感なんて少しも感じはしない。

 エントランスを抜けて、エレベーターで一三階のボタンに触れる。

 一三階で降りた僕は、物音に気をつけて静かに入ることにした。

 というのもVtuberや実況系の配信者は、基本的に夜型が多い。

 この時間でもいつも寝ているという人もいる。

 レイラだってお昼に一度起きて、夜に備えて仮眠を取っていることもあるかもしれない。

 だから僕は玄関をそっと開けて、極力物音に気をつけてリビングに向かう。



「――――――」



 僕は口元を抑えて、静かに移動してトイレに入る。

 リビングでレイラがアヒル座りしていたんだけど、僕のTシャツを手に持って匂いを嗅いでいた。

 洗いたての寝間着だったから、悪臭というほど臭くはないと思うんだけど……。

 女性は匂いフェチの人がけっこういるっていうし、レイラもそうなのかと一瞬考える。

 だけどレイラが匂いフェチだったとして、僕の寝間着がそれに該当するかはわからない。

 結局わからないので、僕は見なかったことにする。

 わざとらしくトイレの水を流して、帰ってきていることを知らせた。



「お、おかえりなさい」


「ただいまです」


「けっこう早かったね」


「僕のアパートより大学が近いのと、バイト先に合わせて講義取っているので」


「そういえば翔也くんってなんのバイトしているの?」


「休日はウェディングなどもしているレストランです」


「あ、SNSで見かけたかも。テイクアウトみたいなのはやってないよね。翔也くんが出勤できるようになったら、食べに行ってもいい?」


「いいですよ。いつ頃になるか、まだわからないですけどね」




 僕たちは出前で夕食を取ったあと、配信に向けた準備をする。

 レイラは文字通り配信の準備だけど、僕がすることはワイヤレスイヤホンを繋いで待機するだけなんだけど。

 今日配信するのは、俗に言う単発ゲーのようだ。

 時間はゲームによって変わるけど、単発ゲーって呼ばれているのは大体一回の配信でクリアできるようなゲームとなっている。

 なのだが、その配信の冒頭でレイラは謝罪をしていた。

 僕のスマホはミュートになっているが、通知が炎上したときのように鳴り続けている。

 レイラは詳しい経緯などは伏せていたが、僕のことを取り上げて嫌がらせのようなことなどを止めるように呼びかけた。

 これは事務所とも連携していたようで、公式でも同時刻に声明として発表されていた。

 ここからどうしてそういう流れになるのかわからなかったが、僕のフォロワーは増え続けてしまう。

 もしかしたらレイラが僕のアカウントをフォローしたからということがあるからなのだろうか。

 はっきり言って、僕のSNSなんか面白くないんだけど。



「あれでほとんどの人の誤解は解けると思う」


「あれからずっとスマホ鳴りっぱなしです。送られてくるコメントもだいぶ変わったので、レイラさんのおかげで落ち着きそうです」


「よかったぁ。でもしばらくは様子見した方がいいのと、やっぱり引っ越しはした方がいいと思うんだ。

 今回のことは私のせいだから、お家は私がなんとかするよ」


「いや、そんなことお願いできないですよ」


「翔也くんならそう言うよね。だから引っ越し代と今までの家賃との差額を私が補填する。

 大学にいる間はあのアパートにいる予定だったと思うから、その期間を払わせて?」



 この引っ越しの問題はレイラが引き下がることはなくて、結局押し切られることになった。



「ねぇ? それよりありすってまだ呼ばれてないんだけど?」



 一度考えはしたんだけどレイラのイメージが強過ぎて、なかなか呼ぶ勇気がなかった。

 それに……内田さんじゃダメなの?

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