第8話 残り湯は飲みません

 無事に配信を終えた僕は、レイラと帰りがけに買ってきたコンビニ弁当を食べていた。

 僕が配信していたわけじゃないんだけど。



「配信終わりに顔を合わせるの、ちょっと恥ずかしいかも」


「でも面白かったですよ! あんなマグマの絵面、なかなか見ない光景で」


「面白かった? よかった」



 相変わらず視線はチラチラと向けてくる程度で、レイラはあまり視線を合わせることはない。

 でもこうやって話してくれるだけでも、たぶんすごいことなはず。

 レイラはけっこう人見知りをするらしくて、以前コミュ障だって配信で言っていた。

 配信では破天荒なところとか見せているけど、たぶんレイラも緊張しながらも気を使ってくれているんじゃないかと思う。



「あ、そうだ。さっきは渡せなかったんだけど、これ」



 レイラが名刺を渡してきた。



「――――」



 名刺には事務所の名前とレイラの名前が印刷され、余白に手書きで内田ありすと書いてあった。



「さっきは事務所の人が名刺出すから、私は出さなくてもいいって言われていたから。

 でもうちに来てるから、ちゃんと名前教えた方がいいと思って。

 もし外で私を呼ぶようなことがあったときは、ありすの方で呼んでね」


「はい。わかりました」


「それでね…………しょ、翔也くん、さっき配信観てくれてたんだよね?」



 一瞬チラッと僕の方を見てきて、目が合ったらありすさんは視線をお弁当に向けてしまった。



「観てました」


「コ、コメントとか、くれたこと、ある?」



 顔は下を向いたままだけど、目だけは僕の方を見てきた。



「あの、コメントはしたことがなくて」


「そっか。今度、配信してるとき送ってね?」



 しないわけにはいかない。推しからこんなこと言われたら、僕じゃなくたってするでしょ。



「なにが切っ掛けで私のこと見てくれるようになったの?」


「え……なんか尋問みたいになってません?」


「だって直接こんなに訊けることなんてないし」



 レイラはサワーを飲んでいるせいか、次第に目を合わせて話してくるようになった。

 だけどレイラとは逆に、今度は僕の方が目を合わせづらくなってしまう。

 暑くなったのかスーツの上着をレイラが脱ぐと、ブラウスの上からピンクのブラが透けてしまっていたから。



「いつから私のファンになったの?」



 見てはいけないことがわかっているのに僕は愚かで、どうしてもチラチラと見てしまう。



「去年彼女と別れたあとの、クリスマスシーズンの辺りです」


「私というものがいながら彼女がいたの?」


「レイラさんを知ったのは別れたあとですよ」


「あ、そっか。どうして別れちゃったの?」


「端的に言えば、バイト先の社員さんを好きになったって彼女が」


「……女子は年上がタイプって人、けっこう多いもんね」




 コンビニ弁当を食べ終えるとレイラはお風呂に入り、続いて入る僕に説明をしてくれる。 



「お洗濯するものはここに入れてね」


「そういうわけには……」


「じゃぁ洗濯物どうするの? その辺に置いとくような物でもないからちゃんと出して?」


「はい、すみません」



 僕はランドリーボックスとか洗濯機を極力見て、レイラから視線を外す。

 さっきスーツ姿だったのが今はTシャツにホットパンツというラフなものになっているのだが、それが官能的というかギャップで魅力的というか。



「洗濯物は浴室乾燥するんだけど、翔也くんは開けないで」



 少し恥ずかしそうに視線だけチラッと寄越して、レイラは口ごもりながらも続けた。



「……私の……し、下着とかも、あるから」



 僕は視線を合わせないように下に向ける。レイラを見れば、Tシャツを押し上げてしまっている胸とか、お尻に目が行ってしまう可能性があった。

 見たいか見たくないかは別として、見ないようにしたいのに目が行ってしまうこともある。

 僕はレイラに嫌われたくなかったから、とにかく下に視線を向けた。



「聞いてる?」


「は、はい! もちろん聞いてます」


「翔也くんは変なこと、しないよね?」



 それは疑うような目ではなくって、そうであってほしいというような目だった。



「たぶん実際にはそんなことする人いないとは思うけど、お風呂のお湯飲んだりとか……」


「そういうことは絶対にしません」



 たまにコメント欄で、残り湯を欲しがっているコメントがあるのは僕も知っている。

 あれはふざけているだけ、だと思う。そうだよね?

 だって……気持ち悪いし、身体壊すだろうし……。


 持ってきた歯ブラシを、レイラの歯ブラシと一緒に並べる。

 歯ブラシが二本並んでいるのなんて、彼女と別れて以来だ。

 あんなに好きだったのに、今はこうしてふと思い出してもなんともなかった。


 お風呂を出てリビングに戻ると、レイラがソファで横になって眠っている。

 時計を見ると二時を回っていた。

 毛布と薄い羽布団が置かれていて、たぶん好きな方を使えるようにってことだったのだろう。

 静かなリビングで、眠っているレイラの顔を見てしまう。

 こんなにちゃんとレイラを見るのは、これが初めてだ。

 本当にイラストみたいにレイラは綺麗で、僕だけ一人ドキドキしてくる。


 僕はソファで眠ってしまっているレイラに、羽布団をそっとかけてリビングの電気を消した。

 今日は床で寝ることになるけど、毛足の長いもふもふのじゅうたんが敷かれているのでたぶん大丈夫。

 ソファのすぐ下に僕は横になって、レイラが用意してくれた毛布にくるまった。

 初めて来たレイラの部屋は天上が高くて、まだ今の状況に現実感がない。

 でも今回のことがレイラのお陰で無事に解決しそうで、久しぶりにゆっくり眠ることができた。

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