殺処分
「あーーーーーー」
ごろーんと両手両足を大きく広げて寝っ転がる、天井——といっても檻の中の低い天井なのだが——を見上げながら声を発する、暇すぎるあまりの苦肉の策……のようなモノだ。
案外リラックスしていると言えばそうなのかもしれない、未知の環境に加えてここは地上だと言う話を聞いた、来たかった場所に意図せず来てしまった!
多少なりとも退屈しのぎにはなる。 これから私がどんな目に遭うのだとしても、現状での新鮮さや先の見えないワクワク感はとても筆舌にし難かった。
「あーーーーーーーーー」
のんびりのらりくらり、のぺーっと声を上げるくらいしかやるコトがない、幾ら知らない場所に来たからと言って、何もする事がないのでは退屈なんだ。
「あーーーあーーーー」
そんな私の奇行に耐えかねたのか、机に座って何かを飲んでいたいた短い髪の女が反応を返してきた。
「なんだぁーぶっ壊れたのかー?まぁそうだよなー
そんな狭い所に居たんじゃおかしくもなるよなー?
出して欲しかったらさっさと『言葉を操るモンスター』について知ってることを話したらどうだよぉー」
頬は紅潮し、呂律は怪しく、ふらふらと体が揺れている、体調でも悪いのかな?それともその飲み物が原因なのか、私の声で精神に異常をきたしたとか?
マズイ、もしそうだとしたら仕返しをされてしまうかもしれない、不可抗力だと説明して分かってもらえるだろうか……
などと考えながら、彼女の問に、これまで幾度となく繰り返してきたのと同じ返答を返してやる。
「だから知らないと言ったはずだ、私は私以外のモンスターのことを何も知らない、教えようにも知らないことは話せない、私は本当の事を言ってる」
「……バカにすんなよ」
ガシャンッ!飲み物の入れ物が壁にぶち当たって粉々に砕けた、彼女は椅子を乱暴に倒しながら立ち上がり、私の檻にガァン!と足を掛けてこう言った
「モンスターどの意思疎通なんて最近になって知られたんだ、言葉を話す個体がいるってなーぁ……だがソイツらは言葉を学んだわけじゃない、初めから知ってたんだまるで何者かが与えたかのように。
だからちょー頭のいいオレは考えた、『それならモンスターしか知り得ない何かがあるはずだ』となぁ
お前たちバケモノ共はお互いにこみぬけーひょんを取っているはずだぁー間違いないっ!だから知ってるはずだ!必ずなにか手掛かりがあるに決まってる
オレの親父は言葉を話す怪物にやられた!そいつは流暢に言葉を操っていた!まるで今のおめーのようになぁ!オイ!仲間ぶっ殺してやるから早くその、クソッタレぼけモンスターのこと教えろ!このっ!」
ガンガンガンガン!彼女は何度も何度も檻を蹴っ飛ばした、しかしどう考えてもその行為に意味は無いし、多分けってるその足はとてつもなく痛いはず。
ガンガンガンガン……つるっ!
フラフラな状態で蹴りまくっていた彼女は、ある時バランスを崩して床の上に派手にぶっ倒れた。
「ふぎゃ……ぁ!」
ゴンッ!!!!いやーな音が鳴り響く、あれは見ているだけで痛い、想像するだけで身震いをしてしまう、やっぱりこの女は知能が足りてないようだ。
「いだぁぁーーーっ!誰だよこんな所に床なんか作った奴ぁーーよぉーーーっ!くそくそくそ……ッ!!」
じたばたとのたうち回る女、そうしてしばらく騒がしくしていたかと思うと突然大人しくなり、いつの間にか大イビキをかきながら寝てしまった!
「ぐがーーっ……」
「こわい」
率直な感想が飛び出でる、思わず体を起こしてしまうほどには不気味で奇妙で興味をそそられる出来事だった。 人間というのは思ったより面白い物だ。
かつーんかつーんかつーん、いつかも聞いた階段を下る足音、やがて部屋には白衣の男が姿を現した、彼はそうして一定期間毎にここへ降りてきて、私にいくつかの質問をしたりして去っていくのだ。
「……」
彼は足元に転がる彼女のことをしっかりと見て認識した上で、ゴリッッッという鳴ってはならない音を立てながら彼女の顔面を踏み付けて、通り道のひとつとした。 しつこく踵をグリグリと抉り込んでいたのはきっと気のせいではないだろう。
「寒いか?」
「ふつう」
かきかき……紙束になにやら書き込む白衣の男
またこの時間だ、一体何を調べられているのやら、出来ることなら概要を知りたいが恐らく不可能だろう、どうせ聞いたって教えてくれるハズ無いんだ。
この状態から抜け出したいと思っている、しかし今の私にはどうすることもできなかった。 なぜ故か私の能力が封じ込められているのだ、誰かを害することなど出来そうもない、戦いなど以ての外だ。
「貴様」
ふと顔を上げる、ここ数時間続いた質問とは違う言葉が投げ掛けられた、変化に飢えている私はまさにしっぽを振って飛びついた。
「記憶についてはどうかね、何を知っていて何を知らない。 自分が経験したことの無い事柄についての記憶は一体どれほど保持している?」
一瞬考えて
「……そこの女が飲んでいたものについては分からない。 その反面風や雪や雨、水、体の部位の名前や戦い方……も誰に習わずとも分かっていた、あとはダンジョンや地上についての知識は与えられていなかった、記憶にはかなりの偏りがあると感じている」
「これの名前は分かるか?」
檻をカーンと叩いて尋ねてくる
「おり」
「ここがどこかは?」
「お前たちから聞いた『地上の何処かだ』という情報以外には皆目見当もつかない、何ひとつ分からない」
「自分の名前は?」
「名前……私に名前は無い、考えることもしてない」
「人間がどんな暮らしをしているか知ってるか?」
「分かるのは名称だけだった、どんな生き物なのかということまでは分からなかった、実際に聞くまでは」
少し間を置いて、それまでとは若干毛食の違う質問がなされる。 纏うた緊張感の何たる重たいことか
「人間に対する憎悪はあるか」
私は答えた、ノータイムで、自信満々にこれ以外に無いって顔をして堂々と、前向きに明るく真っ直ぐ
「ない」
「モンスターに対する仲間意識は」
「彼らは私を避ける、そんなものにどうやって親近感を抱けと言うのだ?区分上同じ生き物というだけだ」
「人間を殺したことはあるか」
「ある」
「何故だ」
「襲われたから」
相手の目を見てハッキリと答えた、私には何もやましいことは無い、自らの行いを悔やんだことはこれまで一度だってない、私はただ自分の身を守っただけだ、お前たち人間を害する気など少しも無かった
「殺されないために、生きるために殺した」
「復讐か」
「いいや、生命の存続を願ってのことだ」
カリカリ、彼は長いこと紙と向き合っていた。
何かとてつもなく壮大な何かを書き留めている、物凄いしかめっ面をしたかと思えば緩んだり、険しい顔になったかと思えば、何かを諦めたような顔をしたりと、忙しい変化がそこにはあった。
やがて彼は落ち着いた様子で、いやむしろ自分で自分を落ち着かせるような、押さえつけるかのような口調で話し始めた。
「貴様の脅威度は極めて高い」
目が合う、真っ直ぐな緑色の瞳をしている。
「高い知能を持ち身体能力も高い、判断力もあり強固な自我も芽生えている。 思い切りの良さ冷徹さ、己を保持するためなら他の生き物を殺す事が出来る
広い視野を持ちひとつの考え方に囚われない、他者から受ける影響が著しく少ない。 だがコレは逆に貴様の考え方を、外部からの刺激により変えさせる事が難しいということの証明でもある、交渉には危険が伴うものと見た、恐らく並では通じまい。
退屈を嫌う、変化を好む、人間を嫌わない、モンスターを好かない、己の好き嫌いが行動に結び付かないこともある、必要とあらば何だってやれる奴だ。
賢い獣と言った印象だが理性的でもある、自分に危険が迫っていない状況下では非常に温和であると、あくまでも今のところはそういう結果が出ている。
不死性、強力な再生能力を持っており、かと言ってそれが無限に続くわけでもなく、使える容量が決まっている。
予め設定されたある一定値を超過した場合においては、再生能力は『息切れ』を起こし使い物にならなくなる、殺す方法が全く無いというワケでは無い。」
ひと息ついて
彼はこのように言い切った。
「以上のことから、私は貴様を殺処分に踏み切るほどの理由がないと断定した、生命の保証を約束しよう」
「……なんだって?」
それは正しく耳を疑う言葉だった、私はすっかり心の中では己の死を覚悟していたからだ、人間に捉えられ実験動物として扱われた後は、無惨に殺されてそこら辺に打ち捨てられるという最後を考えていた
「私の名はセリカ=トルキス、我が元へ下りたまえ、それが貴様がこの先で生き残る唯一の方法であり、私の探究心を満足させるための最適な選択肢である」
「研究サンプルとしての立場を受け入れろと?」
「理解が早いのはいいことだ、余計な手間が省ける、どこかのバカ野郎とは違って! 要はそういう事だ」
「断ると言ったらどうなる?」
「無論始末する。 手に入らない果実に興味はない、そんなもの地面の上に転がして踏み潰してしまえばいい、生き残りたくば黙って首輪を嵌められたまえ」
「そんなもの」
やや自嘲気味に笑って答えた。
「選ぶ余地など、ないではないか」
——そうして私は本日より、この白衣の男に飼われる研究材料として生きていくこととなったのだった
モンスターライフ——冒険者が私を狩ろうとしてくるので最強無双して抵抗します—— ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン @tamrni
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