もんすたぁ


「ん、んーっ?お前即死してないな、これはこれは珍しい再生能力持ちかァ、さてどう殺したものかな?」


「……ぐ、ぁぁぁっ!」


——パキィィィンッ!


喉から飛び出した黄金色の刃、麻痺する四肢を無理やり突き動かしてソレを叩き割った! 


「……っとぉ」


拘束から開放される、再生が完了する、私は振り向きと同時に斬撃を放った。


しかし大した効果は得られない、内側に入り込まれる、奴は私の腕を捕まえて肘関節をぶち壊した。


手の中から剣が落ちる


怯まない、奴の体の側面に蹴りを叩き込む、内部に通すと言うよりは弾き飛ばすような一撃だ、しかし離れ際に脚の付け根を切り裂かれてしまった。


男の手には小ぶりの剣が握られていた。


虚空に残される血の道筋、両者間の距離が開く


私は地面に刺さっている剣を、飛び込むように掴み取って敵に向き直った。 しかし前を向いた時、奴は既に目の前まで迫ってきていた。


反応して切り上げる。


ガンッ!


だが剣の腹を蹴られて途中で軌道を逸らされた、その拍子に体勢が流れて隙が生まれてしまう、作り出された好機を敵は見逃しはしなかった。


ズブッ——!


間髪入れずに踏み込み、脇腹に深々と刃が差し込まれる、冷たく鈍い感触が体の中へ侵入し内蔵を傷付ける。


ザクザクザクザク!何度も何度も刺し貫かれる!止まらない止まない留まらない!滅多刺しにされる!


私は復活した脚で地面を蹴って加速し、剣柄を自分の体ごと叩き込みにいった。


だがその勢いを逆に利用されて持ち上げられ、更なる加速と重力の助けを以て、私は背中から地面に叩き付けられた。


肺の中の空気が漏れ出る、男が剣を振り下ろす、私は咄嗟にゴロゴロと床を転がってそれを避けた、その時にこっそりと落ちている石を拾って隠した。


ザンッ!


刃が叩き付けられた地面には深い切れ込みが入った、回避しなければ首を落とされていたであろう。


転がりながら距離を取り、地面に手を付いて体を起こし、顔を上げて立ち上がろうとする、が


起き上がろうとしたところで両肩を突き飛ばされてひっくり返った。 無防備な上体を切り離してやろうと斬撃が放たれる。


私は思いっきり体を逸らして地面に手を付き、逆立ちのような状態から腕の力だけで体を跳ねあげて距離を取った。 切っ先が背中のギリギリを通り過ぎるのを感じた、危ないところだった!


着地と同時に踏み込み、そして私の獲物が誇る長大なリーチを活かした刺突攻撃を行った。


ギリリリリッ!!火花が散る、奴は剣の腹で突きを逸らして凌いだ。 


私はすぐさま己の武器を引き戻して、片時も休む暇を与えることなく二発目の刺突を叩き込んだ。


一度目の時点で奴の体勢は僅かに崩れていた


私の放った攻撃が思ったよりも早く、若干反応が遅れたのだ。 ギリギリ間に合った防御は万全とは言えず、立て続けに重ねられた攻撃によって瓦解した。


——カァンッ!


男の武器が弾かれる、衝撃によって怯みが発生し、左半身が完全なガラ空き状態となる、私は剣を真上に構えて真っ直ぐに振り下ろしたッ!


男は間合いを外そうと飛び退いた、しかし間に合わず、胸から腰にかけてザックリと切り裂かれた。


血が吹き出す、奴の表情が苦痛に歪むのを確認した、私はみたび刃を引き戻し、肩を入れて腰を回し、脱力を効かせ更なる高みを目指し、先の二発よりも遥かに速度を増した一撃を放った!


だが男は


私の行動を予見していたように飛び退いた。 攻撃は微妙に届かず空を切るのみ、渾身の一撃は掠ることすらもしなかった。


男はそのまま私から距離を取り続けると共に、腰に差した剣に手を伸ばした。 


禍風まがつかぜ


「やばい……っ!!!」


——ギィンッ!


抜き放たれる蒼い刀身、鳴り響く異常な風切り音!


直後吹き荒れる暴風圏ッ!


雪を床を壁を肉を、あらゆるものを巻き上げては打ち砕き、全てを傷付け乱れ狂う嵐ッ!両目が見開かれる、アレの驚異性を認める、とてつもない!


咄嗟に剣を盾に使った、そして直撃。 いくらかダメージを軽減する事は出来たものの、大きな痛手となることに変わりはなかった。


肉が削がれる、骨がすり潰されて粉と化す、眼球は内側から破裂し、加えられたあまりの圧力に肺が液体状となる、両脚が千切れ飛んで肩が裂ける。


ドンッ!


無くなった膝下の断面で着地する。


この状態でいったいどうやって身を守れと言うのか!? 更に悪いことに、舞い上がった雪により視界が覆い隠されてしまっている。


視力は戻ったがコレでは周りが見えない、音も聞こえないから気配も探れない、まだ聴力が回復しきっていない!体もボロボロだから取れる行動もそう多くは無い!


——ギャィンッ!


再びあの風切り音、そして再度襲来する大嵐。 


もはや苦し紛れの一手すら打てない、抗う術が残されていない私は、ソレをまともに食らう他なかった、先程のように剣を盾とする暇もなかった。


渦の只中へ飲み込まれる、全身が細切れになって散らばる、雪の中に融けて消えていく、意識が途切れて行動不能となる。


このまま私という存在が消えてしまうのかとも考えたが、そうはならなかった。 しばらくの後私の意識は再びこの世に舞い戻ってきた、私は私のまま生きることを許可されたのだ。


回復した体を起こして立ち上がる、そばに落ちていた剣を拾い上げて構え直す、フーッと息を吐きながら次の攻撃に備える。


「——仕損じたか、これでもなお」


冷たい声が風に乗って聞こえてきた、しかし方角は分からない、何らかの手段を用いて巧妙に隠されている。


針影はりかげ


次の瞬間、私はまるで暗闇の湖に引き込まれるような感覚に襲われた。 


肩や足を捕まれて奈落へ連れていかれる、振りほどこうにも物理的な干渉ではないが故に意味を成さない、逃れる事は叶わない。


気付いた時には私は、に出現していた。


「——っ!?」


男の足元には、黄金色に輝く二本の剣が突き刺さっていた。


驚き、反応しようとしたのも束の間。 ハナからこうなることが分かっており、タイミングを合わせて行動を起こした敵の方が、数歩先を行くのは道理。


彼は背中に背負った両刃の剣を抜いた。 それは非常に短く、そして小さかった。 およそ剣とは呼べないほどであり、武器として見るべき所がほとんど無いような見た目をしていた。


不咎剣とがめずのけん


男はそれで、無防備な私を切り付けた。 


傷自体は恐ろしく浅い、少し皮膚の表面が削れた程度だ、斬撃自体にはほとんど攻撃力が乗っていなかった。 これにて万事休すかと思われたが、どうやらそういう訳でも無いらしい。


だが、


この時私は、自分の中から何か大切なモノが失われたような感覚を味わっていた。 その正体がなんなのか掴めないまま、私はこれ以上の追撃を許さない為に剣を振り抜いた。


彼は素早く屈むと、私の左斜め後ろに転がり込んで攻撃を躱した。 左の腿を持ち上げられる、バランスを崩されて倒されそうになる。


彼の手にナイフが握られているのを見た、私は彼の肩を掴むと、むちゃくちゃに力を込めて握り砕き、そのまま手と足を使って後方に弾き飛ばした。


これでもう武器を使えないはずだ!


離れ際に切りかかる、だが彼は私の攻撃を避けようとはしなかった、むしろ向かってきたのだ


——なんだと!?


後退を地面を蹴って阻止し、そのまま爆発力に変え、振り下ろされる斬撃を気にも留めずに突っ込んできたのだッ!


まるでそんな攻撃など効かないと言わんばかりに、あるいは食らっても問題は無いとでも言いたげに。


白い霧の中に霞む敵の姿、相手の行動の真意を探りに探る、狙いはなんだ?直前で避けるつもりか?それとも私を焦らせる作戦か?何だ何だ何だ何だ……


ふと、雪霧が晴れた。


男の姿が鮮明になる

そして私はとうとう気が付いた



最初に着けたモノも、その後のモノも、綺麗さっぱり初めからなかったかのように、そしてそれは——


「まさか私の再生能力を奪って……!?」


そうだ!


そういえば最後に付けられた傷がまだ治ってない!いつも当たり前に治癒するものだから、怪我というものについて関心がなくて気が付けなかった!


ザク——


刃が敵に当たる、手のひらに嫌な感覚を伝えながらその体を容易く切り裂いていく。 まるで紙切れでも相手にしているかの如く、あるいは流水のような滑らかさで。


——だが奴は止まらない


左半身を縦に切り裂かれたとしても、その踏み込みは微塵も衰えることなく続き、腰に帯刀している獲物を抜き放つのを阻止出来なかった。


そう、砕いたはずの腕を動かして。


「まず」




「—— 霜凪しもなぎ



そこから先は身も心も世界すらも、目に映るもの全てをヒビ割れさせ光の屈折に沈められ、とても言い表しがたい程に強大な冷気の疾走に飲み込まれた。


キラキラと輝きを放ちながら弾け、凍り付いては落下していく眩い粒。 手足の感覚が零となり、血流が止まり、筋肉が固まりやがて思考の波も止まる。


完全凍結


私は息をすることも出来ず、指先すらも動かせず、意識もハッキリとしない状態で床の上に転がった。


「さすがにもう終わりだよなーぁ?」


手のひらの中に隠した石、それをどうにか起死回生の一手としたいが、どうやっても身体が言うことを聞いてくれなかった。 


私はもう、動けない。


シャキ——


金属の擦れる音、殺意に満ちた鞘走りの音、顔を上げることも出来ないが見なくとも分かる、奴は今から私にとどめを刺すつもりなのだ。


縛刀ばくとう


最後に聞いたのは、薄い刃が空気を切り裂く音で、最後に味わったのは自分の体が刺し貫かれる感覚。


私の意識は刈り取られた。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


闇——


闇闇闇闇——


闇闇闇闇、暗闇。


先の見通せぬ真っ暗がり、手を伸ばしても触れられる物はなく、また差し伸べられる救いも希望もない、ここにいる私はひとり寂しく朽ちていく


そう、ここに居る私は——


「……っ!?」


訳の分からぬ夢から覚めて、勢いよく体を起こした私は鎖に繋がれていた。 金属で出来た檻の中、体に傷は残っていない、いやそれよりも、どうして私は生きているのだろう?生きている、生きている?


信じられなくて身体をぺたぺたと触ってみる、感触がある反発がある温度がある、慣れ親しんだ……と言えるほど歴は長くないものの、これは間違いなく私の肉体であると自信を持って言えはする。


——カタ


「……!」


二度目の驚きは気配に対してだ。 今の今まで気が付かなかったが、私の背後に誰かが立っている様だ

振り返ってみると、そこには短い髪の女が居た。


彼女はこちらを覗き込み、しばらく「んーっ」と唸ったあとで突然このように声を上げた。


「起きたな、起きたか?起きたな?おーーい!モンスター野郎が目を覚ましやがったぜーっ!おーーい!」


コツ、コツ、コツ


上から降りてくる足音がある、どうやらここは地下室らしい、どこもかしこも見た事のない光景だ。


「キーン!!


あまり大きな声を出さないでくれとは何度言えば分かってくれるのかね?頭ァかち割られたいんですかド間抜け女、瓶詰めにして売り払って欲しいかね?」


白い髪を背中まで伸ばし、白衣を纏った猫背の男が姿を現した。 彼は手になにやら紙の束を持っており、気難しそうな顔でそれを眺めていた。


額に青筋が浮かんでいる。


「頭だーっ!?てめーオレの頭が悪いからってバカにしやがって、オレはマヌケじゃない頭が悪いだけだ!だからえーとえーと……バカって言うなッ!!」


全く会話が噛み合ってないこの女は、きっとこれまで出会ってきた中で最も頭が悪い人間なのだろう、しかしそんなことよりも知りたいのは——


ガンガンガン!白衣の男が檻を叩いた


「これから言うことを繰り返せ。 とけい」


「これから言うことを繰り返せ。 とけい」


かきかき……紙に何かを書き込んでいく。


「ろじうら」


「ろじうら」


かきかき……


特に断る理由もないので大人しく従う……というよりは、誰かと話せるのが嬉しかったのかもしれない

コレを会話と呼ぶのは些か首を傾げはするものの。


「まどべのびじょ」


「まどべのびじょ」


かきかき……


「なーそれってあんたの好みじゃないか?」


「やかましい」


「やかましい」


ちょっと間を置いてかきかき……少しペン先が震えているように見えたのは気のせいだろうか?


「……モンスター」


「もんすたぁ」


今ではその言葉に不快感を抱かなくなった、自分はそういうものであると受け入れているからだ、私はモンスターと呼ばれる生き物であり人間に憎まれ殺される存在、全て納得している。


「よろしい、では見張ってなさい」


「よ……」


「真似しなくてもよろしい!!!」


ダンダンダン!バタン!白衣の男は凄まじい勢いで消えていった、まるで烈火のような奴だなと思った


「ほんとに言葉分かるんだなー」


檻を掴んでゆさゆさ揺らしながら、短い髪の女——確か白衣の男に『キーン』と呼ばれていたか——が話しかけて来た、その目はとても無垢で綺麗だった


「じゃー聞きたいことあるんだよなーオレ」


突然彼女の瞳が揺れた、青白く、実像を結ばない不気味なモノへと変貌し、夜に浮かぶ鬼火のようになって漂い、私の心の奥に深く深く焼き付いた。


彼女はこう言った。


「なあ、オレの父ちゃん何処だよ」


笑顔のまま、されど遥かな深淵を湛えて


「返せよ」


彼女は言葉を紡ぐのだった……。

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