第9話

 実際のところ、尾原多津美に京都の親戚はおらず、俺たちが夏休みに海へ行くことは無かった。いくら何でも妄想が過ぎたようだ。近所の夏祭りに生徒会メンバーで出かけるという、近しいイベントは起こった。しかし、終始西尾のガードが固く、玉藻会長と二人きりになることはできなかった。


 文化祭の準備はたしかに大変だったが、抗争、暗躍、暴走の類のやっかいごとは起こらなかった。生徒会は文化祭実行委員会とやりとりをしながら、地味に文化祭を支える。意外に表立った仕事などないのだ。俺はクラスの出し物のための準備にもそこそこ関わらねばならず、思うように玉藻との時間をつくることができなかった。


 とかく現実は厳しい。妄想通りの出来事は起こらない。


 では、戻ってこない方がよかったか? そう思った狐憑きもいただろうが、俺は自分の判断が間違っていたとは思わない。現実が嫌いな人も好きな人も、みんな戻ってこられてよかった。押しつけがましい思想かもしれないけれど、そう思う。


 そして、文化祭の終わりが訪れる。予定よりも外堀を埋められていないが、俺はこのタイミングで思いを告げることにした。


「会長、ちょっといいかな」

「いいよ。どこへ行く?」


 皆が名残惜しそうに撤収作業をしている。段ボールや絵具のにおい。俺たちは見回りをするフリをして、廊下を歩く。


「いつもの、ここでいいかな」


 俺が選んだのは、図書室。図書室だけは文化祭の喧騒から隔絶されていて、いつも通りの静けさをたたえていた。今日は妹尾もいない。いいぞ、ここまでは順調。


「いろいろあったけど、総じて楽しかったな」

「そうだね」

「あー、なんだ、その……」


 言え。言っちまえ。何を恐れている? 俺が玉藻のことを大好きなのは、ほとんど公然の事実なのだ。きっと玉藻にも伝わっている。


 でも、伝わっているじゃダメなんだ。伝えなくちゃ、ダメなんだ。


「なあに?」


 髪をいじりながら、こちらを見上げる玉藻。


 いくぞ。言うぞ。


「子々孫々まで、俺といっしょに呪われてくれないか?」


 気が付いたら、言っていた。


 ん? あれ? なんか思っていたのと口から出たセリフが違うなぁ?


「え……」


 さすがの生徒会長もドン引きである。そりゃそうだ。付き合う前の中学生が、子孫の話をしてどうする! 話が早すぎる!


「そういうつもりで、人気のない場所にボクを呼んだんだ。ふーん」

「いや、違うんだ。今のは何者かに憑りつかれていて……」

「もういい。さよなら!」


 尾又玉藻が、俺の脇をすり抜けて図書室を出ていく。


「そん……な……」


 現実世界ではリセットができない。人生にやり直しはない。


 俺の夢を叶えるには、まだまだ修行が必要なようだ。



〈了〉

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異世界狐憑九尾伝 美崎あらた @misaki_arata

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