第7話

 真昼の陽光が差し込む図書室。書籍にとって日の光はあまりよくないが、暗い図書室よりは明るい図書室の方が良い。


「おっす」

「ああ……」


 図書委員の妹尾治郎に挨拶をして、入室。いつもの閲覧席へ。今日はかねてから目をつけていた岡本綺堂の『玉藻の前』を読むとしよう。


「やぁ。今日もここにいたか」

「奇遇だね、会長」


 給食の後、生徒会の仕事がなければ、尾又玉藻は図書室に行く。俺はそれがわかっているので、何食わぬ顔で先回りをしているわけだ。


 それ以上言葉を交わすでもなく、俺と玉藻はそれぞれの読書に耽る。同じ空間にいるだけで心地よい。まるで夫婦じゃないか、なんて考え始めると、本の内容が頭に入ってこない。


◇◇◇


 夏休みには、生徒会メンバープラスアルファで海に出かけた。


 京都の宮津市に、尾原多津美の親戚の家があるらしい。その離れを二泊三日貸してくれるという。持つべきものはお金持ちの友達である。


「「海だぁー!」」


 はしゃぐ俺と尾崎洛に、女子たちはノってこない。


「そうね、海ね」

「海であることは、見ればわかる」


 尾瀬茉莉と西尾友莉はあくまで冷静。夏なのに冷たい。


 プラスアルファというのは、尾崎洛と尾瀬茉莉のカップルである。本当は生徒会メンバーだけで行くはずだったのだが、男子一人なのはいろいろ問題があるということで、尾崎を急遽招集した。洛は尾瀬もいっしょに参加するという条件で来てくれた。


「ちょっと男子諸君、こっち手伝ってぇな」


 此岸回廊……ではなく、天橋立である。松林の先に、白い砂浜が広がっていた。尾原と玉藻はパラソルを立てて、くつろぐ準備をしている。


 せっかく楽しみにしていたのに、俺は生徒会メンバーの、とくに生徒会長の水着姿を直視することができず、洛とクロール対決に勤しんだ。



 二泊目の夜には、近くで花火大会が催された。昼頃から屋台が出てきて、夕方には人であふれかえる。


 俺たちは二列縦隊で出店ロードをゆっくり歩いていた。先頭は尾崎洛と尾瀬茉莉。洛は後ろの四人のことなんて忘れて、茉莉の浴衣姿にしか目がいっていない。真ん中は尾原多津美と西尾友莉。しんがりは俺と尾又玉藻だ。


「はぐれないでね、玉藻ちゃん」

「そんな、小学生やないんやから」


 赤い浴衣の西尾は頻繁にこちらを振り向く。白い浴衣の尾原が軽めのツッコミを入れる。


「大丈夫だよ。前を見て歩きな」


 凛々しく返答する玉藻会長。尾又玉藻の身にまとう浴衣は鮮やかな黄色だが、俺には黄金のように輝いて見える。


――ドォン!


 一発目の花火が、地上を色とりどりに照らす。人々の歓声が上がる。人波の流れが速くなる。我々も二列縦隊のままではいられない。


「おっと」


 俺のすぐ目の前を歩いていた赤い着物、西尾の背中が遠ざかる。みんなを追いかけようとした俺を、かすかな力が引き留める。


「このまま二人で、抜け出しちゃおっか」


 玉藻がはにかんで俺にそう言う。


◇◇◇


 文化の日があるから、秋は文化祭の季節。


「この文化祭が終わったら、俺から玉藻に告白しようと思う」

「あ、まだ告ってなかったんだ」


 俺の思い切った宣言に、洛の反応はイマイチである。


「付き合っているように見えたか?」

「いや、フラれたのかと」

「なんでやねん!」


 ほんの数日京都にいただけで、似非関西弁が出る。関西人が聞いていたら処刑されているところだ。


「すごいいい感じだったんだけどなー。ドキドキを楽しんでいたら、いつの間にか花火が終わってたんだ」

「何やってたんだ?」

「ドキドキしながら隣を歩いていて、何かとりとめのない話をしてたんだが……あまり内容を覚えていない」

「やれやれ」



 そして、文化祭の終わりが訪れる。


「会長、ちょっといいかな」

「いいよ。どこへ行く?」


 皆が名残惜しそうに撤収作業をしている。段ボールや絵具のにおい。俺たちは見回りをするフリをして、廊下を歩く。


「いつもの、ここでいいかな」


 俺が選んだのは、図書室。図書室だけは文化祭の喧騒から隔絶されていて、いつも通りの静けさをたたえていた。今日は妹尾もいない。


「いろいろあったけど、総じて楽しかったな」

「そうだね」


 玉藻の隣にいると、本当にいろいろなことに巻き込まれる。生徒会と文化祭実行委員会との抗争、PTAの暗躍、体育祭実行委員会の暴走……。文化祭の運営ってこんなに大変だったのか。というか体育祭実行委員会は何の関係がある?


「あー、なんだ、その……」


 言え。言っちまえ。何を恐れている? 俺が玉藻のことを大好きなのは、ほとんど公然の事実なのだ。きっと玉藻にも伝わっている。


 でも、伝わっているじゃダメなんだ。伝えなくちゃ、ダメなんだ。


「なあに?」


 髪をいじりながら、こちらを見上げる玉藻。


「あ、好きです」


 気が付いたら、言っていた。

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