第5話

「やったか?」


 リセットが発動しない時点で、気が付くべきだった。これは狐憑きどうしの戦い。狐の化かしあいなのだ。


「それはやってない時のやつだ」


 『虎』の狐面がポロリと落ちる。現れたのは傀儡人形の頭部。西尾が貫いたのは、人形の胸部だった。


首から上を落とされた尾冴姫。その首をタイガーは隠し持っていて、視界不良に乗じて自分の身代わりをこしらえたのだ。即席の影武者。


「コン」


 当の尾形虎之介は、尾原多津美の妖術によって白狐に化けていた。獣の姿になって西尾の背後に回り込む。そして、元の姿に戻る。


「西尾友莉。あとは俺に任せろ」


 振り返る暇を与えず、俺が助太刀に入る暇も与えず、『狐假虎威丸』が西尾を背後から引き裂く。


「う……あ……」


 西尾は最期の言葉を残すこともなく、光となって消える。仮面を取られた少女の頬には涙が流れていた。


「お前……ッ」


 タイガーは気だるげに、自分の仮面を拾い上げた。


「これで俺は、『天守・地守』を手に入れた。ここでもう一度セーブをしておけば、より安全なんだが……」


 俺と尾形虎之介が対峙する。


「あえてそれをしない」

「なに?」

「その方が、洛もやる気が出るだろう? まだ巻物が燃える前に、西尾が消える前に戻るチャンスがあるんだ」

「俺を舐めてるのか?」

「そう思ってもらって構わない。本気で殺しに来てもらわないと困るんだ」


 タイガーは、尾形虎之介は、おかしくなってしまったのだろうか。尾原が何かを吹き込んだのか、尾又玉藻の魅力が彼を狂わせるのか、はたまた実は何か考えがあってのことなのか。


「俺はこう見えて、なかなかブチギレてるぜ。もうわけがわからないからな。玉藻玉藻って、お前たちは勝手すぎる」


 『たち』というのは、西尾も尾形もだ。


「もっと怒りに身をゆだねるんだ。尾瀬の残した唯一の手掛かりを目の前で燃やされ、心を開きかけた西尾を目の前で倒され……」

「べ、べつに西尾のことは何とも思っちゃいないが」

「お、ツンデレ構文か」

「ちがう!」


 最初ほど嫌っちゃいないが、別にそういうのではないんだ。たぶん。


「さて、俺はこれから、お前に屈辱的な敗北を味わわせる」


 尾形はそう言って、仰々しく左手をあげる。


「コン」


 夜が訪れる。


「これは……」


 木々の影から、忍び寄るヒト型。牛蒡連峰で遭遇した死霊を思い出す。これは、『山伏』の狐憑き・藤尾修吾の妖術アビリティ。西尾を倒したことによって、藤尾の殺生石はいまや尾形虎之介の手中だ。


 月明かりに照らされた死霊たちの姿を視界にとらえる。どこからともなく現れ出た死霊ではない。先ほど俺が召喚して、先ほど『虎』の狐憑きに切って捨てられた、俺の分身・大名行列。それが死者の行列となって、尾形虎之介の背後に付き従っている。


「『山伏』の妖術と『狢』の妖術の混成技。なかなか邪悪な眺めだろう?」


 俺の分身、大名行列は、屍鬼ゾンビの行列となって甦る。


「俺の大名行列が……これじゃまるで、百鬼夜行じゃないか」

「ふむ……なかなか良いネーミングだ」


 百鬼夜行の先頭、尾形のすぐ後ろには、特徴的な九人の人影。


「そいつらは……」

「期せずして、洛も九宮めぐりができそうじゃないか」


 狐憑擬傀儡九人集きつねつきもどきくぐつくにんしゅう。尾形の破壊した傀儡人形たちに何かが憑りつき、ガチャガチャと蠢いている。藤尾の妖術は、無機物にも適用可能らしい。百鬼夜行の先頭を飾るにふさわしい付喪神つくもがみ


 長刀を担いだ尾賀多。手袋から操り糸を伸ばす尾羽良。その刀から火花を散らす仁志尾。隠れ蓑を羽織る存在感の希薄な瀬野尾。弦を張りなおした弓を持つ井伊尾。じゃらんと錫杖を鳴らす不死尾。槍を自らの胸から引き抜く真津尾。鉤縄の先から冷気を発する尾勢以。そして、短刀を背負った尾冴姫。首元がまだおぼつかない。


「やれやれ」


 ほとんどの体力・妖術を費やして大名行列を繰り出したばかりなのに、その苦労の結晶は今や奪われ、これから疑似九宮めぐりをしなければならないという絶望的な状況。


「ったく……やってやろうじゃないか」

「そうこなくっちゃ」

「俺だけ狐憑き強化プログラム未履修というのは、不公平だもんな。その機会を与えてくれて感謝するぜ」


 言いながら、俺は百鬼夜行から距離を取る。思い切り後方へ逃げる。奴の『狐假虎威丸』の効果適用範囲は把握している。その外へ出る。


 傀儡人形たちは死霊の力を借りて、ようやくもとのカタチを取り戻す。わらわらと、俺を目指して走り寄ってくる。


「『狐之嫁入きつねのよめいり』それがお前の名前だったか」


 飯尾から奪った弓を引き絞る。ズドン。重厚な手ごたえ。スキルが発揮されて、照準が定まる。手振れ補正くらいの感覚だが、弓道初心者にはありがたい。


 射程距離の長そうな井伊尾、真津尾、尾勢以をまずは狙い撃ち。二三本ずつ関節に打ち込むと、人形は動きを止めた。


 神渡島からくすねてきた矢がなくなると、次は自らの忍び刀『狐狸変化こりへんげ』を火矢に変えて、放つ。先頭を切ってやってきた、攻撃力の高そうな尾賀多、仁志尾を炎の渦に包む。俺もすぐさま火中に飛び込み、手持ちの手裏剣と苦無で二体にとどめを刺す。


 仁志尾から刀を奪い、振り返りざま、投擲。迫りくる不死尾を貫く。『狐狸変化』を回収して忍び刀の姿に戻す。尾賀多の長刀を盗み、二刀流の真似事。


「やはり二刀流は男のロマンだよな」


 ホンモノの尾形が近づいていた。『狐狸変化』のスキルが封じられたが、あとは比較的防御力の低そうな奴しか残っていない。長刀で尾羽良を、短刀で瀬野尾を斬り捨てる。


「がはっ」


 油断した。暗闇から迫っていた尾冴姫に、脇腹を斬られた。回避行動が間に合っていなければ、内臓までやられていたかもしれない。


「うらぁ!」


 左右の刀をクロスさせ、鋏の要領で尾冴姫の首をちぎり飛ばす。


「お、九宮めぐり攻略の新記録じゃないか?」

「ふん……お前が即席で作ったニセモノだがな」


 尾形は愉快そうに笑っていた。一方の俺には余裕がない。肩で息をする。酸素が足りない。手がしびれてきた。傷口から血がどくどくとあふれている感覚があるが、確かめるのが怖い。


「まだ、生ける屍の行列が残っているぞ?」


 『虎』の狐憑きの背後には、大名行列だったもの。百鬼夜行のつづき。元はと言えば、俺が召喚したものだ。落とし前はつけてやる。


「おおおおお!」


…………

……


「もう少しだったな」


 完全に戦闘不能。俺は大の字で空を見上げていた。悲しいほど綺麗な夜明けだ。


「そう……だな……、HPだけ回復させてもらえば、レベルはすでにお前を越えていると思うんだが」

「それは良い。それは、俺の計画通りだ」


 意識が朦朧とする。計画通り? 何の計画だ?


「コン」


 尾形はここでセーブをした。尾崎洛を倒したことを、確定させるために。


「もし俺がしくじったら、お前が俺にトドメを刺してくれよ。尾崎洛」


 仮面がはぎ取られる。身体が光に包まれ、痛みが引いていく。


 さようなら、異世界。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る