第4話

「いま、セーブをしたのか?」

「ああ。せっかくここまで来て、九宮めぐりも終えたことだし」


 前回のセーブは此岸回廊。そこからここまでに起こったことは、確定された。


「殺生石を渡せっていうのはどういうことだ? 俺たちみんなで玉藻のもとへ行けばよいだろう」

「ちょっと考えが変わってね。副会長が代表して持っていこうかと」

「『実芰答里斯ジギタリス』の差し金?」


 西尾の問いに、タイガーは首を傾げた。


「ああ、尾原のことか。情報提供者は彼女だが、最終的な判断は俺だ」

「彼女はいっしょじゃないのか?」


 俺はその可能性も考慮して、常に周囲へ気を配っていた。


「尾原はすでに、俺に殺生石を渡して現実世界に帰ったよ」


 タイガーはそう言って、西尾に向かって何かを放り投げた。


「これは……」


 それは紫色の手袋。傀儡人形を操る『狐ノ手袋ジギタリス』。


「ごめん。『渡して』っていうのは嘘だ。俺が奪った」

「なぜそこで噓をつく」

「いくら目的のためとはいえ、悪いことをしたなーという気持ちはあるんだ」


 話している内容のわりに、あまり悪びれもせずに言うタイガー。


 それはともかくとして。タイガーの言うことが本当だとすると、今ここにすべての殺生石が集っていることになる。


 化獣集の上忍『狼』妹尾治郎の殺生石は、俺とタイガーが半分ずつ。


 化獣集の中忍『獺』尾瀬茉莉の殺生石は、西尾が。


 金倉堂の『隠者』松尾鎗太郎の殺生石は、タイガーが。


 牛蒡連峰の『山伏』藤尾修吾の殺生石は、西尾が。


 神渡島の『巫女』飯尾可夢偉の殺生石は、西尾が。


 玉藻の『影武者』尾原多津美の殺生石は、タイガーが。


 殺生石の数で言うならば、西尾が一歩……ではなく半歩リードと言ったところか。俺は全然持っていない。興味がなかったからと言ってしまえばそれまでだが、少し心細くなってくる。


「尾原は俺に一部情報を開示したが、隠している部分があった。そこが重要だと思ったから、倒して奪った」


 タイガーは懐から一本の巻物を取り出す。


「『天守・地守』のかつての保持者、つまり尾瀬茉莉の日記だ。これに、妖狐を復活させると何が起こるのかが書いてある」

「何て書いてあるんだ?」

「それは……」

「それは?」


 突如、巻物が青白い狐火に包まれる。尾原の妖術か?


「ちょ、おま……」

「それは、教えられない」


 どう考えても超重要なこの世界の記録が、燃えて灰となった。


「どういうつもり?」


 西尾が刀の柄に手をかける。


「この秘密を知りたければ、俺を倒してリセットするしかない。リセットしてすぐなら、まだ燃えていない巻物を奪えるかもよ?」


 タイガーもまた、刀に手をかける。


「俺たちと戦ってどうするんだ? 目を覚ませ、タイガー」

「目はバッチリ冴えてる。俺は一人で殺生石を集めて、下野へ向かう。もう決めてしまったことだ」


 俺も渋々、忍び刀に手をかける。飯尾から奪った弓矢も背負っているが、タイガーの宝刀『狐假虎威丸』の前では、使い慣れない武器はあっても仕方がない。


「あんたはどうするの?」


 西尾が俺に問いかける。俺だって知りたい。何だこの状況は。俺はどうすべきだ?


「タイガーの行動理由は、どうやらあの巻物にヒントがあるようだ。だから、あれを読んでから考える」

「つまり、今はわたしの仲間ってことね」

「まぁ、そういうことだな」


 相手は狐憑き強化プログラム『九宮めぐり』を終えたばかりの尾形虎之介。こちらは肩を負傷している女武者と、とくに強化されていない下忍。


 玖ノ宮・計都宮の境内は円形。日本の神社らしくはない。鳥居がなければ、前も後ろも、入口も出口もわかりづらい。今からここは闘技場となる。


 烈火。


 西尾が通ったその後に、焦げ跡が残る。


 宝刀『狐假虎威丸』と炎刀『狐ノ剃刀』が激突。火花を散らす。


 武器のスキルは使えないから、ぶつかるのは純粋な剣技と腕力。剣技はやはり西尾が上、腕力はさすがにタイガーが上、と言ったところか。


「おりゃ」


 俺はタイガーの背後に回り込んで奇襲。卑怯かもしれないが、俺は忍者の狐憑き。やあやあ我こそはと名乗って一騎打ちをしないといけない謂れもない。


 キィン


 しかし、俺の奇襲はタイガーの左手によって防がれる。そちらの手には、人形尾冴姫からたった今奪ったらしい短刀が握られている。


「二刀流か、カッコつけやがって」

「二対一になることは予想できていたからな」


 一度戦線から離脱。自らの妖術を使うこととする。俺にはこれしかできない。


「コン」


 大名行列の出現。境内を埋め尽くす。二対一なら腕二本で大丈夫かもしれないが、これならどうだ。


「数だけ多くてもな」


 どこかで聞いたセリフだ。此岸回廊で、西尾に言われたのだったか。あの時は逃げるための囮で出現させた大名行列だったが、今回は違う。


「おっと」


 行列に混ざって、俺と西尾も剣戟を繰り出す。しかしそれを、タイガーは器用にさばいていく。明らかに身のこなしが洗練されている。これが狐憑き強化プログラムの効果なのか。見ていないうちに修行編が終わっているというのは反則的だ。


「ぐっ……」


 分身が一体また一体と葬られ、行列が短くなるごとに、俺の体力も減退していく。切り離した分身とはいえ、主である俺にノーダメージとはいかないらしい。


「コン」


 これは西尾の声。女武者は、いちいち「コン」と鳴かなくても、その妖術アビリティたる火花を操っていたはずだ。手で狐を作って「コン」と鳴くのは、自分への合図のようなものだ。慣れれば、やらなくても妖術の発動は可能である。


 突如、晴れているのにどこかから雨が降る。天気雨。


 西尾が飯尾から奪った妖術だ。手に入れたばかりの他人の妖術だから、発動するために合図をしたわけか。


「『巫女』の殺生石は、西尾が持っているのか」


 そういえば、タイガーは神渡島に上陸すらしていないのだった。したがってこの反応である。舟の上からその姿を見上げたのが最後の記憶だろう。


「目くらましのつもりか?」


 タイガーは降りかかる雨をものともせず、俺の分身を切り捨てていく。


「本当の目くらましはこれからよ」


 西尾は、かろうじて残っている俺のかわいい分身たちを盾にして、円形の境内を縦横無尽に駆け巡る。


「何を!」


 二刀流の『虎』は、西尾の動きに目をやりつつ、大名行列を殲滅する。


「これ以上は出せないぞ!」

「もう充分よ。ありがとう」


 俺の妖術はもう限界だったが、一方西尾の準備は整ったらしい。


「む?」


 天気雨によってできた水たまりが、一斉に蒸発する。高温の蒸気に包まれ、目を開けられないどころか、息苦しい……。


「俺まで巻き込むな!」


 湯気に包まれた境内から脱出。鳥居の上に飛び乗り、すぐに周囲を見渡す。西尾もタイガーも、境内から出てこない。


 気まぐれに強い風が吹いて、蒸気が押しのけられる。


「勝負あり……かな」


 そう言ったのは、『彼岸花』の狐憑き。その炎刀は『虎』柄の仮面をまとった狐憑きを――その胸元を貫いていた。

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