第2話

「待てぃ!」


 俺の登場に……というよりは、宝刀『狐假虎威丸こかこいまる』の登場に、『巫女』の狐憑きは完全に気を取られた。手負いとはいえ、『彼岸花』の狐憑きを前にしてその油断は命取りである。


「御免!」


 俺は懐から手裏剣を取り出し、投擲。一応以前から持っていたが、あまり得意な武器ではない。しかしこの距離で、ターゲットが大きいので外さなかった。御免と謝る相手は馬である。


「なッ……」

「ぬッ……」


 馬二頭に手裏剣が突き刺さる。ヒヒンといななき、騎手を振り落としてしまう。残る一頭もパニックに。


「フッ……!」


 炎刀がそれこそ火を噴く。馬上に残った一名を切り裂き、引きずり落とし、馬の首に腕を回して遠心力で背中にまたがる。


「よっと」


 俺は地に落ちた騎手たちが態勢を立て直す前にとどめを刺していく。鎧の隙間を狙って、貫く。この異世界に招かれてから、暗殺の技術については履修済みだ。実践編はほとんどはじめてと言ってよいが……。


「コン」


 再び、大雨。『巫女』の狐憑きの妖術が発動された。先ほどまでは対話のために雨は弱まっていた。もう交渉の余地はないということだろう。怒鳴ったって人の声はかき消されてしまうような土砂降り。


 ――カッ


 稲光。


 ――バリバリッ


 轟音。


 近くの木が、二股に裂ける。


「くっ」


 雨を操る妖術というよりは、雨雲を操る能力なのだろう。そうすると、雷を落とすことだって可能だ。狙って落としているわけではないだろうが、刀を武器とする我々は、避雷針となってしまう。


 西尾は奪った馬を駆り、『巫女』へ迫る……が、攻撃は上手く通らない。


「痛ッ……」


 先ほどまで肩に矢が刺さっていたのだ。力が入るはずもない。手綱を取りながら刀も振るうというのは無理がある。


「コン、コン」


 いまや逃げ場はない。島全体が分厚い暗雲に覆われている。


 ――ビシビシッ


 さらに、だ。滝のような雨に混ざって、電気を帯びた矢が降り注ぐ。自らの妖術アビリティ武器スキルを知り尽くし、使いこなす手練れだ。軍隊を作ろうと言い出すだけのことはある。


 電撃を受けた馬がドウと倒れ、女武者は投げ出されてしまう。狙い撃ちにされる前に起き上がって馬の影に身をひるがえすのはさすがである。


「刀を捨てろ! 雷は俺が何とかする!」


 雨音に負けぬよう、叫ぶ。


「おわっ」


 炎刀『狐ノ剃刀ヒガンバナ』がこちらめがけて飛んできたので、俺の声は届いていたことがわかる。思ったより物分かりが良い。判断が早い。尾形虎之介のことを信頼しているのだろうか。


「コン」


 分身を一人だけ作り、俺の刀と西尾の刀を持たせる。


「できるだけ、高いところへ!」


 山の上の方目指して、走らせる。影分身避雷針。我ながら、なかなか語呂が良いではないか。


 ――ドーン!


 ひときわ大きな落雷。世界が一瞬、黒と白に塗り分けられる。


 二つの金属棒に誘われて、雷は俺の分身を粉砕する。


 巫女と女武者の勝負はその一瞬で着いた。


 西尾は丸腰。『巫女』の狐憑きは宝弓を持っている。しかし、あまりに接近してしまうと、弓矢という武器はあまり意味をなさない。


 女武者の狐憑きは矢の雨をかいくぐり、何本かは避けられていないが勢い緩めず、敵の懐に飛び込んだ。


「なにッ……!」

「おおおおお!」


 相手の胴にしがみついたまま、彼女の妖術アビリティを発動する。二人は業火に包まれる。


「ぐ……が……」


 雨雲は消え去り、『巫女』の狐憑きは動かなくなった。


飯尾可夢偉いいおかむい。北海道からの転校生か」


 飯尾は光となって消えた。西尾が藤尾につづきもう一つ、殺生石を手に入れたことになる。


「そっちはあんたがもらっておけば?」


 西尾は飯尾が遺した宝弓『狐之嫁入きつねのよめいり』を指して言う。


「いいのか?」

「わたしは……片手がもうしばらく動きそうにない」


 彼女は右肩に矢を受けたのだった。いましがたの戦闘でも、かなり無理をしたようだ。弓矢を放つには、どうしたって肩と腕は左右健常でなければならない。


「それじゃあ、もらっておこう」


 盗み聞きした情報によれば、この宝弓は宝刀『狐假虎威丸』と並び、妖狐封印に必要なものではなかったか? それを俺に持たせて良いのか……?


「ありがとね、尾崎」

「あ……? お、おう」


 聞き間違いかと思ったが、どうやら西尾は俺に礼を言ったようだった。


「完璧な変化へんげだと思ったが、お前にはバレてたか」

「最初は正直、わからなかったけど」


 話の流れ的に、尾形虎之介の姿をして登場すれば、彼らの気をひけるだろうと咄嗟に考えてのことだった。事は終えたので、俺は尾崎洛の姿に戻る。


「他の島民が出てこないうちに、どこかへ隠れよう。動けるか?」

「大丈夫……」


 大丈夫と言いながら、あまり大丈夫そうではないので、肩を貸す。避雷針となった我々の刀を回収し、山の木々の中へ姿を隠す。


「お前には、本物の尾形虎之介の行方を探してほしかったんだ。だから助けた」

「倒して奪ってもよかったんじゃない?」

「あの状況だと、お前を倒した飯尾を倒さないといけなくなる。俺一人では無理だと判断した」

「ふーん」


 お察しの通り、後付けの理由だけれど。


「まぁ、結果助かったからいいけど」

「意外と素直だな」

「何?」

「別に助けなんていらなかったけど、とか言うのかと」

「そっちの方がよかった?」

「いや、そういう趣味ってわけじゃない」


 疲弊した身体を引きずりながらではあるが、西尾は見晴らしの良い場所を探して、遠見を開始する。やがて夜が明ける。


「悪い知らせがある」


 数分後、西尾が口を開いた。


「良い知らせから聞こうか」

「良い知らせがあるなんて言ってない」

「ないのか」

「ない」


 良い知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい? って聞かれたときに答えるやつだった。間違えた。


「仕方ないから聞こう」

「尾形虎之介は、この島にいない」

「まさか……おぼれ死んだとか?」

「そうじゃない」

「なら、最悪の知らせってほどじゃないか」


 ここまで、一回死んだりしながら艱難辛苦乗り越えてきたのに、溺れて無駄死にじゃあ格好がつかないではないか。


「尾形は、玉藻御前の影武者『実芰答里斯ジギタリス』に連れられて、上野の国へ向かった……」

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