下野・九尾の復活

第1話

 ボクは九尾の狐である。名前は数多ある。何分長く生きているもので、どこで生まれたかとんと見当がつかぬ。



 物心ついたときには中国にいた。そこではいん紂王ちゅうおうをたぶらかして、妲己だっきと名乗ることとした。


 ここでボクが考案したのが炮烙ほうらくの刑。穴の中に火を焚く。穴の上には油を塗った丸太を渡す。充分に燃え上がったところで、罪人を渡らせる。滑って落ちればそのまま死刑。渡り切れば無罪放免。これはなかなか良い見世物だった。罪人が足りなくなれば無罪の罪で人を捕らえた。彼らは必死の形相で丸太を渡る。足を滑らせ、柱をつかむ。火はしたたる油でますます盛んである。人間が命乞いをしながら、業火の中へ落ちてゆく。


 ずいぶん楽しませてもらったが、周の武王ぶおう率いる軍勢に紂王は討たれてしまう。ちっとばかし精を吸いすぎてしまったかもしれない。



 天竺インドでは班足太子はんぞくたいしという男に取り入って、華陽かよう夫人と呼ばれていた。


 二人で象に乗って、囚人たちをいたぶるのが趣味だった。身ぐるみ剥いで鞭で打ち、毒蛇をけしかける。天竺は仏の国。仏法を滅ぼして魔界に堕とすことを目標にして、日夜悪虐の限りを尽くした。班足太子は一日のうちに千人の首を斬り落とし、古塚にそなえようとしたが、最後の一人というところでしくじった。



 それからもう一度中国に戻ったのだったか。周の幽王の妃となってこの国を破滅へ追いやった。


 それからしばらく姿を隠していたが、気まぐれに遣唐使船なるものに忍び込み、みくずという少女に化けて日ノ本へ渡る。日の登る根本にある島国に、かねてから興味はあった。大陸の人間どもは掃いて捨てても次々沸き上がってキリがない。島国ならば、逃げ場もないし、応援が来ることも無かろう。



 あまり最初から派手にやりすぎると上手くゆかないことを、ボクは学んでいた。日本という国をブラブラと歩き回り、どうやら一番偉いのは鳥羽とば院というオジサンであることを突き止めた。当時50代であったが、彼はボクの才覚と美貌に夢中になった。交わるたびに生命力を吸われているとも知らず……。


 この時からボクは玉藻御前となった。


 鳥羽院はやがて病に伏せるようになる。もちろん原因はボクなのだが、ボクは甲斐甲斐しくオジサンの枕元で優しい声をかける。鳥羽院はボクのことを信じて疑わなかったが、僕の正体に近づいたものがいる。安倍泰成あべのやすなりという陰陽師である。彼は物の怪調伏の儀式・泰山府君祭たいざんふくんさいによって、ボクを藻という少女の身体から追い出した。


 仕方なしに、ボクは東国へ逃げる。下野しもつけの国・那須野原なすのはらへ。


 院宣によって妖狐討伐にやってきたのは、源氏から三浦介義明みうらのすけよしあきら、そして平家から上総介広常かずさのすけひろつねであった。はじめこそボクの妖術によってのらりくらりと欺いていたものの、目くらましも効かなくなってくる。あちらは犬追物で訓練をして、弓術を鍛えてくる。日本の武士というやつは本当にしつこい。


 いよいよボクは三浦介の黒い矢に首筋を射抜かれる。上総介の白い矢は脇腹に刺さる。


 もう痛いのは御免こうむりたかったので、ボクは物言わぬ石となった。しかしこの屈辱を晴らさないでは黙っておられず、それから百年もの間、毒気を放って道行く人畜を殺していった。


 そうしてボクは殺生石へと名前を変える。


 やがて石の前を、かの三浦介の子孫が通りかかる。名を綱利つなとしと言った。ボクは彼に美女玉藻の前の幻影を見せ、鬼となって取り殺そうとした。ところが奴めは忌々しい宝刀によって幻影を断つ。


 この戯れがいよいよボクの運の尽きとなった。玄翁げんのうという和尚が殺生石を砕きに来た。杖に叩かれたボクは九つに砕け、各地へ飛び散ったのだった。

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