上野・九宮めぐりの殺生石

第1話

 人間というのは頭にだけ毛を残していて、なんだか潔くない。そんなんだったら、すべて剃ってしまえというのがわたしの意見だ。道行く人々の髪を剃っていたら、村人たちはおっかながって寄り付かなくなった。人間がいないならいないで、それは生活がしやすいので良いのだが。


 そういうわけで、この山道を通るのは、ボーッとしていてわたしのうわさを知らない愚か者か、あるいはわたしに勝負を挑もうという浅はかな者だけだった。


「そんな化け狐、なに怖いことがあろう。おら行って退治してくる」


 村の元気な若者がそう言って、勇んで原っぱへ出てきた。藪陰に隠れてわたしが出てくるのをじっと待っている。髪もふさふさで調子に乗った若者。相手にとって不足はない。


 わたしは村娘に姿を変え、夕食にと思って捕っていた雉を赤子の姿に変える。


「さぁ、婆さんのところへ行って、おいしいもの食べようなぁ」


 これ見よがしに言って、隣村へ歩いていく。


「こりゃあ、いいところを見た」


 男は村娘に化けた狐を追う。村娘は隣村へ向かう辻道にある茶屋へ入っていった。はてこんなところに茶屋なんてあったかいなと思いつつ、婆さんが騙されてはいけないと思い、男は急ぎ茶屋へ向かう。


「婆さん、婆さん。茶屋の婆さん」


 茶屋の入り口に店主と思しき婆さんが出てくる。


「いらっしゃいませぃ」

「いんや、客じゃないんだ」

「じゃあ何用かね」

「さっきここに来た娘だが」

「うちの娘がどうしたかい?」


 客じゃないと分かった途端、婆さんはあからさまに不機嫌になる。


「ありゃ、あんたの娘じゃない。このあたりで有名な髪剃り狐じゃ」

「そんなことなかろ。いくら老いぼれでも、自分の娘と狐を間違ったりせんわい」

「ところがどっこい。おらは狐があの娘に姿を変えるところを見たんじゃ」

「うそこくでねぇ」

「うそじゃねぇ、本当じゃ」

「狐っちゅうなら、尻尾出せるか?」

「出るとも。必ず出す」

「そしたら、やってみれ」


 男は茶屋の中にいた村娘をつかまえ、原っぱの端にある木にくくりつけた。


「何をするだ、やめとくれ」

「さぁ狐、おとなしく正体をあらわせ!」


 娘があわれっぽい声で頼むのも聞かず、男は藁を燃やして娘をいぶした。村人たちを悩ませる悪戯狐を退治する。そして英雄になるんだ。男はその正義感に突き動かされている。やがて娘はぐったりと力尽きてしまう。


「狐はどこじゃ?」


 婆さんが曲がった腰に鞭打って歩いてくる。しかしそこにはたった一人の娘が息絶えて転がっている。


「おまえ、うちの娘をいぶり殺しおって」

「たしかに狐だと思ったのだが……」

「どうしてくれるんじゃ、生き返らせてくれろ、さぁ」

「どうにもこうにも、取り返しのつかんことをしてしもうた……」


 男が途方に暮れていると、そこにお坊さんが通りかかった。


「そこの君、何をしなさった」

「実はかくかくしかじかで……」


 男が一部始終を告白すると、坊さんは言う。


「こうなったらお前さん、坊主になって弔うしかなかろう」


 男はその場で頭を剃ってもらった。罪のせいなのか、剃られているのに毟られているかのように、燃えるように痛む。


「いて、いててて」


 涙ながらに男が目を開けると、そこには茶屋もなく、婆さんも坊さんもいなくなっていた。


 はなからしまいまで狐にいいようにいじられて、情けないやら頭が痛いやらで、しょげかえって村に帰る男を、わたしは大変いい気分で見ていた。

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