第5話

 舟の後部で櫂を漕ぐ。かつて関門海峡を渡るときに乗せてもらった舟を思い出す。そういえばあのあと河童の子ども達を相撲をとったな……と、なつかしく思う。


 はじめのうちは、ずいぶん順調に舟は進んだ。遠くの雨雲は遠いままで、こちらは快晴。俺たちは交代で漕ぎ、波を切り裂き舟を進めた。


「おい、何かあるぞ」


 俺と西尾が腰掛け、洛が漕いでいる時だった。洛が海中に何かを見つける。


「唐傘だ。どうして海中に……」


 閉じられた赤い蛇の目傘。それが海藻か何かのように、波間に揺れている。


「どう考えても怪しいだろ。無視して行こう」


 俺は冷静に言うが、洛はすでに櫂を置いて腕まくりしている。取るつもりか?


「そいつを押さえて。何かおかしい!」


 西尾は洛が放り出してしまった櫂を手に取り、俺に向かって叫ぶ。合点承知。もとよりそのつもりだ。俺は今にも海に飛び込みそうな洛をつかまえる。


「何すんだよ。そこに傘が……」


 洛の伸ばした手の先で、海中の唐傘がパッと開く。くるくると回転しながらせりあがってきて、びしょ濡れの女が現れる。


「お久しぶりの怪異の類か」


 化獣集のボスを倒してから、妖怪・怪異の類とはご無沙汰だった。そういえばこの世界は何でもありなのだった。


「つかまって!」


 西尾が懸命に漕ぐ。怪女はぬるぬると滑るようについてくる。やがて遠かった雨雲が近づいてくる。


「まいたか?」

「あれ? 俺はいったい何を……」


 唐傘の女が見えなくなると同時に、洛が正気に戻った。


「ちょっと、代わってくれる?」

「おうよ」


 汗だか海水だかでびしょびしょの西尾に代わり、俺が櫂を握る。波が荒れていて、船体をコントロールできない。荒波に押し戻されて一進一退。


「島はまだか?」

「あれ!」


 西尾が指をさした先に、島の一部が見える。巨大な船の舳先のようにせり出した崖である。その先に、一人の狐憑きが立っている。狐面の信者たちを引き連れて。


「あいつか?」

「そうみたいね」


 巫女装束に身を包んだ狐憑き。彼女が右手を差し上げ、コンと鳴く。瞬間、雷鳴がとどろき、滝のような雨が降る。


「ぎゃあ!」

「あとちょっとなのに!」


 洛が悲鳴を上げ、西尾が悔しがる。そんな声もかき消される。


「沈んじまう!」


 滝の中に突撃したようなものだ。舟底にはあっという間に水がたまる。桶で水をかきだす努力をしてみるが、どうも無駄らしいことがわかる。


「港のおっさん、ごめん!」


 俺たちは舟を捨てて海に飛び込んだ。


「島に上陸して再集合だ」

「死ぬなよ!」

「あんたたちこそ!」

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