第4話

 洛の捕ってきた魚を夕飯として、俺たちは川原で一夜を明かした。快眠とは言い難かったが、身体を横たえて一定時間過ごすと、当然のようにHPは回復する。


「行きますか」


 俺たちは日本最長の川を下っていく。越後の国に入り、信濃川はやがて今で言う新潟市から日本海へ注ぐ。


「海の向こうに、大きな雨雲が見えるでしょう?」

「ああ」

「あのあたりに、神渡島かみとしまと呼ばれる島があるの」

「ほうほう」

「そこに狐憑きがいると思われる」


 舟を調達するため、俺たちは港町に入った。


「悪いことは言わん。あの島へ渡るのはやめておけ」


 港町の人々は皆、口をそろえてそう言った。


「どうして?」

「あの島には、はるか北方、蝦夷えぞの方から神様が流れ着いたんじゃ」

「えぞって?」

「北海道のことだ」


 洛に俺が耳打ちする。


「それからというもの、島は見ての通り分厚い雨雲に覆われてしもうた。こちらから舟で近づこうとすると、嵐に襲われ命を落とす」

「ほほう」


 天候を操る妖術アビリティだろうか。


「それとも君たちは、信者なのかい?」

「信者?」

御先稲荷オサキドウカのだよ。それが神様の名前だ」

「島には信者たちが住んでいるのね」

「そうだ。信者たちは皆、あんたたちのように狐のお面を付けている」

「みんな?」

「そうだ」


 信者たちが皆、狐面を付けているとすると、狐憑きを見つけ出すのも骨が折れそうだ。狐を隠すなら狐の中、か。


「先ほどあなたは、『こちらから舟で近づこうとすると』って言いましたね」

「そうだが」

「『あちらから』来ることはあるんですか?」


 西尾が鋭い質問をする。


「月に一度、神の使いが島からやってくる。俺たちはそのたびに捕れた魚を舟いっぱいにささげなけりゃならん」

「ささげないと、どうなるの?」

「三日三晩豪雨にさらされ、故郷が流されてしまう」

「なるほど。それでもこの港町に留まる理由は?」


 気まぐれな神様なんていない新天地で漁業に勤しめばよいだろう。故郷を無くすことは悲しいことに違いないが。


「町を出た者も大勢いる。ここに残っているのは、そうさな……俺のように、身内が信者として島に囚われちまっている者かな」


 漁師のおっちゃんは、疲れた顔でそう言った。


「俺たちはこうして狐のお面をつけているが、信者ではない。むしろ、その神様とやらの狐面を剥いでやろうとたくらむ者だ」


 俺は胸を張ってそう言った。


「本当か?」


 おっちゃんはいぶかしげに俺たちを見る。


「なんと、これまでの道中、同じような狐面を次々と倒してきた実績もある」


 洛が調子よく乗っかる。


「こいつらはともかくとして、わたしは強い。信じて」


 西尾が自信満々に言う。俺たちはともかくとされた。


「わかったよ。町でいちばんの舟を貸してやることはできないが、俺のお古をやるよ」

「レンタルでいいんだけど」

「返さんでもええ。あまり期待しとらんし」

「そっか……」


 こうして俺たちはボロ舟を手に入れて、神渡島へ漕ぎいでた。

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