第5話

「どこにもいなかったわね」

「そうだな」

「もうヘトヘトだ」


 一晩中死霊を斬りまくって、明け方。結局俺たちは元凶たる山伏とやらを見つけられず、村の近くの川原に再集合していた。


 石を積んで、乾いた木の枝を放り込み、焚火をして暖をとる。これで体力回復だ。この世界に来てからというもの、必ずしも睡眠や食事を十分に取らなくても、体力はそれなりに回復した。都合のいい世界だ。


「なんとなく、村には戻りづらいな」

「まぁ、討伐失敗しているわけだし」

「がんばったということは、報告してもいいんじゃないか」


 俺たちは昼ごろ、かやぶき屋根の家々が並ぶ村に戻った。一度態勢を立て直して、また今晩も死霊退治に出るとしよう。


 しかし。


「なんか、様子がおかしいな」


 村に、入口らしい入口はない。急峻な山々に囲まれているから、塀のようなものを用意する必要もないのだろう。だから、なんとなく村に入っていくわけだが、昨晩とようすが違う。人気がない。


「これは……マズいことになったかもね」


 西尾は兜の緒を締めなおす。


 やっと太陽が真上に登ってきたと思いきや、突如厚い雲が風に乗って現れる。ほとんど夜のような暗闇が村を覆う。


「ちーん、ぽくぽく、じゃらーん」


 村の中心を貫く一本道。


「ちーん、ぽくぽく、じゃらーん」


 その向こうから、陰気な行列がやってくる。


「ちーん、ぽくぽく、じゃらーん」


 首なしの亡者たちが、一つの棺桶を担いでいる。葬式の行列だ。首なしの亡者たちの服装に、見覚えが……ある。


「あれは……昨日、俺たちを歓迎してくれた村人たちだ」


 俺たちが山の中で死霊たちと戦っている間に、村人たちは、首を刈り取られた……?


「趣味が悪いわね」


 冷静な西尾も、さすがに嫌悪感をあらわにする。


「オレの修行の邪魔をするのは、何者か?」


 行列の最後尾に、その狐憑きはいた。修行のための白装束。頭巾の下には狐面。右手には錫杖しゃくじょう


「修行……だと?」

「死霊をわんさか生み出すのが、か?」


 俺たちは各々、刀に手をかける。


「そうだ。これはオレに対する罰なのだ……」


 山伏の狐憑きはそう言う。


「前世の罪に対する、罰だ。オレは夜な夜な死霊たちに苛まれる。オレはここで、罪を償うのだ」


 杖先についた金属製の輪が錫錫しゃくしゃくと鳴る。「じゃらーん」の正体である。


「罰ゲームなら一人でやってろ。村人たちは関係なかったはずだ」

「村人? あぁ、これか」


 山伏の合図で、首なしの死体たちは、担いでいた棺を地面に置いた。


「オレの修行を邪魔した罰だ。世の中はね、罪と罰なんだよ」


 ドストエフスキーかよ、というツッコミもひっこめる。こいつには何を言っても通じやしないだろう。


「お前たちも罰を受けるがいい。牛蒡連峰を汚した罰だ――錫杖『狐影悄然こえいしょうぜん』!」


 奴の錫杖が「じゃらーん」と音を立て、首なし亡者たちが俺たちに突進してくる。


「ぐっ……」

「ためらうな、斬れ!」


 彼岸花の狐憑きが、先頭を走ってきた亡者を斬る。上半身と下半身が別々にどうと倒れる。


「やるしかない。もう死んでるんだ!」


 狢の狐憑きが、忍び刀で亡者を突き刺す。滞って濁った血にまみれる。


 俺の狐假虎威丸こかこいまるがあるせいで、二人の武器『狐狸変化こりへんげ』と『狐ノ剃刀ヒガンバナ』は本来の効果を発揮できない。俺がやるしかない。


「うぉぉぉおおおおおおおお」


 首なしの亡者。まわりの村人よりも、少しばかり上等の着物。昨晩俺たちに話してくれた、村長っぽいおじいさん……だったもの。


 真向から斬る。死霊を斬った時のような、紙を切るような手ごたえではない。肉を断つ、生命を絶つ手ごたえだ。


 首なしの人型を切り捨てると、後には山伏と棺桶が残った。棺桶の蓋が開いている。中からあふれ出すのは白い死霊。あれが牛蒡連峰を跋扈していた死霊たちの大元だ。


「なに? なにかおかしいぞ……」


 慌てているのは、死霊を生み出しているはずの山伏の狐憑きだった。錫杖をシャンシャン鳴らすが、それはむなしく山々にこだまするだけだった。


「あんたの宝刀のおかげかもね」


 いつの間にか、西尾が隣にいた。


 棺桶からあふれた死霊たちは、あるじに向かって群がっている。白く細い手を、山伏に向かって伸ばす。次々と出てきて、山伏の身体に取りつく。憑りつく。


「死霊を呼び出すのが妖術アビリティ。操るのは錫杖スキルってことでしょうね。その錫杖が今、機能していない」

「暴走状態ってことか」


 洛も合流。


「あははははははっはははっははっは。いいぞ。最高の罰だ!」


 山伏の狐憑きは、狂喜に浮かれている。死霊が鎧のように山伏の身体を覆う。否、鎧というには不格好が過ぎる。ぼこぼことうごめく肉の塊と化す。


「もう、迷いはないわね」

「ああ」

「一気に畳みかけるぞ!」

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