第4話

 川を渡るとそこは、死霊の跋扈する牛蒡連峰。


「試し斬りしてこよう」


 女武者が先頭を切る。俺と洛の目の前から消え、数メートル先にうごめく死霊を切り裂く。村人たちが描写した通りの、白い死霊。


「ただの刀では斬れないだろうが、我々狐憑きの武器スキルなら通じそうだ」


 西尾は――『彼岸花』の狐憑きは、そう言う。炎刀はその名の通り、切り裂く瞬間に火花を散らす。


「手分けしてこの死霊たちを斬っていこう。それで山伏をあぶりだす」

「単独行動か?」

「だって、あんたが近くにいると戦いづらい」


 西尾は俺に、というより俺の宝刀に目をやる。狐假虎威丸こかこいまるは周囲の狐憑きの武器効果スキルを減退させる。


「なんでお前が命令するんだ」

「嫌ならわたしより強くなるといい」


 洛と西尾は相変わらずいがみ合っている。情けない話だが、この異世界においては今のところ、生徒会副会長も生徒会会計の言いなりになるしかない。


「この死霊はいい訓練相手になるだろう。1000体くらい斬れば、わたしの足元くらいには及ぶんじゃないか?」


 女武者はそう言い残して、颯爽と木々の闇に消える。スマホも使えないのに、どうやって後で合流するんだろう? 俺はそんなことを思った。


「たしかに奴の言う通り、俺たちは実戦経験が少なすぎる。やるしかないな」

「よし。たしかに俺がいると、洛の『狐狸変化こりへんげ』も威力を発揮できないしな。ある程度距離を取ろう」


 木々の隙間から、岩陰から、あるいは地面の下から、死霊たちはとめどなく現れた。ただし動きは緩慢で、不意打ちをされる心配はなさそうだ。


「山伏を見つけたら、合図をくれ。見つからなくても、夜明けには村で集合だ」

「おーけー」


 『むじな』の狐憑きも去り、俺は暗闇で独りぼっちに。しかし宝刀があるからか、不思議と怖さのようなものは感じない。


 月明かりに目が慣れる。のそのそ近づいてくる死霊を、真っ向から斬る。紙を裂くような手ごたえがあって、死霊が消える。


「1000体くらい斬れば、わたしの足元くらいには及ぶんじゃないか?」


 この西尾のセリフが、俺は気にかかっていた。1000というのは、テキトーにでまかせで言った数字なのだろうか。


「おりゃ」


 今度は袈裟けさ斬り。斬るというよりは、敵の鎖骨あたりを打ち砕くイメージ。


 西尾友莉は、尾瀬茉莉を斬るときに躊躇しなかった。おそらくは、その手前のところで下忍のくノ一たちを一掃するときにも、何のためらいもなかったろう。はじめからそういう冷酷なやつだったと言ってしまえばそうなのかもしれないが……。


「ふん」


 一文字斬り。胴を真横から一閃する。


 俺たち狐憑きは、一日のうちにこの世界へ招かれた。朝の授業前に生徒会の尾原と西尾が、そのあとA組の妹尾と飯尾。C組の藤尾が体育の時間に失踪し、学校にはいなかったはずだが引籠りの松尾が消える。その後が尾瀬だったか……。ともかく、西尾は俺と洛よりもずいぶん先輩ということになる。


 この世界では、時間と空間の流れが歪んでいる。元の世界では数時間の差かもしれないが、こちらの世界では何日分の……あるいは何か月分の差になっているのだろうか。


「せい、とりゃ」


 袈裟に斬りつけてから、逆袈裟斬り。腕の力で振るうのではなく、体全体を使う。遠心力も味方につける。この死霊たちを生み出す元凶を見つけられなければ、長期戦となる。無駄な力は籠めないようにしなければ。


 そう、1000という数字だ。あれは根拠のある数字なのかもしれない。


 西尾は早々にこの世界へ招かれ、玉藻御前の為に、玉藻の刀となるために、訓練を積んだのではないだろうか。何を、何者を、1000も斬ったのか知らないが。


この世界の登場人物モブキャラや、同級生だったはずの狐憑きを斬って捨てても心が揺らがないように、訓練を積んだのだ。

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