第3話

 舟に乗り込んで若狭湾を横切る。今でいう石川県・加賀の国から上陸。


「俺と洛の中に、妹尾治郎の殺生石。俺の中に松尾鎗太郎まつおそうたろうの殺生石。西尾の中に尾瀬茉莉の殺生石……。今ここに、合計6個の殺生石が集っていることになるな?」


 俺は現状を確認する。


「お前が他にもすでに集めているのでなければ……だが」

「隠しているものはない」


 洛と西尾がにらみ合う。


「とりあえずあの『実芰答里斯ジギタリス』の狐憑きが一つだろ。あと二つに心当たりはあるのか?」

「確たるものはないけど、飛騨の国に異常が見える」


 飛騨っていうと、日本アルプスのひとつ飛騨山脈が思い浮かぶ。岐阜県北部のあたりか。日本で三番目に高い奥穂高岳は飛騨山脈の所属だったはずだ。


「見えるっていうのは、遠見の能力か」

「そうね。見えるって言っても、何かがはっきり見えるわけではない。説明が難しいけれど」

「ふーん」

「詳しいところは、行ってみないとわからないね」


 峡谷ぞいに歩いていく。白山を越えたところで、かやぶき屋根の集落が見えてくる。急峻な山々なのだが、歩き始めるとあっけなく登ることができてしまう。俺たちが狐憑きとしての身体能力を手に入れているのか、あるいはこの世界特有の謎縮尺によるものなのか。


 俺が地獄村を訪れたときと同じく、村人たちは俺たちを快く迎え入れてくれた。日も暮れようとしていたので、宿を提供してくれるというのは願ったりかなったりだ。


「夜は出歩かん方がいい」

「ゆっくりしていきなはれ」


 彼らはこのかやぶきの屋根裏で、蚕を育てているらしい。カイコガの幼虫は繭をつくる。それを糸として人間が利用させてもらう。そういう産業である。


「さぁさ、旅のお方。たくさん食べてくだせえ」


 いろりを囲んで、鍋料理の支度が進められる。俺たちは金銭の持ち合わせがないのだが、もはや酒盛りが始まろうとしている。山奥の村にしては開放的すぎやしないか。


「どうする? 異世界なら飲酒OKか?」

「いや、倫理的にやめておこう」

「危機感のない人たちね」


 俺たちは雰囲気に流されて、山の幸をふんだんに使った鍋料理をご馳走になる。


「いやー、悪いっすね」

「俺たち、持ち合わせもないんですけど」


 西尾はいくらか金銭を持っているだろうか? ちらと見るが、目を逸らされる。ないみたい。


「いいんですよ。そんなことは」

「ところで……」


 村人たちの中でも年かさのおじいさんが口火を切る。なんだかまわりの村人よりも着ているものが上等っぽい。仮に村長と名付けよう。


「この先の牛蒡連峰ごぼうれんぽうというところで、とある山伏が修行をしているのだが……」

「その山伏が連峰に消えてからというもの、毎晩のように死霊がこのあたりをうろつくようになりましてな」


 村長っぽいおじいさんと、その補佐っぽいおじさんが畳みかけてくる。


「死霊っすか」


 資料でもなく、飼料でもなく、死霊ね。使い慣れない言葉なので変換にとまどう。


「暗闇の中で浮かび上がるような、白い人型。ネギのように白くて細長い手足。思い出しただけで鳥肌が」

「見たことがあるのか?」

「ええ。川向こうに」

「やつら、川よりこちらには来られないようで」


 なんとなく、話の流れが見えてくる。村人たちが俺たちを歓待するのは、死霊退治を依頼するためか。俺たちは確かに三者三様刀を身につけているが、死霊に刀は効くのか?


「なら、夜は川より向こうに行かなければいい」

「うむ、解決だな。そろそろ寝るか」

「…………」


 村人たちの、非難するような目。


「今はいいが、冬は川が凍るかもしれん」

「逆に、雨が降らなければ流量が減ってしまって……」


 まぁ、そうだよね。


「その山伏とやらが狐憑きなのかな」

「死霊というのも、そいつの妖術が絡んでいるのだろう」

「ではその大元を叩くか。どうせ、そのために来たんだし」


 俺たちはひそひそと打ち合わせ。


「それじゃ、わたしたちがちょっと様子を見てくるわ」


 西尾を先頭にして、俺たちは一度村を後にした。一泊して明日の夜にしてもいいんじゃないかと思ったのは内緒だ。

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