第2話

「わたしは、玉藻ちゃんを妖狐から救いたい。そのために、君たちの力も借りたいの」


 西尾友莉にしおゆうりは、俺たちにそう告げた。


 湾内ということもあって、波は穏やかである。しばしの沈黙。


尾又玉藻おまたたまもは自我を妖狐に乗っ取られている……と。そういう理解でいいんだな?」

「そう」


 らくが淡々と確認し、西尾はうなずく。


「でも、お前は殺生石を集めているんじゃなかったか? それは九尾の妖狐を復活させることにつながるのではないか?」

「ああ、『狼』から聞いたのね。そう、その通り」

「じゃあ、なんで……」

「玉藻ちゃんの生殺与奪の権は妖狐に握られている。結局玉藻ちゃんを助けるには、言うことを聞かざるを得ない」

「ふーん……」


 なんとかという和尚さんが殺生石を砕き、そのかけらは全国に飛び散った。殺生石とはいわば妖狐の魂の分身である。それを九つすべて集めることが、九尾復活の条件。


「尾又玉藻を救うためなら、世界がどうなっても構わないと、お前は言うのか?」


 石に姿を変えられても、人を殺し続けた九尾の妖狐。奴が現代に復活すれば、少なく見積もっても人類の危機。そんなことを妹尾治郎せのおじろうは言っていた気がする。


「ああ、構わないね」


 西尾は、間髪入れずにそう言い切った。


「よし気に入った。俺は手を組もう」

「おいおい、生徒会役員共は生徒会長の信者なのか? 絶対服従なのか?」


 決意を固める俺に、尾崎洛おざきらくだけがこの場において温度差がある。


「玉藻ちゃんを救うには世界すら犠牲にする。その覚悟はある。しかし、いざというときの保険は欲しいでしょう?」

「それが、俺の妖術か」

「そういうこと。殺生石を集めれば尾又玉藻の身体は解放される。そういう契約だから……」


 玉藻御前の懐刀と影武者は、妖狐と契約を結んでいる。殺生石を集めれば、尾又玉藻の身体を開放する。でもその代わり、尾又玉藻と俺たちが帰るべき世界はどうなる……?


「……でも、相手は狐の中の狐だからね。信用ならない」

「そうだな。狐も狸も、化かし化かされるものだ」


 洛は西尾から視線を外し、俺の方を見る。


「ふむ。ここらでもう一度セーブしておくか?」


 ここで俺が右手をあげてコンと鳴けば、次死んだとき、この時点に戻ってくる。しかし前回セーブした慈悲いつくしみ神社に戻ることはできなくなる。


「慈悲神社を出てからここに来るまでに起こった出来事は、もうやり直しがきかなくなるってことになるな」


 美作みまさか化粧寺けしょうじで西尾が尾瀬を倒す。伊予いよ大神窟おおかみくつで俺と洛が妹尾を倒す。山城の金倉堂かなくらどうで俺と洛が松尾を倒す(あれはある意味自滅かもしれないが)。それらの出来事は、確定される。


「たとえばだが、俺が今お前に頼んで「次は尾瀬を殺すな」と言ったら、それは可能か?」


 尾崎洛は腕を組んで『彼岸花』の狐憑きをにらむ。


「それは……できないでしょうね。リセットされた時点で、わたしは『天守・地守』の能力を未だ持っていない。尾瀬茉莉を斬ってその能力を奪うまで、わたしは今までと同じことを繰り返すでしょう」

「ぐぬぬ……なるほど」


 諦めた様子で、洛は俺にうなずく。


「コン」


 俺は右手で鳴く。これで原点設置セーブ。今の俺は自分の妖術を認識しているし、隣には『天守・地守』を持つ西尾がいる。次に俺が殺されるなり仮面を剥がれるなりすれば、ここに戻ってくる。そして西尾がそのことを教えてくれて、次の作戦を練ることができるというわけだ。


「取引成立ってことでいいかしら」

「ああ。洛も?」

「おう。親友のためだからな。断じてこいつのためではない」

「ふん……」

「今鼻で笑ったか?」


 こうして俺たちは三人組となったが……前途多難だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る