第4話

 日本三景天橋立が、この世界では「此岸回廊しがんかいろう」と呼ばれているらしかった。


 俺たちは目撃情報を頼りに丹後たんごの国までやってきた。例によって縮尺はテキトーな世界なので、徒歩でもすぐにたどり着く。


 此方こちらの岸と彼方あちらの岸を結ぶ砂州。天然の回廊。それが「此岸回廊」である。


「こっち側が此岸ってことでいいのかな」

「すると向こうが彼岸か。なんだかいやな響きだ」


 さっぱり理由はわからないけれども、なぜだか「彼岸ヒガン」という言葉を聞くと、左腕と首筋がぞわりとする。


「お、いたぞ!」

「本当か?」


 砂州は松の木に覆われているが、俺の目からは美しい玉藻会長の姿が見える。


「行くぞ」

「ほんと尾又玉藻のことになると、ためらいがないよな……」


 俺たちは谷筋から湾に出る。そこが回廊の入り口である。松の木々に見え隠れする和装の女性を追う。


「というか、なんで逃げるんだ?」

「嫌われてんじゃないか?」

「まさか、そん……な……」

「ごめんごめん、冗談だから!」


 ショックのあまり足を止めそうになる俺を、洛があわてて励ます。


「仕方ない。俺が反対側に回り込む!」


 洛は忍び刀をきちっと身体に引き寄せ、一気に加速する。そういえば忍者なのだった。本気で走って着物の女子に追いつけない道理はない。


「これで挟み撃ちだな」


 松の木を器用に回り込んで、洛はドヤ顔でこちらを振り返った。しかし。


「お前、玉藻会長じゃないな……」

「え?」


 長髪をなびかせて凛と歩く姿には感動すら覚える。意思の強そうなキリッとした目つき。薄い桃色の唇……ではあるのだが、何かがちがう。


「あら? なんでわかったん?」


 尾又玉藻と思って追いかけてきたその女は、生徒会長の顔をしてにっこり笑った。


「くんくん……においでわかるぜ」

「変態っぽいわぁ」


 女は右手を挙げてコンと鳴く。妖術発動の合図だった。俺たちは身構える。


「そないビビらんでも、こんなかわいい狐さんやで」


 女がいたところに、美しい白狐が上品にたたずんでいる。洛の変身能力と同じようなものだろうか。ちらと洛に目線をやる。


「そこらへんの狐憑きといっしょにせんといてほしいわぁ」


 俺の心を読んだのか、白狐はそんなことを言う。


「うちの変身は美しいもん限定。美しくないもんには化けへん。なぜならウチは、玉藻御前の影武者やからね」


 懐刀の次は影武者ときたか。


「玉藻会長は影武者が必要なくらい偉大だというのはわかるが」

「なぜ俺たちの前に姿を現した?」

「そら、おびきよせるためやけど……」


 白狐は洛の後方を見つめる。


「ほんまは金倉堂でケリがついとったはずやのに、なんでここまで来てしもたんか、こっちが聞きたいくらいやわ」


 尾崎洛の後方に、人影。俺の首筋に冷たいものが流れる。


「ちょっといろいろあってね」


 彼岸からやってきたのは、一人の女武者。『彼岸花ひがんばな』の狐憑きだ。俺と洛で白狐を挟み撃ちにしていたはずが、今度は洛が白狐と女武者に挟まれている。


「あなたがいると戦いづらいんだけど」


 女武者は心底けだるそうに、白狐に向けてそう言う。こいつら、仲間ではないのか?


「そらそうやろうけど、偉そうに……まぁええわ。ウチは戦うタイプとちゃうし」


 白狐はいつの間にか、一人の人間の姿に戻る。今度は玉藻の姿ではなく、本来の狐憑きの姿に。


「ウチは玉藻御前の影武者。美しき『実芰答里斯ジギタリス』。以後お見知りおきを。ま、以後なんてもんがあんたらにあればの話やけど」


 純白の狐面に、薄紫色の花模様。自分で「美しき」とか言うなよと思わんでもないが、その仮面はたしかに美しかった。


「ほな、今度はしくじらんといてや~」


 『実芰答里斯ジギタリス』は『彼岸花ヒガンバナ』に向かって手を振る。


「べつにしくじったわけじゃないっての!」


 引き抜かれる炎刀。


「洛!」


 思わず叫んでしまう。


「そう。狸の仮面は尾崎洛。それは……

「……!?」

「コン!」


 洛が鳴くのと同時、あたりに突如人混みが現れる。


「下にー、下にー」


 大名行列だ。変身能力だけでなく、ある種の影分身。これが『むじな』の狐憑き本来の妖術。


「数だけ多くてもね……炎刀『狐ノ剃刀ヒガンバナ』!」


 神速の剣技。流れるような足さばき。裂く、払う。突く、引き抜きざまに蹴る。刎ねる。最初からそう動くことが決まっていたかのような、迷いのない大立ち回り。洛の生み出した分身は次々と切って捨てられる。


「もとより倒せるとは思っていない。逃げるぞタイガー」

「おう!?」


 人混みから、洛が抜けだしてくる。しかし、


「待て、お前たちと取引がしたい!」


 そう言って、大名行列を薙ぎ払った女武者が俺たちの前に立ちふさがった。

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