第5話

「取引……?」

「そう」


 女武者の予想外の一言に、俺たちは硬直。予想外のスピードで影分身の術を突破されて、逃げようもなかったという説もある。


「わたしはそちらの虎柄……まぁ尾形虎之介おがたとらのすけなんだろうけど……そっちの妖術アビリティに興味がある」


 彼女はあっけなく俺の正体を看破する。


「おい、お前がタイガーなんて言うから」

「お前なんて、思い切り洛って言ったろ」


 そういえば、俺がうっかり洛の名を口にしたとき、彼女は「知っている」と言っていた。


「わたしは西尾友莉にしおゆうり。これでおあいこだね」


 女武者は、口喧嘩する俺たちに向けて、これまたあっさり正体をばらした。


「西尾……?」


 おとなり2年C組の生徒で、生徒会会計である。尾又玉藻の幼馴染にして親友。なるほど懐刀というポジションにぴったりと言えばぴったりである。


「西尾が、尾瀬を殺した……?」

「たしかに斬ったが、殺したわけじゃないだろう?」


 洛に向かって、西尾はそっけなく言う。俺たちとはこの世界と親しんだ時間が違う。生徒会メンバーは俺以外、ずいぶん早いタイミングでこちらの世界に招かれているのだ。訓練をすればゲーム感覚で、気軽に他人を斬れるのだろうか。かく言う俺も、妹尾や松尾に刃を向けてきたわけだが。


「わたしは君たちと、一時休戦というか、よければ共闘したいと考えている」

「尾瀬を斬ったお前とか?」

「わたしが興味あるのは尾形の方。あんたは斬っちゃってもいいんだけど、そうしたら交渉が上手くいかないかと思って情けで生かしてるのよ?」

「ひっ……」


 情けないぞ、洛。


 西尾友莉という生徒会会計は冷静沈着にして冷酷無情。部活動の予算案は1円の誤差も許さない。そういえばこういうやつだった。さらに磨きがかかっているような気もするが。


「西尾。お前まさか、俺のことを……」

「いや、だからあんたの妖術に興味があるって言ってるでしょ」


 うん、まぁそうだろうね。好かれていたとしても困る。俺は玉藻会長一筋なのだから。


「お前と『実芰答里斯ジギタリス』とやらは、仲間なのか?」

「一応、そういうことになっている」

「仲良しって感じではなさそうだな」

「まぁね。どちらも玉藻御前の側近ではあるけれど、わたしたちどうしはさほど協調しているわけではない」


 それは見ての通りだな。


「それぞれが玉藻御前の意思を汲み取って動いているけれども、わたしたちどうしは必ずしも意思疎通できているわけではない」

「なるほど。今こうして俺たちと話しているのも、『実芰答里斯』にとってはあまり好ましいことではないかもしれないわけだ」

「そうね……」


 圧倒的強者の風格であった女武者だが、こうして正体が知れてみると、意外に親しみやすいと思ってしまう。彼女ガールフレンドを目の前でぶった切られた洛がどう思っているかはわからないが……。


「タイガーの妖術に興味があるってのは、どういうことだ?」


 その洛が、本題に切り込む。女武者……というか、西尾はこちらの様子をうかがっている。


「もしかして、あんた自身も、自分の妖術がわかっていないわけ?」


 痛いところを突かれる。俺は西尾の前で、何かしらの妖術を発揮したのだろうか? 知らず知らずのうちに?


「どういうことだ?」


 探りあっていても仕方あるまい。率直に聞こう。


「わたしはかつて、あなたを……尾形虎之介を殺したの」

「は?」


 首筋と左腕に、奇妙な違和感。


「さっき『実芰答里斯』が言ったように、本当は金倉堂で決着がついていたはずだった。隠者の狐憑きを利用して君たちを分断し、わたしが虎柄の狐憑きの首を落とした」


 西尾は自らの刀の柄を指でなぞる。ゾッとすることを言ってくれる。


「その瞬間、世界は巻き戻った……否、回帰リセットされた」

「リセット?」

「ゲームで死んだら、セーブしたところからやりなおしでしょ? その感覚よ」


 ゲームを普段やらない俺でも、セーブとリセットくらいはわかる。


「俺が死んだら、俺がセーブしたところからやり直しってことか?」


 俺は知らないうちに妖術を発動していたのだろうか?


慈悲いつくしみ神社でやったアレか?」


 洛は何かを思い出したようだ。尾崎洛が召喚された慈悲神社にて、俺は右手で狐を作って「コン」と唱えた。何も感じなかったが、アレがセーブだったのか? 


「わたしが尾形の首を刎ねた瞬間、それは発動して、この世界はその時点にもどった」

「その俺自身が認識していないのに、どうしてお前にそれがわかる?」

「それは『かわうそ』の……尾瀬茉莉の妖術アビリティのおかげね」

「尾瀬の……?」


 洛が過剰ともいえるほどに反応する。


「『獺』の妖術は遠見の力だと、『狼』は言っていたな……」

「たしかにそれもある。厳密に言うと、彼女の妖術は『天守・地守』の力。この世界を客観的に観測する……君の回帰リセットを認識できるのは、おそらくこの妖術アビリティだけよ」


 ちょっと理解をするのに時間がかかるな。自分事とは思えない。そもそも俺が記憶していないのだから。


「君の妖術はあまりに強大だ。しかし君自身もそれを認識できていないから、諸刃の剣なんだ。回帰を認識できていなければ、やり直したところで同じ歴史ストーリーを歩むことになる」


 何がいけなかったのか、どうして死んでしまったのかを認識した状態でやり直せば、それは意味のあるやり直しなのだろうが、俺自身にはそれが現状できないということだ。その記憶を保持した状態でやり直すことができないのだから。


「君の回帰が発動した時、わたしは何が起こったかわからなかった。長い夢を見ているようだった。一度体験したことを追体験するだけの、退屈な長い夢」


 突然数日分の記憶が巻き戻って、ある時点に戻された時、その「なかったことにされた記憶」は夢のように感じられるのかもしれない。


「化粧寺で尾瀬茉莉の妖術アビリティを奪うと同時に、記憶が戻ってきた。そして君と再び――つまり二周目に出会ったとき、ふと気が付いたんだ。これは尾形虎之介の妖術アビリティなのではないかと……。だから『金倉堂で殺さない』ということをしてみた。そうすると、案の定わたしの知らないストーリーが始まった」


 俺は、この世界に召喚されるときに見た夢を思い出す。旅人と虎と狐の夢。


「何を言っているのかさっぱりわからん、そもそもどうしてそういう話になったのか、ことのはじめを再現してくれないか」狐がそう言って、旅人と虎と狐は連れ立って、もと来た道を戻る……あの夢が暗示していたのは、そういうことか?


「ということは俺が、現状お前が持っている尾瀬茉莉の妖術アビリティを奪えば最強ということになるな?」

「そういうこと」


 俺の名推理に、西尾はいとも簡単にうなずく。


「そして、わたしは君を殺したり妖術を奪ったりすることができない。なぜならその瞬間にまたリセットされてしまうから。同じことの繰り返し。二周繰り返すのだってウンザリするのに、そう何度もやりたくない」

「なるほど……」

「だから、共闘しようと言っているの。それとも、力づくでわたしから彼女の妖術天守・地守の力を奪ってみる?」


 力づくで……ねぇ? 現状の俺たちの戦力でこの生徒会会計を倒すことができるだろうか? 答えは否。できない。すでにほとんど証明されてしまっている。俺は一度殺されているらしいし、洛の大名行列は瞬殺されたばかりだ。


 西尾の言うことを信じて、つまりは俺が俺自身の妖術リセットを信じて、ここでセーブをして何度も戦いを挑めば、一回くらい運命のいたずらが起こって勝てるか? しかし現時点では向こうに『天守・地守』の能力があるから、西尾ばかり経験値がたまって、俺はいつまでたっても初挑戦ということになる。可能性はどんどん下がっていくようにしか思われない。それに、この妖術はそう何度も気軽に使ってよいものなのか? 何かが気にかかる。


「俺たちが協力することは、お前にとってどんなメリットがあるんだ?」


 洛が俺の気持ちを代弁する。そうだ。西尾にとってこの共闘は、どういう意味がある?


「わたしは、玉藻ちゃんを妖狐から救いたい。そのために、君たちの力も借りたいの」


 女武者、『彼岸花』の狐憑きは、俺たちにそう告げた。

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