第3話

 妹尾治郎の妖術は武器入れ替え。化け玉と隠れ蓑を交換するように、騙し、入れ替える。俺の宝刀を盗んだ能力ではあるが、内容はいたって地味。ものを入れ替えるだけ。


「「コン!」」


 それがスイッチとなって、俺の手元にある『狐假虎威丸』と鳥居の中に閉じ込められた洛の『狐狸変化』が入れ替わる。空間を越えて。


 狐火でゆらめく鳥居が消失。


 二人の少年の影が再び金倉堂に、俺の目の前に戻ってくる。


「洛!」

「おわ!……生きた心地がしなかったぜ」


 冷や汗で汗だくの尾崎洛がこちらをちらりと振り返る。精神攻撃系か? 俺は体験していないからわからんが……。


 隠者の心象世界を具現化する力は、妖術アビリティ武器スキルのあわさったもの。武器によって殺生石にアクセスするのを俺たちは見た。だから、俺の『狐假虎威丸』で武器スキルの力を打ち消せば、結界も消えるとたくらんだのである。


「なん……だと……」


 隠者の狐憑きは、血を吐いて倒れる。その能力スキルを失った槍は、ただの槍となる。当たり前だが、ただの槍が胸に刺さっている人間は、ただでは済まない。


「マジに恐ろしい技だったけど、俺たちとの組み合わせが悪かったな」

「組み合わせ……そうだな。偶然というか、運命というか」


 攻撃を仕掛けてきた敵とはいえ、あまり同級生が苦しむ様子を見たくないので、俺は隠者の狐憑きに歩み寄る。黒き仮面を外す。


「誰……?」


 やや幼さの残る面影。洛は知らないようだ。無理もない。


松尾鎗太郎まつおそうたろう。2年B組、俺たちと同じクラスだが、今年は一度も学校に来たことがない。不登校のひきこもりだ」


 彼の身体は光に包まれ、やがて消える。


「松尾、か。言われてみれば、聞いたことがあるかもしれない。いつも空席のあそこか」

「1年の時にイジメにあって、それ以来不登校になっている。俺という生徒会副会長がいながら、ふがいない話だ」

「べつに、タイガーが責任を感じるこたないだろう」

「元の世界に還すのは……かえって残酷だったかもしれないな。彼の場合は」


 自分の胸に槍を突き刺してみようなんて、よほど自暴自棄な……それこそ投げやりな態度でないと思いつきもしないだろう。今、俺が仮面を剥いで真名を告げたから、彼の妖術は俺のものとなったはずだが、使いこなせる気はしない。俺は自分の胸に刃を突き立てる覚悟がない。


「鳥居の中はどうなってたんだ?」

「鳥居……? ああ、外から見るとそうなのか」


 洛は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「彼は『狐の倉』と呼んでいた。おそらくは金銀財宝からご馳走まで、およそ無いものは無いであろうと思われる楽園だった。狐火の声が頭の中で反響しなきゃな……」

「彼を虐げるものは無く、すべて思いのままの世界か……」

「でもあれは、寂しい世界だぜ。盗人扱いされたから言ってるわけじゃないんだが」


 「盗人は殺せ! 盗人は殺せ!」と篝火は連呼していた。おそらくは彼の狐の昔話に由来するセリフなのだろう。彼の心象世界『狐の倉』への侵入者は問答無用で盗っ人ということになるらしい。


「嫌いなものをブロックして、好きなものだけで構築した世界。それは天国のようで孤独な地獄だよ」

「なんだか深いことを言いおるな……」


 そういうわけで、俺と洛は隠者の狐憑き・松尾鎗太郎を下し、金倉堂を後にした。

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