第2話

 既視感デジャブ



   /安芸あき慈悲いつくしみ神社の邂逅かいこう



 俺は見様見真似で手の狐をこしらえて「コン」と唱えてみるが、何も起こらない。集中しようにも、俺には俺の能力がわからないのだ。


「妖術の内容については、管狐から教わるものではないんだ。初めから知っているというか……」

「何? それは初耳だぞ」

「俺の場合は、夢を見たんだ。自分が狢になった夢を」

「それが能力のヒントになっているわけか」


 旅人と虎と狐。あれだ。しかし管狐はその夢の説明をしなかった。否、する前に目の前の狢に葬られてしまったのだったか。俺の批判するような視線に気づいてか気づかずか、洛は話を続ける。


「それは追々考えるとして、同盟を結ぶのであればもう一点教えておこう」


 屋根裏部屋の奥の暗闇から、洛は一枚の紙を取り出す。旧国名が記された日本地図だ。


「俺もまだこの世界を歩きつくしたわけではないんだが、縮尺を除いて、この世界の日本はおおよそこの地図通りの配置になっているようだ」

「俺は豊後の国で召喚された。そこから関門海峡を渡ってこのあたりで河童とバトル。それから舟に乗って……」

「この慈悲神社はここだ」


 洛の姿にもどった洛が指さしたのは安芸あきの国。その目の前にある一つの島だった。



   /美作みまさか化粧寺けしょうじの予想外/



「炎刀――『狐ノ剃刀ヒガンバナ』」


 勝負は一瞬でついた。俺たちがよじ登った塀から飛び、着地するまでの一瞬だ。


 女武者はその甲冑姿からは想像できない俊足で『かわうそ』との距離を詰める。紅が一閃。その炎刀が鞘に収まるのと、くノ一の狐憑きが地に倒れるのが同時。


「――――ッ」


 隣で、洛が声を殺すのがわかる。本当は尾瀬の名を叫びたいのだ。しかしそれは、あの女武者に彼女の真名を知らせることになる。


尾瀬茉莉おぜまつりか……」


 洛の努力は無駄に終わった。女武者は『獺』の狐面をはぎ取り、その真名をつぶやいた。もとから知っていたのだ。


 2年C組か? 俺は妙に落ち着いた心でそんなことを思った。俺の視線に気が付いたのか、『彼岸花』の狐憑きがこちらを見る。


 仮面を取られた尾瀬茉莉は、薄目を開いてこちらを――尾崎洛を見つめた。その次に俺。そして口が動く。声は届かないが、その口の動きを読み取る。


「あ・と・いっ・か・い」


 あと一回? 謎の遺言を残し、尾瀬茉莉は光に包まれて、消えた。



   /伊予いよ大神窟おおかみくつの真実/



 『狼』は再び姿を消し、次はまた我々から距離を取り、洞窟の奥に姿を現す。


 俺は素早く洛の背後に回り込み、その忍び刀を引き抜く。洛もそうしやすいように体をよじる。上手くいった。刀で洛の両手を結んでいた縄を切り裂く。洛が刀を受け取り、俺の両手も解放してくれる。


「『狼』さん、あんたの目的はなんだ?」


 暗闇からきらりと光るものが飛んでくる。それは俺の足元の地面に突き刺さった。


「このまま戦いには参加せず、妖狐の復活を防ぐこと……だったのだが、気が変わった」

「何……?」

「なに、見つからないかくれんぼにも飽きてしまってね。この戦いに一石投じてみようという風に、気が変わったのさ」


 俺の足元に飛来したのは、『虎威丸こいまる』と刻まれた刀の刀身である。

 腰にさしたままの鞘『狐假こか』と合わせて、宝刀『狐假虎威丸こかこいまる』。


「かかってきたまえ。いざ尋常に――」

「「勝負!」」



   /山城やましろ金倉堂かなくらどうの引籠り/



「金倉流槍術『篝火狐鳴こうかこめい』……」


 いや、槍術じゃねぇだろ! というツッコミはできずじまい。なぜなら隠者と洛の姿は俺の目の前から瞬きの間に消え去ったからだ。


 代わりに俺の前に出現したのは、狐火に揺らめく鳥居である。異界への入り口がそこにあった。


 隠者が繰り出したのは最高位の妖術。武器スキルによって妖術の源である体内の殺生石に直接干渉し、心象世界を具現化する。


「いやだああああああああああ! 出してくれ!」


 鳥居の向こう側から、洛の絶叫。


「盗人は殺せ! 盗人は殺せ!」


 篝火かがりびがそれを煽る。


「洛! アレをやるぞ!」


 俺は宝刀『狐假虎威丸こかこいまる』を手に持ち、左手を準備する。一か八か、アレをやってみるしかない。


 尾形虎之介と尾崎洛で、おそらくは半分ずつ引き継いだ『狼』妹尾治郎せのおじろうの妖術。


「「コン!」」

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