丹後・此岸回廊の人違い

第1話 

 丹後たんごの国っちゅうのは、今の京都府北部のこと。宮津みやづ天橋立あまのはしだてなんていうのが日本三景として有名やね。


 江尻えじり村の漁師二人が魚を舟に積んで宮津の港へ向かっとった。舟が橋立の千貫松あたりにさしかかったとき、ウチは声をかけた。


「もし、そこのおふたり、私は旅の娘でございます。どうか宮津まで乗せて行ってくだされ」


 男たちはこちらを見て、鼻の下を伸ばして近づいてくる。


「おや、誰もおらんな」

「えらいべっぴんさんがおったと思ったが」


 ウチは彼らの目を盗んで舟底へもぐりこみ、この日いちばんの収穫であろう大鯛を頂戴することにした。


「やっぱり、こやつのしわざか!」


 漁師が舟底にやってくる。彼らの目に映ったのは、美しき白狐。つまりウチのことや。食後はゆっくりしたかったのだけれど、そうはいかないみたい。


橋立小女郎はしだてこじょろう。このあたりで人様を騙す化け狐じゃ」


 人間たちのあいだで、ウチはそう呼ばれとるらしい。ほな、お望み通り橋立小女郎の姿をお目にかけますか。


「漁師さん、もう二度と盗み食いはしませんから、どうかお許しください」


 人間の姿に化け、ウチは哀れっぽい声を出す。我ながら名演技。


「むむ、化け狐には騙されんぞ!」


 男たちは二人がかりでウチを捕らえ、縄で縛った。たかが魚一匹でケチやなぁ。


「縄が体に食い込んで痛いわぁ、この縄緩めてくれはらへん?」


 今度は色っぽく言ってみる。男というのは単純なもので、正体が狐だとわかっていても、なんだかイケナイことをしている気分になったらしい。縄をゆるめて、かわりに漁籠のなかにウチを閉じ込めた。なかなかしぶといなぁ。


「さて、港へ向かおうか」

「おうよ……ん? 舟が動かんぞ」

「さては、橋立小女郎のしわざだな」

「なにを、今に見ておれ」


 陸に上がった男たちは、落ち葉や枯れ枝を集めて火を燃やした。然る後、ウチの入った漁籠を焚火に放り込んだ。なんてひどいことをしはるんやろ。ウチはか弱い腕を籠から出して悲痛な声を出してみる。どうもこの漁師たちは鈍感らしく、同情心に訴えることはできへんようや。


「あの橋立小女郎を仕留めたとなると、俺たちゃ英雄だぞ」

「そうやなぁ」


 漁師たちは意気揚々と村へ帰り、村人たちを集めて籠の中身を披露した。


「みんな、これが橋立小女郎の丸焼きじゃ!」


 漁師のおじさんたちは自慢げに披露しはった。せやけど、籠の中から出てきたのは黒焦げになった二本の大根やったとさ。

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