第5話

 案の定、罠だった。


 ゲーム感覚で流れに身を任せてはいけない。自分の武器が手に入って浮かれていたのだろうと指摘されても言い返せない。


 そもそも、そんなに前フリもなく現れた隠者の技が最強クラスというのは反則ではないか?



「頼もう!」


 正々堂々、金倉堂だと思われるお堂の扉を開く。


「あーあ、嫌だな……」


 薄暗いお堂の奥から、ぼそぼそと、心底だるそうな声が聞こえる。


「陽の気配がするな。僕みたいな陰の隠者に何用かな……」


 この暗くて元気のない感じ。隠れ潜んでいる感じ。つい先日倒した妹尾治郎すなわち『狼』とキャラがかぶっているのだ。それも俺たちの油断を誘ったのかもしれない。


「とりあえず、男みたいだぜ」

「会長でないことはたしかだな」


 現れたのは隠者の狐憑き。隠者らしく質素にボロ布を身にまとい、黒い狐面で顔を隠す。


「そうして自分たちだけで話を進めて、わかったような口を利いて、これだから陽の者は嫌なんだ……」

「すまんすまん、俺たちは人を探しているんだ。君と同じ狐憑きだが、意味もなく戦うつもりはない」


 俺の言葉に、隠者は首をかしげる。その動作は幼さを感じさせる。俺たちと同じ中2のはずだが。


「人探しか。それなら他をあたるといい。僕はここから出ないから、この世界のことは知らないんだ……」

「ここから出ない?」

「そう。ここから動かずして、僕の世界は完結する。ほしいものは何でも手に入る。いらないものはすべて排除できる……」

「ん?」


 ヤバそうな空気を察して、俺は半歩下がる。洛は背中の忍び刀に手をかける。


「金倉堂を訪れた者は帰ってこない。そんな噂は聞いたことがないかな……」


 バッチリ聞いていた。関西弁っぽい町娘から。


「その記録を途切れさせたら、君たちみたいな無法者がやってきてしまうからな……」


 隠者の狐憑きは、背後の壁に立てかけてあった『槍』を手に持つ。


「さて、『狐の倉』へお招きしよう……」


 黒い狐面の少年は、その槍を不器用に構え――


 ――自らの胸に突き刺した。


「は?」

「え?」


 呆気にとられる俺たちの目の前で、ずぶりずぶり。槍はいとも簡単に彼の胸を貫通していく。


「なんかわからんがマズい!」


 洛が叫び、俺を堂の外へ突き飛ばす。

 それと、奴の技が完成したのが同時。


「金倉流槍術『篝火狐鳴こうかこめい』……」


 いや、槍術じゃねぇだろ! というツッコミはできずじまい。なぜなら隠者と洛の姿は俺の目の前から瞬きの間に消え去ったからだ。


 代わりに俺の前に出現したのは、狐火に揺らめく鳥居である。異界への入り口がそこにあった。


 隠者が繰り出したのは最高位の妖術。武器スキルによって妖術の源である体内の殺生石に直接干渉し、心象世界を具現化する。


「いやだああああああああああ! 出してくれ!」


 鳥居の向こう側から、洛の絶叫。


「盗人は殺せ! 盗人は殺せ!」


 篝火かがりびがそれを煽る。


「洛! アレをやるぞ!」


 俺は宝刀『狐假虎威丸こかこいまる』を手に持ち、左手を準備する。一か八か、アレをやってみるしかない。



「ふーん、あの狸ヅラは尾崎洛なんだ」



 アレをやってみることは、できなかった。コンと狐の形にしようとした俺の左手が、ボトリと地面にずり落ちる。力が抜けて、とかではなく。比喩ではなく、手首から切断されて、地に落ちる。


「あああああああああああああああああああああああああああ!」


 焼けるような痛み。否、本当に焼けている。灼けに灼けている。


「ごめんね、痛いよね。すぐ楽にしてあげるから」


 振り返るとそこには、『彼岸花ヒガンバナ』の女武者が炎刀を構えている。


 俺は最期の言葉を発する暇もなく、首を刎ねられた。

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