山城・金倉堂の引籠り

第1話

 僕は人間のつくった罠にかかり、子どもたちの格好の遊び道具となり下がっていた。ガキどもはこちらが反撃できないとわかると、手に手に棒を持って僕の身体を打ち据えた。間抜けな自分を呪った。散々もてあそばれた後、この身は打ち捨てられるか番犬の餌だろうか。


「おめえたち、その狐をおらに売ってくれんか」


 その時、救世主が現れた。救世主は農民の姿をしていた。壊れたくわをかついでいて、これから鍛冶屋にでも行くのだろうか。


「やったぁ、銭だ銭だぁ!」


 子どもたちは銭に目がくらみ、簡単に遊び道具を手放した。この農民も裕福な暮らしをしているようには見えない。思うに、その銭は鍬を直すためのものだったに違いない。それをこんな獣のためにつかうなんて、聖人君子もいたものだ。


「あ、しまった」


 弱り切った僕を抱え、しばらく歩いたところで、その聖人君子は足を止めた。


「鍬がなくっちゃ畑起こしができんというに、鍬をなおす銭がのうなってもうた」


 嫌な予感。彼は踵を返す。


「そういうことだから、狐よ、勘弁してくれろ」


 まさに天国から地獄。聖人君子は悪鬼となった。


 男は僕を餓鬼がきどもに引き渡す。子どもたちは一度手に入れた銭を手放すことになって、より一層僕をいじめた。体中を、くまなく打ちのめす。悪いのは優柔不断なあの男であって、僕ではないのに。


「やめれ、やめれ。今度は本当に払うから」


 しばらくして、男がもどってきた。銭の都合をつけてきたらしい。僕はすでにほとんど瀕死の状態である。


「ええな、二度と捕まんなや」


 男は僕を誰もいない山の中で放してくれた。




 身体の傷が癒えてから、僕はあの男の家を訪れた。


「この間は、危ないところを助けていただいて、ありがとうございました。お礼に何か差し上げたいと思います」

「あの時の狐か。そんなそんな……しかしそこまで言うなら」

「私の家には『狐の倉』といって、古今東西の金銀財宝を集めた倉があります。あなたの望みのものを何でもお持ちください」


 深い深い森の中、木々に溶け込むように、その倉はあった。


「どうぞ中へ入って、好きなものをお取りください」


 男は喜び勇んで倉に入る。僕はその後ろでバタンと戸を閉める。そして、


「ぬすっとー、ぬすっとー」


 大声で叫ぶ。僕の叫びに呼応して、森の中から無数の赤い篝火かがりび、狐火が現れる。


「ちがうちがう。おらは盗人でねぇ」


 倉の中で慌てる声がするが、狐火たちは聞いちゃいない。


「盗人は殺せ! 盗人は殺せ!」


 篝火の大合唱。




「そんなところに縮こまって、何をしているんです? 好きなものをもって、はようおいでなさい」


 倉の隅に縮こまって震えている男に、僕は何事もなかったかのように声をかけた。


「本当に? おらは盗人じゃないぞ?」

「なにを言っているのです。倉の持ち主である僕がよいと言っているんですよ?」


 僕はあくまで何も知らないフリを続ける。男はようやく安心したのか、鍬やらすきやら銭やらを持てるだけ持った。


「恐ろしかった。生きた心地もしなかった」


 男は倉から出ると、先ほど体験した悪夢を僕に語った。彼が話し終わるのを待ってから、僕は口を開く。


「あなたがそういうのでしたら、そうなのでしょう。実は私も、先日同じ思いをしました。あなたに助けてもらったときは、よかった助かったと喜びました……が、その後でまた餓鬼どもに返された時には、まさしく生きた心地がしませんでしたよ。再び助け出されたわけですが、あの時のことを考えると、ちょうどあなたの場合と似ていますね」

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