第5話

 ここは伊予いよの国のどこかに存在する、大神窟おおかみくつという洞窟である。


 手作り感のある、粗削りな細い通路。ところどころにろうそくの灯りが、通路の真ん中に置かれた不気味な地蔵たちを照らす。洞窟の奥からは妙にひんやりとした空気がため息のように漏れてくる。肝試しの刑に処されているのだろうか。隣に洛がいなければ心細くてちびっていたかもしれない。


 明らかに一般人が足を踏み入れてはいけない空気を感じるが、鎖がぐいぐい引っ張られるので、縛られた俺たちは成すすべなく歩を進める。姿は見えないが、すぐ目の前に何者かがいるので、俺たちは無言で従うしかない。


 やがて目の前に頑丈そうな鉄柵が現れる。錆びついた音を立てて、鉄柵は前方へ開く。


「入れ」


 鉄柵の向こう側は、ここまでの通路よりも広い空間になっていた。灯りが届かず、奥行きは掴み切れない。

 俺たちを引っ張る力が消える。かわりに背後で鉄柵が閉まり、錠の下ろされる音がする。閉じ込められた。もう鎖で引く必要はないところまで来たということらしい。


「ようこそ大神窟へ。私が化獣集の上忍『狼』だ」


 奥の暗闇から、一人の『狐憑き』が現れる。化獣集の忍たちですら、その姿を見たことがないというボスの姿がそこにあった。片耳が欠けて、どこか年季の入った雰囲気がする狐の面。長身痩躯の男。その手には忍び刀が握られている。


「あ、それは……」


 隣で、洛の声。そう、『狼』の握る忍び刀は洛の『狐狸変化こりへんげ―狢』だった。


「まずは下忍『狢』よ。美作みまさか化粧寺けしょうじであったことを私に話せ。私にはおおよその見当がついている。何も包み隠すことは無い。真実を述べよ」

「は……はい」


 不気味なほどに優しい声。本当に何もかもお見通しなのかもしれない。


 洛は本当に、ありのままを話す。

 我々が到着した時にはすでに、『彼岸花の狐憑き』によってくノ一たちが倒されていたこと。目の前で『獺』が仮面を剥ぎ取られ、送還されてしまったこと……。


「その『彼岸花』は、玉藻御前の懐刀……と言ったのだな?」

「はい。確かにそう言いました」


 相手が狐憑きという時点で中身は中2であるとわかっているのだが、上下関係が染みついているのか、洛は敬語で話す。俺は知らんが。


「玉藻について、何か知っているのか?」


 俺が口をはさむ。その無礼なふるまいに、鎖の向こうで洛がギョッとしたのがわかる。しかし俺は止まらない。愛しの尾又玉藻のこととなると、俺は勇気百倍になってしまうのだ。


「知っているとも。私はこの世界に来てから、奴のことをずっと調べていた」

「ストーカー……?」

「いや違うだろ」


 洛が俺を制すが、『狼』は特に気にした様子もない。


「この世界のことを調べていくと、どうしたって彼女にたどり着くのだ。この世界の中心に、奴がいる」

「俺の世界の中心は、いつだって彼女だけどな」

「お前、一回黙ってろ」


 恋の病だから仕方ないのだが、たしかに話が進まないので少し黙っていた方が良いのかもしれない。


「九尾の妖狐の話は知っているか?」

「小学生の頃に読んだマンガに出てきたな」

「平安末期、鳥羽上皇の寵姫であったとされる玉藻の前という伝説上の人物がいる。彼女の正体は九尾の妖狐だった。正体を見破られた彼女は、那須野で殺され、大きな岩となった」

「ほほう、昔話っぽいですな」

「岩になってもなお、近づく者の命を奪う毒気を吐き出し続けたことから、その岩は『殺生石せっしょうせき』と呼ばれるようになった」


 それが愛しの尾又玉藻と何の関係があるのか。たまたま名前が同じというだけではないのか。


「話はもう少しだけ続く。南北朝時代、玄翁げんのうという和尚がこの『殺生石』を破壊したのだ。破壊された『殺生石』は各地へ飛び散った」

「めでたしめでたし……とは、ならなそうな雰囲気」


 『狼』はニヤリと笑った……ような気がした。仮面によって見えないのだが。


「飛び散った『殺生石』の数は九つ。ちょうど妖狐の尾の数と同じ。そして――」

「……この世界に招かれた『狐憑き』の数と、同じか」


 尾原多津美おはらたつみ西尾友莉にしおゆうり妹尾治郎せのおじろう飯尾可夢偉いいおかむい藤尾修吾ふじおしゅうご松尾鎗太郎まつおそうたろう尾瀬茉莉おぜまつり尾崎洛おざきらく、そして俺・尾形虎之介おがたとらのすけ


「そう。私たち『狐憑き』は身体のどこかに……いや、魂のどこかに、『殺生石』のかけらを埋め込まれている」

「うっそ、こわ……」


 俺は自分の身体をチェックしようかと思ったが、両手が縛られているのでかなわない。


「見ても触れてもわかりはしない。魂のレベルの話なのだ。だからこの世界に来る必要があった。『殺生石』を摘出するには、仮面を剥ぎ取って真名を唱える……その儀式が必要なのだ」

「待てよ。そんな都合よく殺生石を宿した中学二年生9人が一堂に会するか?」

「だから、あの妖狐――玉藻の前ですらこの機会を作るのに600年と少しかかったわけだ」

「なんだか玉藻の前とかいう人がまだ生きているかのような……」

「まさにそのとおり。九尾の妖狐その魂は輪廻転生を繰り返して機会をうかがっていた。そしていよいよ顕現したのだ」


 尾又玉藻の姿を取って――ということか。平安時代のお姫様が、伝説の妖狐が、女子中学生になっちまったか。


「玉藻はこの世界に九人の狐憑きを招き、互いに殺し合わせることで殺生石を回収しようとしている。そういうバトルロイヤルゲームなのだ」

「懐刀っていう『彼岸花』は、ゲームをより円滑に進めるための駒ということか」

「そういうことだな。みんながみんな、思い通りに殺しあうとは限らない。私のようにな……」


 不意に、『狼』の姿が消える。


「私のスキル・隠れ蓑『狐狼盗難ころうとうなん』だ」


 次の瞬間には、洛の背後に現れる。ご丁寧にその忍び刀を鞘に収めてやっているところだった。


「な……」


 どういうつもりだ? わざわざ奪った武器を返すだなんて……。


「私は与えられたスキルを使わせてもらって、こうして隠れている。ハイドアンドシークは得意なのでね」


 ハイドアンドシーク。かくれんぼか。


 俺たちが乗らされた船には、誰もいなかった。ここに連れてきた見えない男も、『狼』自身だった。身を隠すスキルをフル活用して、部下の忍びたちにすら姿を見せない。誰も信用しない。それが『狼』の作戦なのだ。


「参戦することなく、世界の仕組みにたどり着いてしまった。だから奴からすると俺はずいぶん目障りなのだろう。だから『獺』を倒して私をあぶりだそうとした」

「あなたにとって『獺』は大切な部下だった……?」

「まぁそうだな。そうとも言える」


 なんだかもったいぶった言い方だ。


「彼女は遠目の能力を持っていた。詳細は私にも明かされていないが、美作から京の都の様子を監視することができたようだ。彼女の協力で、ずいぶんと真実に近づいた」

「どうして『獺』はあなたに協力したんだろう?」


 これは洛の質問だ。


「人質を取っていたからな」

「人質……?」

「自覚がないのか? お前だよ『狢』」

「…………」

「『獺』が協力する限り、化獣集は『狢』の命を脅かさない。そういう契約だった。今となっては無効となった契約だがな」


 鎖を通して、洛の震えが伝わってくる。それは怒りだろうか。『狼』に対する、あるいは自分に対する……?


「この世界で真名を暴かれず野垂れ死にすれば、現実世界の肉体も朽ちてしまう。殺生石はこちらの世界に残るから、いわば無駄死にだ。それを防ぎたかったのだろう。君たちがどういう関係なのかは知らんが、利用させてもらった」

「情けない話だ。守ろうとしていた彼女に、実は守られていたなんて」


 『狼』は再び姿を消し、次はまた我々から距離を取り、洞窟の奥に姿を現す。


 俺は素早く洛の背後に回り込み、その忍び刀を引き抜く。洛もそうしやすいように体をよじる。上手くいった。刀で洛の両手を結んでいた縄を切り裂く。洛が刀を受け取り、俺の両手も解放してくれる。


「『狼』さん、あんたの目的はなんだ?」


 暗闇からきらりと光るものが飛んでくる。それは俺の足元の地面に突き刺さった。


「このまま戦いには参加せず、妖狐の復活を防ぐこと……だったのだが、気が変わった」

「何……?」

「なに、見つからないかくれんぼにも飽きてしまってね。この戦いに一石投じてみようという風に、気が変わったのさ」


 俺の足元に飛来したのは、『虎威丸こいまる』と刻まれた刀の刀身である。

 腰にさしたままの鞘『狐假こか』と合わせて、宝刀『狐假虎威丸こかこいまる』。


「かかってきたまえ。いざ尋常に――」

「「勝負!」」

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