第4話

 目を覚ますと、俺は三途の川を渡っていた。

 船に乗っていることが、感覚でわかる。どんぶらこどんぶらこ。揺られている。


「いや、三途の川じゃない。おそらくはまた、瀬戸内海だ」


 隣から洛の声。


「なぬ?」


 起き上がろうとするが、失敗。

 冷静に自分の様子を確認。うむ、両手両足が縛られているな。確認完了。


「地獄への連行の仕方としては、無難だな。天国には行けなさそうだ」

「落ち着け。俺たちはまだ死んでいない。そして幸か不幸か、まだ『狐憑き』の世界にいる」


 見ればむじな仮面の狐憑きも、俺と同じく両手両足を縛られて、船底に転がされていた。

 船の中の一室だ。どこかにろうそくの灯りがか細くともっている。同室には他に誰もいないように思われる。


「説明を求む」

「よかろう」


 そういえば、牛鬼はどうなった? あの毒を吐く妖は?


「牛鬼の毒にやられて、お前は気を失った。俺はもう少し持ちこたえたんだが、お前を抱えて追っ手を撒くほどの体力は残っていなかった」

「追っ手?」

化獣集ばけものしゅうの追っ手だ。牛鬼を利用して、弱った俺たちをつかまえに来たんだ」


 なるほどたしかに、『狢』は最後の狐憑きを抹殺せよという命令を無視して、あろうことかそいつとタッグを組んで行動していたわけだから、いわゆる抜け忍である。


「抜け忍の末路は? 死刑か?」

「そのはずだが、どっこい生きている」


 どうも牛鬼の毒は致死性のものではなかったらしく、いまや体のしびれもなくなっている。縛られているので動けないのは動けないのだが、体の異常は感じられない。しかし先ほどまで気を失っていたくらいだから、死刑を執行しようと思えば簡単だったはずだ。ところが現状二人とも生きている。


「抜け忍を始末するために追ってきたら、美作にたどり着いた……」

「そこで、『獺』率いるくノ一集団が全滅していた……と」

「追っ手視点で見ると、そういうことになる」

「そっちの犯人は俺たちじゃないんだが」

「そんな言い訳は通用しない……が、いささか事態が混迷を極めてきたので、俺たちは化獣集のボスのもとへ連行されるというわけだ」

「ボス……」


 忍び集団・化獣集の頭『狼』。俺の刀を奪った張本人。


「ん? ということは、結果的には居場所も知れなかった『狼』のもとにたどり着くわけか。期せずして」

「文字通り、手も足も出ない状態だけどな」

「上手いこと言うね」


 船が止まる。どこかに着いたのだろうか。


「おい」

「ん?」


 見ると、俺も洛も両足が自由になっている。俺たちを縛っていた縄が、断ち切られている。


 ――バタン。


 突然船室の扉が開き、外の光が入ってくる。


「誰か、いるのか?」


 俺の声に、返事はない。


「出てみよう。ここにいても仕方がない」


 外の光に目が慣れると、目の前に瀬戸内海が広がっていることがわかる。瀬戸内海を越えて、どこかの島、あるいは四国に上陸したといったところか。


「誰も……いないな」


 船の甲板には、誰もいない。俺たちを捕らえたはずの忍者たちも、いない。


 俺たちは足が自由になったものの、両手は硬く縛られたままである。そして俺たちの両手はさらに、互いに鎖でつながれていた。まさしく囚人だ。


 ――ガチャン


 突然、何もない空間から男の手が現れる。鎖が引っ張られる。


「いて!」

「う……」


 おかげで俺と洛は互いに衝突してしまう。

 何もなかったはずの空間から、声がする。


「船を降りろ。『狼』様がお待ちだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る