伊予・大神窟の真実

第1話

 私は時たま、人間の殿様とかいうのに化けて、人々をひれ伏せさせる遊びをしていた。自らの妖術を高める訓練にもなるし、なにより気持ちがいい。我が物顔でこの世に数を増やしていく人間どもが、私を崇め恐れひれ伏すのである。


 人間たちの習性は実に興味深い。殿様という人間が通るときは道を開けてひれ伏さなければならない決まりがあるようだった。そうしなければ首をはねられるらしい。その恐怖が染みついているものだから、中身がすり替わっていようと気が付かない。


私は籠の中でコンコンと笑いをこらえるのに必死であった。


治郎兵衛じろべぇ、治郎兵衛」


 しかし籠の外から、私を呼ぶ声があった。和尚と呼ばれる人間だ。ふだんは寺というところに生息している人間の一種であり、私も言葉を交わしたことがある。人間にしては頭のキレる奴だ。


「…………」


 私は無言でその場をやり過ごした。



「和尚よ」


 その夜、私はその寺を訪れた。


「おう、治郎兵衛狐じゃないか」

「どうして昼間は私だとわかった? 籠の中とはいえ、変身は完璧だったはずだが」

「籠ン中に、尻尾が見えたような気がしてなぁ」


 こいつは見かけによらず、ただの老いぼれではない。


「和尚よ、どうしたら尻尾が出なくなる?」


 私は失敗から学ぶ謙虚な狐であるから、人間とはいえ年上を敬う。


「おらが持っとる隠れ蓑をかぶればいいかもなぁ」


 和尚は納戸の中から古ぼけた衣を持ち出した。何の変哲もない布切れに見えるが、この和尚が言うのだから何か特別な術式によって編まれたものに違いない。


「そいつを私にくれないか」

「ふーむ……タダっちゅうわけにはいかんのう」


 人間の世界には等価交換という法則がある。それは知っている。


 食べる食べられるの関係――食物連鎖から開放された生物たちの特殊ルールだ。


「お前の化け玉と交換じゃ」

「やはりそう来るか」


 私は懐から狐の変化へんげを司る道具、化け玉と呼ばれる水晶玉を取り出し、和尚に手渡す。



 翌朝、揚々と隠れ蓑を羽織って通りを歩いた私は、和尚に騙されたことに気が付く。俺の変化の能力は奪われていた。


「見えねぇはずだ。見えねぇはずだ」


 そう言う私に向かって、人々は石を投げつけ、ガキどもは木の棒を振り回して追いかけてくる。


 これだから人間は信用できない。

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