第5話
翌朝、旭川沿いをひたすら北上する。川はやがて大きく蛇行する。
「あの橋を渡ろう。見たところ、ほとんど警備もないようだ」
洛の言に従い、橋を渡る。道脇の石柱には『出雲街道』と刻まれている。出雲大社につながっているわけだ。脳内で日本地図を開く。慈悲神社で洛に見せてもらった古い地図はあまり記憶に残っていないので、とっさに出てきたのは中学の地図帳。
岡山の北は鳥取。その西が島根。出雲大社は島根県にあったはずだ。岡山の東はもう兵庫県。近畿地方に入る。ということは、昔の偉い人はこの道を通って出雲大社に参拝していたわけだ。
「川の向こうに見えているのは勝山。そのふもとに
「寺周辺の家屋は、ごくごく普通の民家なんだな」
「そのはずだが、どこに忍が潜んでいるかわからないから、油断するなよ」
「ふむ……」
明け方の村は人気がなく、シンとしている。まるで、人払いが済んだ後のような……
「いや、静かすぎるな」
「何かおかしい……?」
「裏手から忍び込もうかと思ったが、正面から行こう。時間が惜しい」
街道を走り、左手に見えてきた石段へ。
「なっ……」
「これは……」
互いに言葉を失う。
石段には数名の女性が倒れている。皆一様に灰色の装束。その恰好からして、くノ一の下っ端だろうか。あたりには焦げたようなにおいが漂っている。
「おい、どうしたんだよ?」
俺はとっさに、いちばん近くで横たわっている女性に声をかける。
「女……武者が……」
「女武者?」
「『獺』様と……」
そこで言葉は途切れる。息はまだある。気を失ったようだ。
「先客ってことか」
「とにかく寺の境内へ」
洛が石段を駆けあがり、閉ざされた門に手をかける。
「開かない。手を貸してくれ」
「おうよ」
中学生男子二人で体当たり。しかし門はビクともしない。閂がかかっているというより、まるで凍っているかのような……
「つめてぇ!」
「凍ってるぞ、これ」
かのような……ではなく、門は実際に凍っていた。一応断っておくと、石段のまわりには桜の花が咲き誇っていて、自然の力で門が凍るような季節ではない。
「塀を越える!」
洛は忍び刀を塀に立てかけ、柄に足をかけて飛び上がる。これは本来の忍者がやるやつだ。テレビで見たことがある。
「俺も行くぞ!」
「『
洛は俺を引き上げ、紐を手繰って忍び刀を回収しているところだったから、これは洛の声ではない。つぶやくような、少女の声だ。
「間違いない。やはり『獺』は尾瀬茉莉だ」
尾崎洛の見つめる先には、白く凍った化粧寺の境内にたたずむくノ一。灰色の忍者装束に狐の面。手には忍道具、
「この寒気は、あの武器の能力か」
見れば、尾のようにのたうつ鉤縄が触れた先から、空気が凍っていく。
「そういうやつね。でも、わたしとは相性がサイアクみたい」
対峙するは帯刀した女武者。甲冑に狐の面。狐の面には血のように赤々とした
「炎刀――『
勝負は一瞬でついた。俺たちがよじ登った塀から飛び、着地するまでの一瞬だ。
女武者はその甲冑姿からは想像できない俊足で『獺』との距離を詰める。紅が一閃。その炎刀が鞘に収まるのと、くノ一の狐憑きが地に倒れるのが同時。
「――――ッ」
隣で、洛が声を殺すのがわかる。本当は尾瀬の名を叫びたいのだ。しかしそれは、あの女武者に彼女の真名を知らせることになる。
「尾瀬茉莉か……」
洛の努力は無駄に終わった。女武者は『獺』の狐面をはぎ取り、その真名をつぶやいた。もとから知っていたのだ。
2年C組か? 俺は妙に落ち着いた心でそんなことを思った。
仮面を取られた尾瀬茉莉は、薄目を開いてこちらを――尾崎洛を見つめた。それからゆっくり目を閉じ、光に包まれて、消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます