第4話

「桃太郎の出身地は岡山県だったか」

「そういえばそうだ」


 父親が出張のお土産で吉備団子を買ってきてくれたような気がする。そんな思い出に浸りつつ、俺たちは焚火をしていた。迫りくる牛鬼から逃げ延び、いつの間にか日が暮れていた。


「それなら鬼が出ても仕方ないな」

「それを言うなら、日本全国どこにでも鬼にまつわる伝承はありそうだが」


 この世界には怪異・妖怪の類が普通に存在する。俺が相撲をとった河童もしかり。先ほどの牛鬼もしかり。化獣集はその情報を集めて、時に自分たちの為に利用しているのだという。俺が河童をけしかけられたのもそういう経緯だ。


「牛鬼というのもおそらくは何かこの地と縁があるのだろう」

「そんなおおざっぱな」


 洛の知識もあてにならない。俺ほどではないが、やはりまだまだこの世界の初心者なのだ。


「尾瀬……だと思われる『獺』ないし、化獣集のボス『狼』なら、もっと知識は豊富だろうが、俺はまだまだだ」


 俺の考えを読み取ったのか、なぜか洛は反省フェイスである。


「その『獺』が尾瀬茉莉だったとして、俺たちに助力してくれるだろうか」

「さぁな……」

「お前の彼女なんじゃないのか。なぜ自信なさげなんだ」

「彼女がなぜこの世界にとどまっているのか、なぜ化獣集で今のポジションにいるのか、それは聞いてみないとわからない。俺には考えも及ばないよ」


 薪の爆ぜる音。近くで川の流れる音。それ以外には何も聞こえない。風もなく、静かだ。日が暮れてから動くのは危険だと洛が言うので、今日はここで野宿ということになっていた。


「どうする? 恋バナでもするか?」

「お前は……」


 俺の冗談に、洛は苦笑する。


「どうしてそんなに余裕があるんだ」

「そういうふりをしているだけさ」


 先ほどの牛鬼の禍々しさを思い出すと、身の毛がよだつ。今も周囲の暗闇に何かが潜んでいるかもしれないと思うと、眠れる気がしない。しかし心のどこかで、これは現実ではないのではないかという思いもあった。夢の中で、これは夢だと悟っているような感覚。


「俺がいなかったら、お前は死んでいたぞ。タイガー」

「たしかに……。俺にはこれしかないし」


 腰のベルトに挟んである刀。『狐假こか』と刻まれた立派な鞘。しかしその刀身の行方は知れず。つまりはほとんど丸腰である。この鞘で対象の脳天をぶったたけば、多少の効果はあるかもしれないが、それなら太めの木の枝とかでいいじゃないかという話になる。


「武器には武器の方で、何かしらの不思議能力があるんだな」

「みんながみんなそうなのかはわからないが、俺の『狐狸変化』はそうだ」


 管狐を話の途中で切り捨てた時、その忍び刀はたしかに刀として機能していた。しかし此度は弓矢となった。


「使い方は、なんというか……本能でわかるもんなのか」


 俺の記憶が正しければ、尾崎洛は剣道部でもなければ弓道部でもなかった。サッカー部だ。刀なら見様見真似で振り回すこともできようが、弓矢はどうだ。飛ばすことはできるだろうけれど、いきなり二本の矢をしっかり的に当てるというのは素人に可能か?


「そうだな。見たことがあれば、コピーできる。さっきの牛鬼は毒を吐いていたから、飛び道具が良いと思った。そうしたら弓矢になった。放ち方は映画で見たのを真似ただけ」

「すげー便利じゃん」

「とはいえ、コピーはコピー。模造品に過ぎない。本物には劣るよ」


 昼間にも聞いたセリフだ。焚火の明かりに照らされた洛の横顔は、どこか寂しげだった。

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