第2話

 当然俺たちの侵入は彼女に――『彼岸花ヒガンバナ』に気づかれていた。

 仮面越しににらみ合ったまま動かず。否、動けずか。


 彼女の刀からほとばしる熱気で、あたりの氷は溶け出していた。


 二対一ならいける……か?


「…………」


 彼岸花の仮面の奥から、女武者の視線が俺の腰に差した刀に注がれるのがわかる。そう、抜きさえしなければ、これは立派な日本刀に見えるのだ。抜いてしまったとたん、刀身がないことが白日の下にさらされてしまうのだが。


 まさに虎の威を借る狐。これでどこまで牽制できる?


「お前たちは何者? と聞いても無駄か。『狐憑き』だもんね」


 女はこちらに向き直り、そう言った。

 何者かと問われて本名を応える『狐憑き』はいない。ルール上、そういうことになっている。


「質問を変えよう。ここへ何をしに来た?」


 俺と洛は、お互い刀に手をかけたまま、一瞬目くばせする。洛は目の前でガールフレンドを斬られたばかりだ。気が動転しているかもしれない。この場をできるだけ安全に切り抜けるには、俺が出るのが得策だろう。


「俺たちはここに、『かわうそ』というくノ一……『狐憑き』がいると聞いて来た」

「ほう、たしかに先ほどまでここにいたが?」

「俺たちの目的は彼女を元の世界に返すことだった」

「ならば、その目的は達成されたわけだ。おめでとう」

「あ、ありがとう」


 言われてみればそうだ。これで洛の目的は、多少強引ではあるけれども達成されたことになる。『獺』の……尾瀬茉莉おぜまつり自身の意思が尊重された形ではないにせよ。


「同じ質問をさせてくれ。君の目的はなんだ?」


 俺は『彼岸花』に問いを投げ返す。彼女は敵なのか味方なのか、それを判断する材料が欲しい。


「……わたし自身に目的はない。わたしは玉藻御前たまもごぜん懐刀ふところがたな。彼女の意思に従うのみ」

「玉藻御前……尾又玉藻おまたたまものことか?」

「軽々しく……その名を口にするな!」


 いや、あんたが先に言ったんだろ! と突っ込めるほど場は温まっていなかった。

フルネームを言ってしまったのはこちらのミスでーす。


 冗談はさておき、俺には確かめておかねばならぬことがある。


「その玉藻御前の意思というのはもしかして、すべての『狐憑き』を元の世界に送還せよっていう……?」

「なぜお前がそれを知っている?」


 同じ質問を返したかった。それはこっちのセリフ、というやつである。


 管狐から伝えられた、尾又玉藻からの伝言。それは俺だけに宛てられたメッセージではなかったか? 管狐はたしかにそう言っていたはずだ。


 しかし、同じメッセージないし指示を受け取って動いている別の『狐憑き』が目の前にいる。相手が女性っぽいからなんとか平静を保っているものの、これが同性だったらジェラシーで気が狂っているところだ。


「俺も……」

「こいつは!」


 俺を遮って、洛がここではじめて口を開く。


「こいつは、その玉藻御前を探しているんだ。『獺』を探していたのは俺の方だ。こいつと俺は、いろいろあって今は共闘している」


 俺も尾又玉藻からの伝言を頼りに行動していると言えば、相手に俺の真名へたどり着くヒントを与えすぎることになる。そこまで考えての発言だろうか。なかなかどうして冷静じゃないか。最後の『共闘』というワードも、今この瞬間が二対一の状況であることを強調している。


 洛は現状この女武者を、敵だと認識して……



 ―――ガチガチガチ、ギチギチギチ



 その時だった。場にそぐわない奇妙な音が聞こえてきたのは。

 奇妙な音だが、俺たちはその音を知っている。昨日聞いたばかりだ。


 氷の解けた門を蹴破って現れたのは、牛の頭に蜘蛛の足。牛鬼だった。


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