第2話

 尾崎洛おざきらく尾瀬茉莉おぜまつりは、一年生の時に同じクラスだった。


 一目ぼれ、というわけではないらしいが、一学期を終えるころにはもう気になっていた。洛の方からその思いを告白したらしい。


 長い髪は三つ編みにしていて、丸メガネをかけたりかけなかったりする。言葉を選ばずに言えば、尾瀬茉莉という少女は地味な子だった。


 クラスの中心からは距離をとり、教室の窓際にいる。くじ引きの席替えをしても、なぜかいつも窓際の席を引き当てて、だいたいいつも窓の外をぼーっと見ている。何を考えているのか、何も考えていないのか、しかしその表情は、言われてみれば儚げとも言えそうである。


 一方の尾崎洛はその真逆と言ってもいい。そのコミュニケーション能力によってクラスの中心にぐいぐい入り込む。サッカー部に所属しており、先輩にも後輩にも顔が利く。俺が生徒会副会長になるにあたっての人脈づくりにも大いに貢献してくれていると言っていいだろう。


 まぁ所詮は他人のこと、他人事なので、実際どういう心の揺れ動きがあったのだかは知らないけれど、二人は割と最近恋仲となったようだった。


 ひとは自分にないものを求めるのかもしれない。


「彼女は化獣集ばけものしゅうの『くノ一』まとめ役として、美作の国にある化粧寺というところを拠点にして活動していると聞く」

「忍者活動、略して忍活にんかつか」

「略すな」

「呼び方はともかくとして、活動というのは具体的に何をするんだろう? やはり忍者だから、暗殺とか諜報活動か?」

「どちらかというと、彼女の仕事は後者の方らしい」

「前者は君みたいな下忍がやる汚れ仕事ってことだな」


 洛はあからさまに苦い顔をした。命をねらわれたからといって、ちょっと嫌味が過ぎたか。でも事実、俺は親友の洛から命をねらわれていたのだから仕方がない。


「彼女の諜報活動には、山奥の静かな場所、地上よりは小高い場所がよいらしい。彼女も狐憑きだから、その妖術アビリティが関係しているのだろう」

「ふむふむ」

「俺もこちらに来てから、彼女と直接接触したことはまだない。すべてこの化獣集という組織に入ってから少しずつ集めた情報だ」


 俺たちは再び小舟に乗り込み、慈悲いつくしみ神社を後にした。


 瀬戸内海に浮かぶ島々を縫うようにして、舟を漕ぎ進めていく。備後、備中は素通りして、備前の国で上陸しようという魂胆である。そこから旭川という川をさかのぼっていけば、目的地に到着するとのことだった。


「川を手漕ぎでさかのぼるのは骨が折れる。ここからは陸路を行こう」


 旭川の河口にて、俺たちは小舟を陸に引き上げて木立に隠す……否、隠そうとしたところで身動きができなくなる。


「なぁ洛よ」


 むじな柄の狐面をつけた友に語りかける。


「こいつはあれだよな。河童の時と同じく、お前の仲間……なんだよな」

「あの河童たちも、俺の仲間ではない。妖の類を操る能力は持ち合わせていないんだ。俺はやつらの性質を利用していたにすぎない」


 希望は潰えたので、俺は洛とともに現実と向き合うことにする。


 木立からガサゴソと砂浜に出てきたのは、鬼だった。

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