第5話

「虎柄の狐面という時点で、タイガーしかないなと思ったんだ」

「たしかに俺もずいぶん不利な仮面を支給されちまったもんだ」


 俺たちは再び舟の上にいた。船頭と旅人ではなく、親友同士として。

 舟は周防すおうの国、今でいう山口県のあたりを迂回しながら瀬戸内海へ向かっている。


「なぁ、とりあえず俺の刀を返してほしいんだが」

「あぁ、それはな……」

「俺のことがまだ信用できないって言うのか。何がお前をそんなに変えてしまったんだ!」

「いや違うんだ。落ち着け」


 俺は敵意がないことを示すために竹槍と弓を置いてきてしまっていた。すなわち丸腰である。不意打ちにはまんまと失敗して、しかし不意打ちしようとしていた相手が悪友の尾崎洛だとわかったので、仲間になる作戦に変更したのである。

 しれっと河童が出現する世界である。いざとなったら武器を持っている洛を盾にするつもりではあるが、だんだん丸腰であることに心細さを感じ始めている。


「お前の武器をすり替えたのは、俺じゃないんだ」

「なん……だと……」


 竹槍を置いてきたことを後悔。いざとなったら宮本武蔵のごとくこの舟の櫂でも振り回すしかないか。


「お前の刀を刀身なしの柄にすり替えたのは、化獣集の親玉『狼』だ」

「狼かぁ……名前からして強そうだな」

「俺も直接会ったことはない。ただ、別の下忍伝手に最後の狐憑きを始末するよう命じられただけ。武器が強いのか妖術が強いのか、その正体は謎に包まれている。化獣集という忍軍を組織しておきながら、何者もその姿を見たことがない」

「姿を見せないその狐憑きが、俺の刀を持っていると……」

「その可能性が高いね」


 さーて、どこから手を付けたものか。この世界に来た狐憑きたちをすべて元の世界に返すという使命を果たすためには、とりあえず狐憑きの居場所を突き止めていかないといけない。そうするにあたって、たとえばその『狼』というやつは俺を抹殺しようとしているわけだから、やはり自衛のためにも武器と妖術はそろえておきたいものだ。


「俺はお前のせいで、妖術の使い方も知らないんだが?」

「それはすまなかった。管狐の代わりに俺が教えよう」


 海の上に浮かぶ鳥居が見えてきた。その向こうには島。海上の社殿。


「ここは慈悲いつくしみ神社。俺が召喚された場所だ。少しばかり作戦会議といこうじゃないか」

「こんな目立つところにいていいのか? 俺といっしょにいるということは、洛にとっては任務失敗。何なら化獣集に対する裏切り行為なんじゃ……?」

「だからここに来たんだ。人払いは済んでいる」


 神社の境内には、たしかに人気がなかった。

 波間の回廊を渡り、本殿と思しき建物へ入る。背中の忍び刀を手に持ち、天井の角をコツコツ叩く。すると天板の一部が外れて隠し階段が現れる。


「おぉ、忍者屋敷みたいだ」

「ようこそ忍者屋敷へ」


 天井裏は埃っぽくて狭い空間だった。座して向かい合う。


「妖術の話だったね。まずは見てもらおう」


 洛は右手を上げ、親指と中指および薬指をくっつけて、人差し指と小指をピンと立てる。


「コン」


 次の瞬間、俺の前には俺がいた。もう一人の尾形虎之介だ。


「俺の妖術は、すでに知っているだろうが変身能力だ。発動するときには合図として手で狐を作るのが一般的らしいが、どちらかというと外的なものより内的なものの方が大事らしい」

「というと?」

「集中力が大事ってことさ。俺の場合は変身する対象に集中していないと、変身が解けてしまう」


 俺は見様見真似で手の狐をこしらえて「コン」と唱えてみるが、何も起こらない。集中しようにも、俺には俺の能力がわからないのだ。


「妖術の内容については、管狐から教わるものではないんだ。初めから知っているというか……」

「何? それは初耳だぞ」

「俺の場合は、夢を見たんだ。自分が狢になった夢を」

「それが能力のヒントになっているわけか」


 旅人と虎と狐。あれだ。しかし管狐はその夢の説明をしなかった。否、する前に目の前の狢に葬られてしまったのだったか。俺の批判するような視線に気づいてか気づかずか、洛は話を続ける。


「それは追々考えるとして、同盟を結ぶのであればもう一点教えておこう」


 屋根裏部屋の奥の暗闇から、洛は一枚の紙を取り出す。旧国名が記された日本地図だ。


「俺もまだこの世界を歩きつくしたわけではないんだが、縮尺を除いて、この世界の日本はおおよそこの地図通りの配置になっているようだ」

「俺は豊後の国で召喚された。そこから関門海峡を渡ってこのあたりで河童とバトル。それから舟に乗って……」

「この慈悲神社はここだ」


 洛の姿にもどった洛が指さしたのは安芸あきの国。その目の前にある一つの島だった。


「俺が把握している範囲では、化獣集の中に『狼』以外でもう一人、狐憑きがいるらしいんだ」

「ほほう」

「中忍の『かわうそ』。俺は下忍だから、彼女の方が位は上だ。何か『狼』について知っているかもしれない」

「彼女ってことは、くノ一なのか」

「……鋭いな」


 洛の指は安芸の国から東へ進む。止まったのは、美作みまさかの国。現在で言うと、岡山県の山奥といったところだろうか。


「『獺』はここにいる。『狼』を探すには、同じ狐憑きである彼女から攻略するのがよいだろう」

「洛よ……」

「……何?」

「お前、その『獺』の正体を知っているな?」

「……正確には、見当はついてるってところかな」

「同盟を結ぶなら、隠し事は無しにしよう。お前の目的を教えてくれ」


 無条件で友達の為に協力するというやつを、俺は信用しない。命がかかっているならなおさらだ。自分自身の目的があってくれた方が、俺にとっては安心材料だ。


「仕方ないな」

「ああ。中学生みたいに恥ずかしがってる場合じゃないぜ。いや中学生ではあるんだが、ここはもはや中学校じゃない」

「そうだな。お前には言っておこう」


 おおよそ推測はできているが、俺は紳士的に耳を傾ける。尾崎洛の目的は、おそらく俺の目的と部分的には一致するはずだ。


「化獣集の狐憑き、くノ一『獺』の正体は、おそらく尾瀬茉莉おぜまつりだ。俺は彼女と付き合っていて、彼女をこの世界から連れ帰りたいと思っている」


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