第4話

「お前、何やってんの?」


 目の周りが黒い、狐のお面。

 それが朝日に照らされながら、俺を覗き込んでいる。


「何って、相撲じゃないか。君がけしかけたんだろう」


 俺は夜通し、二人の……あるいは二匹の河童と相撲をとりつづけた。河童とはいえ、子どもである。一応力では負けなかった。交互に勝負を挑んでくる河童を組み合っては投げ飛ばし、組み合っては投げ飛ばし、最後の方は持ち上がらなくなって引っかけたり引っ張ったり。


 一応河童相手なので、尻子玉を抜かれないようにケツの穴はキュッと締めていたのだが、やっているうちに、彼らはどうも本当に純粋に相撲をして遊びたかっただけであることが徐々にわかってきた。


 子どもらしく無限の体力があるのかと思ってゾッとしたが、妖怪は妖怪らしく、夜明けとともに去った。夜明け前にこちらの体力が尽きていたら、川に引きずり込まれて尻子玉を抜かれていたかもしれない。


「いい修行になったぜ。ただ、もう体が動かん」

「ということは、俺がお前の仮面を剥ぎ取って、その名を言ってしまうことができるわけだ」


 あの渡し守はというと、俺に河童ジュニアたちをけしかけた後、ポンと音を立てて煙のように消えた。


それと入れ替わりに現れたのが、化獣集が一人、下忍の『むじな』であった。もちろん本名ではなく、この異世界で生きるための、仮の名ということだ。


「しかし俺は、もしかしたら最後の力を振り絞って逆に君の仮面を剥がすかもしれない」


 本当は腕を上げる気力もないのだが、俺はハッタリをかます。


「ならば、確実に息の根を止めてからにした方がいいかな」


 『狢』は背中の忍び刀に手を伸ばす。


「しかし君は、それができない。殺そうと思えば殺せる機会がいくつもあったのに、それをしなかった」


 まったく気配に気が付いていなかった俺の前で、俺ではなく管狐を一刀両断した。先ほどだって、櫂で後頭部をぶったたけるポジションにいたのに、わざわざ河童たちをけしかけたのだ。


 『狢』は忍び刀を引き抜くが、やはり殺気は感じられない。図星らしい。たたみかけよう。


「しかも俺は、君の正体をすでに看破している」

「ほほう」

「まだこの異世界に染まり切っていない、比較的後の方で招かれた者。おそらくは昼休みか……」


 俺が校舎の屋上から突き落とされたのは放課後の出来事だった。その前に神隠しにあったのは……。


「おそらく化獣集とやらが関係しているのだろうが、何者かに命じられて俺の足止めないし口封じをしなければならないんだ。そうだろう? 尾崎洛おざきらく

「わかっているなら、大人しく送還されてくれよタイガー。尾形虎之介おがたとらのすけ


 俺たちは互いの真名を呼んだが、その仮面を剥がすことはしなかった。

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