第3話
およそ主人公らしくない決意とともに旅立った俺は、まもなくこの世界が時間的・空間的に歪んでいるらしいことを知る。
俺の記憶の中の日本地図だと、九州から本州へ行くには関門海峡を渡る必要がある。行ったことはないが、泳いで渡ることはできない距離感であることはさすがにわかる。
しかし、この世界において本州と九州を隔てているのは、海峡というより広めの川といったところか。そんな景色だった。
そもそも豊後の国というくらいだから、豊前の国があるはずだ。後ろには前が、南があれば北がある。だいたい大分県を徒歩で縦断するには、寝ずに歩いたって24時間くらいかかるだろうに、俺はこうして半日くらいで関門海峡らしき場所に徒歩で到着したわけである。
健脚、健脚ゥ! と喜んでいる場合ではないだろう。
どうもいいかげんな縮尺である。だれかの記憶をもとに大雑把に再現したような日本地図だ。
「すいません、向こう岸に渡りたいのですが」
「あいよ、おらの舟に乗りな」
中学校の制服に、竹槍と竹弓を携えた不審者(もちろん俺のことだ)の声かけに、陽気な返事を寄越したのは渡し守っぽいおっちゃんである。あんまりすんなり乗せてくれるものだから、かえって心配になる。
「本州の方ではな、化獣集っちゅうのが幅を利かせとるようじゃ」
「そうらしいっすねー」
もはやだれでも知ってるじゃないか。全然忍べていない忍びたちだ。この間抜け具合なら、俺でもなんとか出し抜けるかもしれない。
俺が前に座り、おっちゃんが後ろで櫂を操る。大きな川は申し訳程度に潮の香りがした。
「ほい、着いたよ。お疲れさんでした」
「ありがとうございましたー」
「ちょいと待ちな。お代がまだだよ」
「あはは、やっぱそうっすよねー」
颯爽と舟を降りようとした俺を、おっちゃんが止める。
「あいにく持ち合わせがなくてですね」
「なんだって? お代が払えないのにおらの舟に乗ったんかい?」
「すいません、この世界初心者なもので……」
「仕方ないなぁ、では相撲をとろう」
「ははは、そうですよね。相撲を……ん? 相撲?」
予想外の単語に、耳を疑う。
「子どもたちは相撲が好きでねぇ。相手してくれたら、チャラにしてやるよ」
夕日がおっちゃんの背後に沈んでいく。それと同時に、川から二人の子供の影がのそのそと出てくる。小学校低学年くらいのサイズ感。肌は薄い緑色、背は曲がり甲羅のようになっている。子どもなのに頭のてっぺんが剥げている……。
「河童じゃん!」
そうか。この世界はそういうのもアリなのか。
現に目の前にいるのだから、受け入れるしか仕方ない。狐憑きが妖術を使うらしいから、妖怪の一つや二つ出ても不思議はないだろう。
「兄ちゃん、相撲しようよー」
「しようよ、しようよ、負けないよー」
不気味な子ども河童たちが迫りくる。
「おっしゃ。やるかー!」
俺は竹槍も竹弓をそこらへんへかなぐり捨て、真剣に相撲勝負に臨んだ。
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