第2話

「いててて……」


 そう言いながら体を起こす。

 言ってはみたが、本当はどこも痛くなかった。


 三階建ての学校の屋上から突き落とされたはずだが、身体に異常はない。意識を失う前に着ていた九折中学の制服。その下の身体はいつもの自分の身体だ。怪我をしているわけでもないし、転生してムキムキになっているわけでもない。


 十時間くらい爆睡して目覚めたかのようなスッキリとした気分だった。実際爆睡はしていたかもしれない。夢の内容も今回はハッキリ覚えている。


「案の定、異世界転移してしまったようだ」


 どうして「案の定」なんて感想が出たのか自分でも不思議だが、やはりそこは九折中学ではなかった。


 竹藪だ。

 風に揺れてミシミシギシギシと竹が揺れる。

 管理された竹林ではない。

 それこそ虎でも出てきそうな、昔話に出てきそうな、竹藪。


 念のため言っておくと、九折中学に竹林はない。

 近くにもない。一切ない。

 あの校舎の屋上から落っこちてこんな場所に着地することはありえない。


 したがって、ここは異世界だと断定するわけだが、より決定的な存在が目の前にあった。


「あたいは使い魔の『管狐くだぎつね』。あんたに玉藻様からの伝言を持ってきたよ」


 自らを管狐と名乗ったその存在は、まさしく管のようににょろっと長い狐。そいつがスラスラと日本語をしゃべっていた。


「わかってるわかってる。九人目ともなればわかってるのよ。伝言の前にいろいろ説明してあげるから」


 俺はまだ何も言っていないが、わかっているらしい。

 九人目。九人目か。


 尾原多津美、西尾友莉、妹尾治郎、飯尾可夢偉、藤尾修吾、松尾鎗太郎、尾瀬茉莉、尾崎洛、そして俺。尾形虎之介。


 この管狐は、こちらの世界にやってきた我々にとっての案内役といったところか。


「ここはいったいどこなんだろう?」

「ここは豊後ぶんごの国、地獄村じごくむらのはずれにある竹藪さ」

「豊後っていうと、大分県の旧国名か……」

「玉藻様ほどじゃあないが、まぁまぁ学のあるガキね」


 お褒めにあずかり光栄だが、それどころではない気もする。 

 地獄村ってなんだ? 俺はやっぱり死んだのか?


「心配せんでも、本当に地獄ってわけじゃない。火山がたくさんあって溶岩やら水蒸気やらが噴出するからそう呼ばれているだけよ」


 それなりに地獄なのではないかと思ったが、心配せんでもいいらしいのでそういうことにしておく。


「豊後っていうことは、異世界転移というよりはタイムスリップなのかな」

「否、その二択であれば異世界転移という理解で間違いないわ。時間の流れは君たちの世界より速いようだし、空間の連続性、距離感もおそらく君の知っている日本とは異なるだろう」

「時間の流れが速い?」

「そう。つまり、君より先にこの世界へ来た者たちは、ずいぶん先輩ということになる」

「先輩かぁ、そいつは頼もしい」


 管狐はケケケと笑った。


「頼もしい? 何を平和ボケしているんだい? 敵になるかもしれないのに」

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