豊後・地獄村の旅立ち

第1話

 夢の中で、俺は旅人だった。


 何を言っているかわからねえと思うが、道を歩いていると虎が檻に入って哀れっぽい声で俺を呼んでいる。虎だ。虎。タイガー。

 どうも俺が歩いているのは現代日本ではないらしかった。動物園でもない道端に虎が檻に入って捕まっているわけがない。


「旅人よ、どうかこのオレをここから出してくれ」

「お前をそこから出したら、俺が食われちまうだろう」


 虎は捕まって日が長いのか、弱っているように見える。

 弱っているとはいえ、虎である。

 その牙と、その爪と、そのしなやかな筋肉に目をやる。


 ところが夢の中の俺は、旅人である俺は、「決して食ったりしねぇからよぉ」という虎の言葉を信じて檻の錠をはずしてしまう。お人よしすぎるぞ、夢の中の俺!


「ありがとう、それではいただきます!」


 今にも飛びかかろうとする虎。言わんこっちゃない。

 しかし俺はこうなることがわかっていたかのように、次のセリフを吐く。


「それじゃあこうしよう。この道を歩いて行って、はじめに出会った三人が三人とも同じ意見だったならば、君の好きにするがいい」


 なぜか生殺与奪の権を他者に預ける俺。どう考えても約束を破る向こう側に非があるわけだが、なぜか自ら条件を出してあげる夢の中の俺。


 多少のツッコミどころは仕方がない。

 だってこれは昔話なのだから。

 夢の中で「これは夢だ」と気が付いた者の落ち着きでもって俺はそう判断する。


 最初に出会ったのは牛さんだった。


「おいらたちの乳をさんざんしぼって、しまいに肉まで食う人間なんて、虎に食われたって仕方ないよ」


 牛さんの辛辣しんらつなご意見。もう一票入ってしまった。


 次にであったのは大木さん。おおきさんではなく、たいぼくさんだ。


「ぼくらの木陰で休むくせに、切り刻んで薪にしてしまう人間なんて、虎に食われた方がいいよ、むしろ」


 たいぼくぅ!

 いや、これは想定内だ。

 童話、昔話の類において「三」という数字は鍵だ。

 三人いるなら三人目がキーになる。


「何を言っているのかさっぱりわからん、そもそもどうしてそういう話になったのか、ことのはじめを再現してくれないか」


 そんなことを言う三人目は狐さんだった。


 旅人と虎と狐は連れ立って、もと来た道を戻る。


「そうそう、はじめはこうしてオレが檻の中に入っていてだなぁ……」

「なるほどなるほど」


 虎が檻の中に入って見せたところで、狐は檻の錠を下ろしてしまう。


「めでたし、めでたし。さぁ旅の方、先を急ぐがよろしい」


 イケメンな狐はそう言った。

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