第5話

 九折中学の屋上は、生徒たちに開放されていない。

 柵なんて気の利いたものは無いので、飛び降りようと思えば飛び降り放題だからだ。

 屋上へ続く扉の鍵は、生徒会長がどこかからくすねてきたようだ。

 ちょい悪ガールも良いな。


「やぁ、副会長。いや、尾形虎之介。待っていたよ」


 スカートと長い髪が、風に揺れる。


「やぁ、生徒会長。こんなところに呼び出して、何用かな?」


 この期に及んで俺は、なぜここに呼び出されたのかさっぱりわかりません。べ、べつに何も期待なんかしてませんけど? という風を装う。


「わかってるくせに」


 髪をかき上げ、いたずらに笑う。

 そんな顔するなよ。イチコロじゃないか。

 呼び出されたのはこちらだというのに、うっかりこちらから告りそうになってしまう。


「今日、この学校で起こっていることは、どこまで知ってる?」


 告白の前の準備運動だろうか。

 世間話にしては題材が重たすぎる気もしないでもないが、まぁお付き合いしよう。


「俺の知るところによると、まず尾原と西尾が朝生徒会室に寄ったあと、行方知れずになっている」

「ふむふむ」

「そのあと順番は定かではないが、A組の飯尾と妹尾が消えた」

「厳密には妹尾くんが先だね」

「え、あ、そうなの?」


 玉藻は何か知っているらしい。


「どうぞ、つづけて」

「おう……C組では藤尾が体育の時間にいなくなって、続いて尾瀬さんが行方不明に」

「ホントは藤尾くんの後に、B組の松尾くんだけどね」

「え、でも松尾は……」


 松尾鎗太郎まつおそうたろうは、ひきこもりの不登校なのだ。だからカウントしていなかった。べつに忘れていたわけじゃない。ふだんから席だけがあって、彼自身はいないのである。


「そして?」


 続きを促す玉藻。

 いつの間にか彼女は俺のすぐそばに迫っていた。

 いいにおいがする。

 手を伸ばせば触れられる位置。


 思わず後ずさりする俺。

 いやいや、なんで下がるんだ俺。がんばれ俺。むしろ踏み出すところだろ。


「そして、昼休みに尾崎が消えた」


 そう、友達が消えているのだ。

 それなのに俺は、危機感がなさすぎるのではないか? 浮かれすぎでは?


「神隠しにあったその八人に、共通点は?」


 神隠し。人間がある日突然消え失せる現象のこと。言いえて妙じゃないか。


 尾原多津美、西尾友莉、妹尾治郎、飯尾可夢偉、藤尾修吾、松尾鎗太郎、尾瀬茉莉、そして尾崎洛。


 全員中学2年生。年齢は、誕生日によって多少違うかもしれないけれど、14歳。クラスはバラバラ。


 いや、わかってはいるのだ。この八人に共通するもの。わかりやすいものがある。齊藤くんや加藤くんにはなくて、この八人にあるもの。


「――『尾』だ」

「ご名答」


 目の前に、玉藻の瞳がある。

 風に舞う髪が俺の鼻先をくすぐる。


「この中学に、『尾』をもつ者はあと二人しかいない」


 目の前にいる尾又玉藻と、俺・尾形虎之介。二人きり。


「八尾というのは、どうにもキリが悪いと思わないかい」


 夢の中の玉藻が、指でつくったものを思い出す――狐。

 九尾の妖狐。

 玉藻御前。


「本当は副会長のキミを一番にするつもりだったんだけど、運がよかったね。あるいは悪かったのか……」


 これはもう、キスをする距離だ。

 トラックに轢かれて死ぬ夢。

 心臓の音が耳の裏でうるさい。

 俺は一番に消えるはずだった?

 俺はキミの一番?


「さよなら九人目の『狐憑きつねつき』。でまた会おう」


 そうして俺は、校舎の屋上から突き落とされた。

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