第3話

 管狐は竹藪の中をスルスルと蛇のように進んでいく。

 ついてこいということらしい。

 少し開けたところに出る。

 そこだけは竹が生えていなくて、仰々しく何かが置かれている。


 日本刀と――狐のお面だ。


「君たちはこの世界において『狐憑きつねつき』と呼ばれる存在よ」


 管狐はその刀とお面の前で立ち止まり、話を続ける。

 狐憑き。狐の霊がとり憑いたような、精神の錯乱した状態。


 豊後という名の通り、この世界の時代設定がそれなりに昔なのであれば、こぎれいな制服を着て「ヤバい」とか「ウケる」とか今風の言葉で話す人間は、たしかに頭おかしいと思われる可能性がある。ちょっと今のところ「ウケる」展開は期待できそうもないが……。


「とりあえずこの仮面を憑けて……ゴホン、つけてもらえるかな」


 なんだか不思議な言い間違いをされた気がする。口頭ではわかりづらいが。


「人間をやめるぞぉ! とか言った方がいいですか?」

「いや、普通につけておくれ。そのお面には顔を隠すという以上の意味はない」

「顔を隠す……」


 狐のお面を手に取る。

 俺の名前を知ってか知らずか、虎のような縞々模様が入っている。

 本当にただのお面っぽかったので、とりあえず顔の位置にあててみる。


「はじめに、この異世界から帰還する方法を教えよう。否、帰還させる方法と言うべきか」

「それはぜひ知りたいです。ていうか帰れるんですか?」

「あぁ、帰れるとも」

「向こうでの俺の肉体は校舎の屋上から落ちてグシャグシャとか、そういうオチかと思ってたから」

「何を言っているんだい、君の身体はちゃんとそこにあるじゃないか」

「え、あ、まぁそうですね」


 たしかにさっき確認したばかりだ。これは俺の身体に相違ない。


「こちらの世界へ移動するにあたって、ちょいと意識を失ってもらう必要があったんだ。意識が飛ばされさえすれば、トラックで轢こうが屋上から突き落とそうが、後ろから殴ろうが薬を盛ろうが、何でもよかったわけだけど」

「え、だったら最後のやつが良かったっす」


 いやいやこの際、向こうからこちらに来た方法はどうだっていい。

 問題はこちらから向こうに帰れるかどうか、だ。


「帰る方法というより、帰らせる方法があるの」

「帰らせる?」

「『狐憑き』は他の『狐憑き』の仮面をいでその名を暴くことで、相手を元の世界に強制送還することができる」

「それは……」


 ずいぶんお手軽な方法のように聞こえるが、そうではないのか?


「相手の真名まなを暴いて送還すれば、その『狐憑き』が持っていた能力も手に入れることができるの」

「それがつまり、『敵になるかもしれない』ってことだね」


 能力というのが何を意味するのか今のところわからないが、この世界に招かれた我々どうしが敵になる動機はわかった。

 しかしこの世界でのし上がろうというのなら敵同士になるかもしれないが、「どうぞご勝手にやっていてください」というスタンスであれば、もとの世界に帰るのはずいぶん簡単なことではないか?


「おうちに帰りたければ、仮面を取って名乗ればよいってことですよね。やぁやぁ我こそは……って」

「それはまぁそうなんだけど、彼らは、彼女らはどう思ってるかな」

「どう思ってるかって……」


 俺の常識では、得体のしれない世界からはとっととおさらばして現実世界に戻りたいと思うのだが。


「帰りたくない、理由があるんだね」

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