第3話

 違和感はその日中ずっと続いていた。


 九折中学は都内にしては生徒数が少なく、各学年3クラス編成だった。

 2年生は校舎2階。俺と洛の所属するB組の両サイドにはA組とC組。

 なんだかその両サイドの様子がおかしい。妙に落ち着かない。


「調査しに行くか」

「だな」


 俺は尾崎洛とともに、まずA組のようすを見に行く。

 玉藻の姿は……ない。


「次行くか」

「いや、まだ何もしてないだろ!」


 玉藻がいないんじゃあ、あまり興味もないが、この妙な空気の正体は知りたくもある。


「そこの君、なんだかクラスがざわついてるけど、何かあったの?」


 通りすがりの齊藤くんに声をかける。


「行方不明者が出たんだよ」

「行方不明?」

「学校の中で?」


 物騒な話……というか、妙な話だ。


「1時間目のあと、出席していたはずの飯尾さんがいなくなっていた」


 飯尾可夢偉いいおかむい。たしか北海道からの転校生だ。

 俺は副会長として、全生徒のフルネームを把握している。


「そういえば、妹尾もいなかったんだよ。あいつはもとから影が薄いんで目立たないんだが」

「そりゃひでぇな」

「かわいそうに」


 妹尾せのお治郎じろうは存在感が希薄なことでかえって有名な生徒だ。小学生時代のかくれんぼでは無敗と聞く。

 そうだ。A組といえば……


「尾原はどうした。生徒会書記の、尾原多津美」

「え? 尾原さんは欠席だけど」

「欠席……?」


 尾原のバッグはたしかに今朝生徒会室で見た。昨日から置きっぱなし……というのは考えにくい。昨日生徒会室のカギ閉めをしたのは俺だからだ。その時には二人のカバンなどなかった。


「ん、どしたタイガー?」

「いや、なんでもない。C組にも行ってみよう。ありがとう齊藤くん」

「お気をつけてー」


 お気楽に手を振る齊藤くんを残し、C組へ向かう。洛が後に続く。

 C組の扉を開き、手近なところにいた加藤くんに声をかける。


「西尾はいるか? 生徒会会計の、西尾友莉」

「西尾さんなら、今日は欠席みたいだけど」

「やはりか……」


 尾原と西尾は生徒会室にバッグを置いて、そのまま行方不明……ということになる。


「もしかしてC組でも行方不明事件が起こっているのか?」

「C組でも……って、君らのB組でも?」

「いや、B組はとくにないんだが、A組でそんな噂がね」

「西尾のほかに、誰がいないんだ?」

「藤尾が2時間目の体育の途中で、消えたんだよ」


 藤尾ふじお修吾しゅうご。ヤンキーというほどではないがちょっとした悪ガキで、クラスの中心になるのが上手いタイプの人間だ。我らが玉藻様とは違うタイプのカリスマ性があって、ある意味要注意人物である。


「あいつなら、外周走ってる間にバックレるくらいのことはしそうだが」

「そうだね」


 体育の時間には、校舎の外側一周を走る準備運動、通称「外周」がある。校舎の裏側に回れば教師からバレずに姿をくらますこともできる。後でこっぴどく怒られることを覚悟の上でなら。


「消えたと言えば、尾瀬さんもいなくなったんだよ」

「何?」


 俺より早く反応する洛。

 尾瀬茉莉おぜまつりはちょっと天然が入っている女子。窓際の席で、いつも空か階下のグラウンドをぼんやり見ている姿が印象的だ。

 洛と付き合っているのではないかと思われる。追求しても洛ははぐらかすので定かではないが、十中八九そうだろう。小学生じゃないんだから、隠さなくってもいいのに……いや、今はそれどころではない。


「4時間目は理科で、理科室に移動したんだ。3時間目まではいたんだけど、理科室には来ていなかった」

「3時間目と4時間目の間に失踪……か」

「道にでも迷ったか? なんてみんな言ってたけど……やっぱ変だよな?」

「その感想は暢気が過ぎるぜ」


 加藤くんに礼を言って廊下に戻る。


「俺、ちょっと探しに行ってくるよ」

「ん? おう、気をつけてな」


 廊下を走り去る尾崎洛。

 誰を探しに行くとは言わなかったが、まぁ尾瀬のことが気になるのだろう。

 しかし結論から言うと、暢気が過ぎるのは俺も同じだった。


 昼休みの後、尾崎洛は教室に戻ってこなかった。

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