第57話 ユクのお願い

── 中宵ちゅうしょう -デゼト村 フォマーリン家-


“──ザブンッ…”


「ふぃー…気持ちいいねーユク君」


「ポカポカ~♪」


ユク君の家にお世話になる事になった私は、昨日今日の汚れを洗い流す為にユク君とお風呂に浸かっている。


昼間はあんなに暑いのに…夜は温かいお湯が沁みる沁みる…、疲れた体がほくほくと癒えていく…。


「ねえねえお姉さん、ぼくね、今〝ペット〟がほしいんだっ! それでねそれでね、お姉さんにもきょーりょくしてほしいんだっ! ──いい?」


「協力? んー…まあ私にできることなら協力するよ?」


「やったー♪ んへへっ♪ 約束だからねっ!」


あー無邪気で可愛い♡ しかしペットか…イヌかなネコかな…? その場合の協力って具体的に何するんだろうか…?


でもユク君には喜んでほしいし、アクアス達が迎えに来るまで暇だしね。助けてもらったお礼もあるし、ユク君に付き合ってあげよう。


「そろそろ上がろっか、のぼせちゃったら大変だからね」


「うんっ、気持ち良かった~♪」








── あさ -デゼト村-


「じゃあお姉さんっ、さっそく行こっ! あっちだよあっち!」


「うん…行こっか…。じゃあ行って来ますね…」


「はーい、いってらっしゃーい!」


今朝ユク君に体を揺すられて起きた私は、お母さんが作ってくれた朝食でお腹を満たし、ずっとユク君が見せたいと言っていたペット候補を見に行くことに。


だが分かる通り…私はあまり元気がない…。何故か…ただペットを見にくだけなら良かったのだが…、そこに大きな問題があったのだ…。


ユク君がペットにしたい生き物は村に居らず、なんと村の外に居るという。とどのつまり…危険生物うじゃうじゃの南側に生息する何かしらをペットにしたいらしい…。


不安…非常に不安だ…。何が不安って…昨日〝協力する〟と約束してしまったこと…。危険生物を手懐ける手助け…? 絶対ろくなものじゃない…!


でももし約束を破ったらユク君に嫌われるかもしれない…、それは嫌だ…。私は世界中の子供に好かれるっていう密かな夢があるんだ…。


これらの葛藤があって…今私はだいぶ空元気…。しかも行く場所が村の外…、また危険生物に襲われるリスクを背負う羽目だ…。


お母さんに相談してみても…「カカさんが一緒なら心配ないわね」ってあっさり許可…。お弁当まで作ってくれました…アリガタイデスネ…。


見送ってくれたお母さんに手を振って、私達は再び村の外へ。夜の寒さを忘れてしまいそうな猛暑の中、ユク君の案内のもと砂漠を進む。


しかし冷静に考えて…デゼト村は大丈夫なのだろうか…? こんな危険地帯に村を興そうもんなら…肉食獣がわんさか集まってきそうなものだが…。


村を囲う壁や塀も特にないし…一体どうやって安全を維持してるんだろう…? 獣除けらしき物も見当たらなかったし…実に謎だ…。




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




── あさ -サザメーラ大砂漠 南側-


「着いたよお姉さんっ! この辺りに居るのっ!」


「そうなんダー…どんな奴なのカナー…」


ユク君の言う通り、ここは村からそんなに遠くない場所だった。っと言っても村は見えず…四方がまた砂だけになっているが…。


さてさて…一体どんな生物をペットに所望しているのか…。こう両手で抱っこできるサイズなら嬉しいが…、何が出てくるやら…。


「それじゃあお姉さん、これあっちに投げてっ!」


「うんっ…? ──なにこれ…なんか臭う…。まあいいや…、えいっ!」


手渡された物は、老緑おいみどりな植物の葉で何かを包んだ謎のブツ…。腐肉みたいな鼻を刺す臭いがする…、マジで何なのコレ…、撒き餌的な何か…?


とりあえず長く手に持ってたくないので、ユク君の指示に従って思いっきりぶん投げた。手のひらサイズの撒き餌に釣られる生物って一体…。


指示通りに投擲を終えると、ユク君は盛り上がった砂の山の上で身を伏せた。私も同様に伏せて、獲物がかかるのを待つ。


“──…ズザザザザザッ!!”


「おっ…?! なんか来たよ…?!」


大きく巻き上がった砂埃が奥の方から近付いてくる。ありゃ結構デカいじゃないか…? 少なくとも私よりかはデカいぞアレ…、嫌な予感がする…。


「 “キシャアアアッ…!!” 」


「えェデカ…!? 怖っ…!? 化けサソリ…?!」


姿を見せたのは巨大なサソリ…、大角鹿ブオジカ並みの巨体だ…。竜胆色りんどういろの外骨格に立派なハサミ…おまけに尾が3本もある…。


うん…直感で分かる…、アレは絶対に懐かないと…。近付いたが最後…あのハサミと尾の針でズタズタにされてしまうと…。


「ユクくーん…アレはちょっと無理だと思うなー私…。手懐けるには命がいくつあっても足りないよー…」


「ううん、ペットにしたいのアレじゃないよ? ──あっ、来たよお姉さんっ!」


「えっ…? ──えェ…?」


ユク君が指差す方向を見ると、撒き餌に気を引かれているサソリの後方から…更に高く巻き上がった砂が向かって来ていた…。


もはや絶句の域…、日が上る砂漠で暑さと呼吸を忘れてしまう程だ…。まさか魔物じゃないよな…!? もし魔物なら嫌われてでも村に直帰する…、命最優先…。


かなりの速度で近付いてくる砂埃は、サソリから大体110ヤード(約100m) の地点でピタリと巻き上がるの止めた。


同時にサソリも砂埃に気付いたらしく、砂埃の方向に尻尾とハサミを広げて威嚇しだした。気持ちの悪い静寂…、巻き上がった砂が空に溶けていく…。


“──ズドーーンッ!!”


「 “キャシャアアアッ…?!!” 」


「 “ジャラララララッ!!!!” 」


「ギャアアアッ…?!! ガチの怪物出たァァ…!!」


サソリの真下から勢いよく出現してきたのは…巨大サソリの何倍もの大きさの超超巨大ヘビ…。その大きな口に…あのサソリがひと口で収まってしまった…。


辛うじて口の外に出ていた尻尾の針で抵抗をみせたが…その甲斐虚しく全部吞み込まれた…。まるで悪夢を見ているかの様な一瞬の出来事だった…。


目の上には角の様なこぶがあり…、全身を覆う白い鱗と…頭部よりやや後ろの部分に生えた獅子のたてがみを思わせる金色の毛が特徴的な化けヘビ…。


「やっぱりカッコいいな~! お姉さんっ、手伝って!」


「無理無理無理ムリムリ…!!」


よもやある意味魔物よりも怖い生物を目撃するとは思わなかった…、死んじゃう死んじゃう…。食後のデザート感覚でペロッといただかれちゃう…。


ユク君の真っ直ぐなお願いに対し…私の本能が全力で首を横に振る…。今細胞中が恐れをなしてる…、遠目に見てるだけなのに生きた心地がまるでしない…。


「やーだっ! 約束したもんっ! 手伝って! 手伝ってェ!!」


「ちょちょちょユク君声大きい声大きい…! 気付かれちゃうから…! 気付かれたら私達仲良く食べられ…──」


ユク君に声量を落とすようお願いをしていたまさにその時…、チラッとヘビの様子を確認した私は…再び絶句した…。


まじまじとこちらを見つめるヘビと…おもっきし目が合ってしまった…。閉じた口の間から大きな舌がチョロチョロしている…。


全身から一瞬で血の気が引き…体が彫像の様に固まってしまった…。なんとか目だけを動かすと…ユク君も両手で口を掩ったまま同じ様に硬直していた…。


そこからはしばしの見つめ合い…、微かに吹く風によって運ばれる砂の音が鮮明に聞こえる程の静寂…。徐々に鼓動の音が耳鳴りの様に鼓膜に響いていく…。


まるで地獄の様な膠着状態が続く中、不意に空を飛ぶ鳥が呑気に鳴いた。その瞬間にようやく我に返った私は、硬直しているユク君を抱えて猛ダッシュした。


背後からはあの化けヘビが砂に潜る音が聞こえた…、こうなればもう賭けだ…。確かここまで来る道中に大岩の密集地があった筈…そこに逃げ隠れれば助かる…!


真下から襲われないようジグザクを描く様に砂を駆けていく。もし強引に攻撃してきても…〝音〟でギリギリ回避できる筈だ…、自分の能力チカラを信じる他ない…。


さあ…! 来るなら来い…! 全部華麗に避けて嘲笑ってやるよヘビ公…!


“ズボォ…!”


「噓じゃん…?!」


真下から急襲してくると思いきや…正解は真っ正面から顔ひょっこり…。急ブレーキを掛けてすぐに進行方向を変えようとするも…もはや手遅れだった…。


砂の中から盛り上がってきたヘビの胴体はすでに私達を囲んでおり…完全に退路を塞がれた…。私達はまさしく蛇に睨まれた蛙というわけだ…。


小さな私達に対し…ヘビは余計な程に口を開いて、少しずつ顔を近付けてくる…。口の中には無数の針の様な牙が不揃いに生え…その奥には漆黒が広がっている…。


「ふえェェ…、おねえさーん… (泣) 」


この絶望的な状況を前に…流石のユク君も泣き出してしまった…。一か八か…囲う胴体の向こうに放り投げれば…、ユク君だけは見逃してもらえるか否か…。


“──…!”


「 “ジャラッ…!” 」


「…?!」


どこかで何かが砂から飛び出したかの様な音が聞こえた。化けヘビは音がしたと思われる方向に素早く顔を向け、チョロチョロと舌を覗かせる。


化けヘビはもう一度私達を見つめた後、勢いよく砂に潜って音のした方向へ行ってしまった…。よりよい獲物を食いに行ったのか…?


何はともあれ…運良く難を逃れることができた…。体中から力が抜け…私はへなへなとその場に座り込んだ…。


「お姉さん…──やっぱりカッコいいでしょ?! カッコいいよね!」


「さっきまで泣いてたのに…、まだ言ってるの…?」


「なっ…泣いてないもんっ! 目に砂入っただけだもんっ!」


うーん…強がっちゃうところも実に可愛い…、九死に一生を得た後のボロボロメンタルに沁みる沁みる…。


でもまだ立てない…、魔物に喰われかけた時のことを思い出しちまった…。結構トラウマになってるのかな…。


おっかないヘビだったぜ…、この世にあれ程大きなヘビって存在するんだな…。魔獣に分類される生物だとは思うが…、どれだけ長く生きりゃあのサイズに…。


こういう時ニキが居れば…あの生物について何か知れたかもしれないのにな…。アイツ等今頃どこら辺に居るんだろ…。


「ユク君…化けヘビペット計画は諦めよ…? もっと小さくて可愛いのにしよ…?」


「やだやだっ! ぜったいペットにするっ! ねェ手伝って!! ぼくお姉さんのこと助けたじゃんっ! おん返して~!!」


かっ…可愛い…♡! 初めて聞いたよ「恩返して」…子供じゃなきゃ絶対言えないパワーワード…! ぐぅ…心が揺さぶられるぜ…。


「でもあんなの手懐けられないよー…、お姉さんは何を手伝ったらいいの…?」


「うんとね、実はぼくにひみつ?ひさく?があるんだっ! あっちの方に古いたてものがあってね、そこのかべに絵がかいてあるの。きっとヒントだよっ!」


古いたてもの…砂漠の遺跡とかかな…? かべの絵は壁画かな…? つまりその遺跡に描かれた壁画に、あの化けヘビを手懐けるヒントがあると…? ──本当かな…。


そんなピンポイントに手懐ける方法が描かれてるものだろうか…? ってかシンプルに古代文字なんて読めないしね私…。


「ねェ行こ~! ぼくあんないするから~!」


「うーん…でもそれ遠いんでしょ…? お母さんが暗くなる前には帰って来なさいって言ってたよ…? また怒られちゃうよ…?」


「うぅ…」


効いてる効いてる、このまま上手く説得して諦めてもらおう。砂漠といってもネコとかイヌくらいなら居るだろうし、それで妥協してもらおう。


「じゃあお母さんにじかだんぱんするっ!!」


「へ…?」








── 昼前ひるまえ -デゼト村-


「──ってことだから、お姉さんがいっしょならいいよね? お姉さんすごく強いし、ぼくもちゃんとにげれるよっ!」


「うーん、そうねぇ…」


まさか本当に直談判するとは…、子供の行動力は時に恐ろしいな…。あと何気に私を置いて逃走することを視野に入れてるの賢いな…、可愛いからいいけども…。


でもこれは流石に断るよね…危な過ぎるもの…。さっきは偶然標的が移ったから良かったけど…そうじゃなかったら今頃胃液でドロドロよ…?


「じゃあカカさん、お願いできるかしら? ユクもちゃんとカカさんの言うこと聞いて、良い子でいるのよ? 分かった?」


「うんっ!」


マジかぁ…思った以上にお母さんの信頼を得てしまっていたっぽい…。吐きそうな程の重い責任感がずっしりと圧し掛かる…。


また村の外に行くのかぁ…、しかも日帰りは期待できないと…。んー…行きたくないなぁー…、アクアス達が来るまでゆっくりしてたいなぁ…。


「やったねお姉さんっ! これで出発できるよっ! 早く行こ行こっ!!」


弾ける笑顔で袖を引っ張るユク君。まあいいか、この笑顔が見られるのなら。恩もちゃんと返さないといけないしね、重い腰を上げるとしますか。


ユク君に目的地を尋ねると、デゼト村から南西の方角に例の遺跡があるらしい。少々遠いが…もしかしたら道中アクアス達と出会えるかもしれない。


お母さんには「もし私を捜しているアクアス達が来たら、私が戻るまでここで待機するように」と伝言を託して、再び私達は村の外へ。


ユク君はご機嫌に鼻唄を歌いながら、私と繋いだままの手を振って歩いている。吞気なもんだ…責任重大なお姉さんは気が重いよ…。


「そうだぼくね、あのヘビをペットにしたら〝ポチ〟って名前つけるんだ~♪」


「何故そんな小型犬みたいな名前を…。不満持たれてぺろりと食べられないことを祈るとするよ…」



──第57話 ユクのお願い〈終〉

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