第58話 既視

── あさ -サザメーラ大砂漠 南側-


ユクのとんでもないお願い〝化けヘビをペットにしたい〟を叶えるべく、現在私とユク君は広大な砂漠を突き進んでいた。


ちなみに2日目…、昨日は半分砂に埋もれていた小さな遺跡の中で一夜を明かした。ユク君によればもうそろそろらしいが…すでに5回目…、なんか懐かしい…。


「あっ! ──お姉さん見て見てっ!」


「うんっ? 何か見つけた?」


ユク君は突然走り出すと、少し進んだ先でしゃがみ込んだ。覗き込んでみると、そこには何やら桃色の体色をした小型生物の姿があった。


人の頭程のサイズしかなく、つぶらな瞳と短い脚、そしてケツみたいな割れ目のある口…ヤバいちょっと可愛い…。


「これはね〝砂渡尻スナナピッポ〟って言ってね、さばくで一番弱いんだって。だからぼくでも勝てるんだよっ!」


「確かに物凄くひ弱い姿だ…、いじめちゃダメだよ?」


そっと指を顔の前に出してみると、砂渡尻スナナピッポはそのケツみたいな口で優しくはみはみしてくる。なんだコイツめっちゃ可愛い…。


あんよがめっちゃ短いから動きがずっとよちよち歩きだし、小っこい耳と尻尾がぴょこぴょこしてるのもめちゃ可愛。


「ねえねえユク君、もうペットこの子で良くない…? これならお姉さんも文句ないし、お父さんお母さんも安心するよ…?」


「やだっ! カッコいいのがいいのっ!」


まあそうだよね…男の子だもんね…。竜とか剣とかに目を輝かせてちゃう年頃だし、何なら私も幼少期はカッコいいのが好きだったしね…、気持ちは分かる…。


残念ながらフラれてしまった砂渡尻スナナピッポは、私達に背を向けてまたよちよちと歩き始めた。どうか長生きしますように…。


一時の癒しをくれた砂渡尻スナナピッポに別れを告げ、私達は歩行を再会。6回目の「もうそろそろ」を聞く前に着きたいところだ…。








「──あったよお姉さんっ! あのたてものがそうだよっ!」


「おお~、予想以上にしっかりした遺跡だ…」


7回目を聞いて間もなく、遂に目的地である遺跡に辿り着いた。大岩を削って造られたと思われる遺跡は、荘厳かつ神秘的な雰囲気を放っている。


入り口の前に立ち並ぶ柱は風化してほぼ倒れており、相当昔に建てられたものであることが素人目にもよく分かる。


一体誰が何の為に建てたものなのか…、やはりこういう歴史的建造物には不思議と心が惹かれてしまうな…。その気になれば丸一日ここで過ごせそうだ。


「 “ワンッ! ワンッ!” 」


「わあっ…?! お姉さんイヌいる…!」


「本当だ…しかも2匹も…」


どこから姿を現したのか…白く凛々しい2匹のイヌが駆け寄ってきた。ひとまずしゃがんでなでなですると、首輪らしきものがあることに気付いた。


2匹共首輪をしてる…、誰かの飼いイヌ…? 飼い主のもとから逃げ出したのか…──それか私達以外にものか…。


「 “ワンッ! ワンッワンッ!” 」


私のそばから離れたイヌ達は少し離れた所で再び吠えたり、クルクルとその場を回ったりしている。まるで「ついて来い」と言っているかのよう…。


普通ではないその行動に何かを感じ、私は直感に従ってイヌ達の後を追うことにした。2匹は遺跡入口の反対側に向かっているようだ。


大きな遺跡の外周をぐるりと回り、ようやく反対側に着いた私は…その先に広がる光景を見て膝から崩れ落ちた…。


そこにはさっきの2匹とは別にもう2匹のイヌが居り、そのそばには地面に突き刺さったソリと思しき物と…上半身が砂に埋まっている誰かの姿…。


イヌ達は必死に飼い主と思われるその人物の周辺を掘っていた…。なんて健気なイッヌ…、是非とも力を貸してあげたいが…。


クソォ…遭遇してしまったァ…!なんで私はこうも下半身共とこんにちはしてしまうんだ…! 絶っっ対普通の奴じゃないってのが分かってんだよォォ…!


「お姉さんだいじょうぶ…? 体調わるい…?」


「ううん…大丈夫だよ…、ただ己の運命に辟易しただけだから…。とりあえずアレ掘り起こそっか…、気は乗らないけど…」




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




「──ふぃー…いやいや本当に助かったわい、ありがとうな親切な人…!」


「いやまあ別に構わないけど…、他に怪我とかない…? 」


砂から出てきたのは小せェおじいさん。顔つきや声は老人だが、身長はユク君よりも低い。腰が曲がってるわけでもないのにだ…。


イヌ達にも負けない白い髪と髭、めっちゃ光を反射する丸眼鏡、これはいいが…探検家が使いそうな帽子とリュックが気になる…──また探検家か…?


「おじいちゃん小っちゃーい」


「むっ? フォッフォッフォッ…! ワシは〝小人族ミーク〟じゃからな、昔はよく子供につまずかれたものじゃよ」



 ≪小人族ミーク

全種族で最も身長が小さな種族。成人の平均身長は約3.2フィート(1メートル) であり、新生児は40インチ(10cm)程。



なんだその怪我しか生まない悲しきエピソード…ほんでよくそれを子供に向かって言えるな…、もしかして根に持ってる…?


「いやはや本当に助かったわい、危うくハゲタカに下半身から食べられるところじゃったわ。これで遺跡調査を再開できる、感謝するぞ若人わこうどよ」


「遺跡調査? じいさん探検家じゃないのか?」


「ワシは凄腕の〝考古学者〟じゃよ。世界各地に点在する遺跡や神造物しんぞうぶつを巡って調査しておるんじゃ、あくまでじゃがな」


オイオイオイ…出ちゃったよまた〝自称凄腕〟が…。なんだ…自称凄腕は必ず下半身の状態で人前に姿を現すものなの…?


でも考古商会ルインズギルドに所属せずに、個人で活動してるのか。考古学者にもそういうのあるんだ…、もしかして本当に凄腕のパターン…?


「おじいちゃんもこのたてものに用があるの? ヘビすきなの?」


「ヘビ? ワシが好きなのは歴史じゃよ。お主まだ子供じゃというのに…まさか歴史に興味があるのか…?! 良い事じゃ…! 歴史は面白いぞ~!」


「れきし? ヘビは?」


なんだか上手く話が嚙み合わないまま…じいさんはユク君の肩をぽんぽん叩きながら遺跡の入り口方面に歩いて行く。私はイヌ達と一緒に後を追う…。


「そういえば礼は言ったが自己紹介がまだじゃったの。ワシは〝ノイーゴ〟、さっきも言ったが考古学者をしておる。凄腕は自称じゃがな」

< 凄腕(自称)考古学者 〝小人族ミーク〟 Noego Algaノイーゴ・アルガーh >


「ぼくユクー!」


「私はカカ、見ての通り人族ヒホだよ」


簡単な自己紹介を交わしながら正面に回り、無駄にも感じる程に大きな入口をくぐった。短い通路を進んだ先には広い五角形の部屋があるのみで、思ったよりもシンプルな造りだ。


吹き抜けの5層構造になっていて、1階には大きな壁画が4つ描かれている。部屋の中央には小さな祭壇らしきものもあり、思わず息を吞んでしまう。


「うむゥ…実に興味深い…。あの祭壇に供物を捧げて祈りを行い…同時にその様を上階から大勢の者が眺めておったのやもしれんな…」


スゲー…考察がなんかそれっぽい…、確かにそれならこの吹き抜けの5層構造にも説明がつく。オペラハウスみたいな感じだったのかな…?


「お姉さんお姉さん、これ見てこれっ! この絵がきっとヒントなんだよっ!」


ユク君が指差す壁画には、確かに巨大なヘビと思しき生物が描かれている。しかも1つだけじゃなく、4つの内3つに描かれている。


入口から見て左の壁から順に〝天を仰ぐヘビと背を向ける人々〟〝棘を纏う獣と巨大な炎〟〝ヘビと睨み合う無数の獣〟〝地を見下ろすヘビと跪く人々〟──…ヤバいなんか胸が踊る…。


一体何を現しているのか…一体何を想ってこれを描いたのか…、考えれば考える程に興味と謎が湧き上がってくる。


「どう? 何か分かった?」


「うーん…今のところはなにも…。壁画の下に文字も彫られてるけど…全く読めないや…、ヤーナダ文字かなこれ…?」


「ほぅ…! お主ヤーナダ文字を知っておるのか…?! さてはお主…中々の歴史好きじゃな…?!」


まあ嫌いじゃない…、私がよく読む本はミステリー・サスペンスと、学者達の神造物や歴史に関する考察本だし。


ヤーナダ文字もそこで得た知識。今から約1300年前、〝 世全せいぜん言語統一げんごとういつ〟が施工される前に使われていたとされる言語の1つだ。


「うむうむ、若人が歴史に興味を持つのは嬉しいわい。お主見込みがあるな…ワシのことを〝師匠せんせい〟と呼んでもよいぞ…!」


「あっいや…別に結構です…」


「呼んでもよいぞ…!!」

「いやだから大丈夫だってb …──」


師匠せんせいとォ…!! 呼んでもよいぞォ…!!!」

「ああもうハイ…、呼ぶよ呼ぶ呼ぶ…」


ご年配の方だったし…ちょっとまともな人だと思った矢先にこれだよ…、やっぱ信用ならんな下半身登場者は…。


「それでじいさ…師匠せんせいは読めんのヤーナダ文字…?」


「うむ、ヤーナダ文字はいくつもの文法が複雑に組み合わされておる故…解読には少々時間がかかるがの…」


おお〜、ちょっと変人だけどちゃんと凄腕なタイプだったか。ニキと同類のタイプね、ナップとは別タイプね。


じゃあ解読は全部師匠せんせいに任せちゃって、私は他に何かないか探すとするかな。確か外からこの部屋に続く通路の途中に別の道があったし、多分そこに上階へと続く階段がある筈。


通路脇の道を確認しに戻ると、予想通り古い階段があった。足元に用心しながら…慎重に2階へと進む…。


落下することなく無事2階に辿り着いたが、1階とは違って特に何もない。くり抜いて造られたであろう簡素な窓があるだけ。


この様子じゃ3〜5階も同様の造りだろうな…。本当にただ1階の様子を眺める為だけのスペースなのだろう。


「あっ! お姉さん上にいるっ! ヤッホー♪」


「ヤッホー、 危ないからユク君は来ちゃダメだよー」


私は腰ほどの高さの柵から身を乗り出し、笑顔で手を振るユク君に振り返す。師匠せんせいは見向きもしねェな…、唾かけたろうかな…。 ──んっ…?


2階から1階全体を見渡して気付いたが、祭壇にも何やら画らしきものが描かれている。〝小さなヘビと片膝をついて手を差し伸べる人〟、意味は分からない…。


師匠せんせいー、祭壇の上にも画があるー。そっちも解読お願ーい」


「任せい…! いやはや…実に退屈せん遺跡じゃのー♪ 年甲斐もなくテンションぶち上ってしまうわい♪」


「ぼくも楽しー♪ ぶち上りー♪」


2人共楽しそ…ここにしっかり者のアクアスが居てくれたら私も少しはしゃげるのに…。子供のユク君と変人学者が一緒じゃ…私がしっかりしなきゃならない…。


遺跡内とは言え…ここが安全である保証はない…。もし危険生物が入り込んできたらすぐさま私が戦わなきゃならない…、よって全然はしゃげない…。


私は簡素な窓に片肘をついて、陽炎揺らめく地平線を眺める。今私の目の前をアクアス達アイツ等が通りかかってくれないかな…。


師匠せんせいが解読にどれだけ時間をかけるか分からないし…、その間ずっと気を張り続けるのも…なんだかなぁ…。


はぁ~あ…──────面倒くせェ…。


師匠せんせい…! 私ちょっと外行って遺跡周辺に何かないか探してくる…! ユク君はここで師匠せんせいの手伝いしてあげてね、ペットの為だよ」


「うんっ! ぼくおてつだいするっ!」


「気を付けるんじゃぞ? 砂に埋まらんようにの」


2人に外出を告げ、私は背伸びをしながら遺跡から出た。お利口に表で待っているイヌ達の頭をぽんぽんして、入口の向く方に歩いていく。


なんだか砂漠を1人で歩くの久々に感じるな…、アクアス達とはぐれてからユク君と出会うまでの短い期間だけだったもんな。


ユク君癒しがないのはあれだけど…たまには1人も悪かない。色々と考える時間が作れる、最近は頭の中ユク君ばっかだったし…。


正直ここ最近…本来の目的を忘れかけていた…。そうだよな…元々は石版を探しに来たんだよな私って…。なんで化けヘビをペットにするヒント探してんだろ…。


いやまあ別に不満はありませんけどね…? それでユク君の笑顔が見れるなら無問題もうまんたいですし個人的には。石版と同じ価値あるんで個人的には。


ただ問題なのはアクアス達も石版探してないってこと…。ムネリ女王とアイリス女王がこれ知ったら「何してんのオマエ等…?」って真顔で言うぞ…。


早くユク君のお願いを済ませて…早くアクアス達アイツ等が迎えに来てくれなきゃそこそこの罰下されちゃうぞマジで…。危機感抱いてきたわ…。


そんな後ろ向きな思考を巡らせているうちに、遺跡からかなり離れた場所まで来た。遺跡が小指程の大きさに見える…──このくらいでいいかな…。


私は衝棍シンフォンを手に取り、準備運動を始めた。手首良し、回転も悪くない、メンタルもユク君癒しで最高潮、コンディションは万全。


「まだ様子見が必要かァ…?! 随分臆病だな腰抜共…!」


“──キーン…!!”


真上から〝音〟が鳴り響き、私はすぐに回避行動をとった。直後さっきまで立っていた場所に何かが突っ込んできて、大きな砂埃を巻き上げた。


構えを崩さず砂埃が晴れるのを待っていると、ようやくその姿が見えてきた。前足に翼のある四足歩行の小型偽竜種レックス5頭と、その背に乗る5人の手には得物が握られ、目には明らかな敵意が映っている。


服を着た人型の獣…嫌でもコイツ等の正体が分かる…。まあなんとなく知ってたよ…? 遺跡の窓から空を飛ぶ不審な影を見つけた時から…。


5人はそれぞれ偽竜種レックスの背から降りると、リーダー格と思しきガタイの良いイタチを中心に横並びになって私と睨み合った。


左から順にヒツジ・シマウマ、イタチにウサギとカンガルーかな…? 全員女の獣族ビケだが…女子会の誘いじゃなさそうだ…。


「──いつから気付いてた…?」


「残念ながら遺跡からだ…獣臭さが鼻についてな」


私の発言に全員が眉をひそめた。トーキー猫野郎よりずっと挑発に乗りやすいご様子、私にとっては好都合…断然戦りやすい。


だが険悪な表情を浮かべてはいるが、誰1人として動きはしない。流石にこの程度の挑発で不用意に攻めてくるマヌケは居ないか…。


「あの遺跡で何をしていた…? ──まさか既に…」


「さ~てね、薄汚い小悪党共に教えてやる義理はねェなァ。どうしても知りたいなら土下座でもしたらどうだ? 毛皮のおかげで砂も大して熱かねェだろ?」


「…っ! 貴様ァ…!」


5人はより一層険悪な表情で睨み付けてくる、特に真ん中の…リーダー格らしきイタチの獣族ビケ。貶されたのが相当ご立腹みたい…扱い易いねェ…。


「私に用があんだろ…? 下らない会話は止めてかかってこいよ…! 口臭まで追加されたら堪ったもんじゃねェぜ…!」


「減らず口め…! 獣賊団私等の障害となる賊の頭ァ…楽に死ねると思うなよ…!!」



──第58話 既視〈終〉

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