第56話 思惑

「あっ! 見えてきたよお姉さんっ! あれだよあれっ!」


「や…やっとかぁ…、ようやく着いたぁ…」


── 入相いりあい -サザメーラ大砂漠 南側-


朝にオアシスを出発し、途中アクシデントに絡まれつつもようやく目的地に到着した。空はすっかり銀朱色ぎんしゅ…長かったここまでの道のり…。


ユク君と手を繋いで歩いて、疲れたらおんぶし、また元気になったら手繋ぎで歩く…──それを20回以上も繰り返したが為に…もうへとへとだ…。


体は限界…でも心は元気なまま。疲れはしたけど…子供といっぱい接することができて嬉しかったです、幸せでしたごちそうさまでした。


さっきまでおんぶされていて体力が回復しているユク君は、向こうに見える村を指差しながら笑顔で袖を引っ張ってくる。


砂に根を張りそうな程に脚が痛いが…グイグイ引っ張ってくるユク君には敵わない…。心を原動力に無理やり脚を動かして、ユク君の村へと入っていく。



砂泳族スウサの集落 ─デゼト村─ >


そこは蘇芳色すおういろのレンガで造られた家々からなる小さな村で、村の中央にある井戸から水を汲む村人が見える。


オーニングの下には畑と思しきものがあり、砂から野菜の葉っぱらしきものが出てきている。砂で育つ野菜ってあるんだ…ちょっと興味あるな…。


「ぼくの家あっちなんだっ! 早く行こっ!」


「ああー…ユク君引っ張らないでー…、もう脚辛いのー…」


私のお願いそっちのけで引っ張るユク君…、子供っぽさ全開で可愛いね…♡

※何でもアリ


手を引かれるまま村の中を進んで行くと、一軒の家の前で止まった。外干しされた衣服と野菜の入った木箱があり、なんだか久しく感じる生活感がある。


初めてみる砂漠の住居に目を奪われ、必死に袖を引っ張るユク君に抗いながら外観を楽しんでいると、不意に木のドアが開いた。


出てきたのはお母さんと思しき女性で、手には水汲み用のバケツを持っていた。どこか元気がない顔をしているお母さんは…家先に立っている私達に気付いた。


「──…っ?! ユク…! ユク…!!」


「あっ、お母さーん! ただいまー!」


ユク君のお母さんは手に持っていたバケツを放り投げて、ユク君を強く抱きしめた。ヤバい…なんか泣けてくる…、親子の絆って素敵だね…。


この反応を見るに…やっぱり無断で村の外に出て来たんだなユク君…。さぞ心配だったろうな両親は…、良いお母さんだ…。


満足するだけギュッと抱きしめたお母さんは、その後ユク君の右頬を手で撫でたかと思うと…ギュ~!っとほっぺをつねりだした。


「ユク~…? 村の外に1人で出ちゃダメって…お母さんとお父さんがいつもいってるよね~…? なんで出て行ったのかしら~… (怒)?」


「わあああっ…! ごめんなさいごめんなさい…! たすけてお姉さーーん…!!」


めっちゃキレてなさる…、切り替えのプロだ…。ユク君には悪いけど…ここはしっかり叱られてもらおう。甘やかしは良くないからね、仕方ないね。


頬をつねる母、叫ぶユク君、見守る私…。こんなカオスな状況下で…ユク君の叫び声を聞いたお父さんらしき人物も家から出て来た。


お父さんも同様にユク君をギュッと抱きしめ、そしてお母さんと一緒に頬をつねりだした。頬つねる両親と叫ぶ息子…、私完全に空気だ…。


それからしばらくキツいお仕置きが続き、ようやく終わった頃にはユク君のほっぺは真っ赤。両親から逃げるように私の後ろに隠れている。


「どなたか存じませんが…息子を送り届けてくれて本当に感謝致します…」


「お礼を述べても尽くしきれません…、本当にありがとうございました…」


「そんなそんな…! 私もユク君に助けられた身ですし…むしろ助けられたのは私の方なのでどうか頭を上げてください…!」


深々と頭を下げてお礼を述べてくる両親に、私も更に頭を下げる。謝意を述べあう私と両親…、ユク君完全に空気だね…。


「ねえねえお母さん、お姉さん迷子で困ってるんだって。だからぼくがここまで連れて来たんだよっ! だからもう怒らないで~…」


なんて可愛い保身…ごめんねさっき庇わなくて…。せめてこれ以上怒られない為に、私は昨日から現在に至るまでの経緯を両親に伝えた。


ユク君に助けられた話をする程、ユク君はこれ以上叱られないと踏んでか私の後ろから出てきた。分かり易くて可愛いね~子供は♡


「そうでしたか…貴方も大変でしたね。良ければお仲間さんが救出に来るまでうちに居てください、お礼もしたいですし」


お父さんの口から魅力的な言葉が出た…! こっちからお願いしようと思っていたから凄くありがたい、ここは親切に甘えることにする。


これでひとまず私の身の安全は確保されたと言ってもいい、心配なのはアイツ等だ…。デゼト村ここは結構遠い場所だし…救助に来るまで数日は掛かるだろう。


危険生物が多い南側を数日彷徨う…、私には無事を祈ることしかできない…。


信じてるぜ…2人共…──。








── 中宵ちゅうしょう -サザメーラ大砂漠 東側-


昼とは別の顔を覗かせる夜の砂漠。夜行性の生物が闊歩し、闇夜に血が飛び散る危険な時間。その砂漠に1つの赤銅色しゃくどういろの巨大な蟻塚があった。


周囲には小さなテントがいくつも張られており、複数の焚き火を数人で囲んでいる。そんな場所に走って近付いてくる影が1つ──。


「 “グギャギャ…!!” 」


「 “ピィィィ!! ピィィィィィ!!” ストップストップー!! 止まってってばー!! うわあああああっ…?!!」


走って止まらない爬虫類リザードは、背に獣族ひとを乗せたままテントに突っ込んでいった…。激しい音と共にテントは崩れ…騒ぎを聞いて獣族ひとが集まる。


「ちょっとウラン…!? 何してんの急にテントに突っ込んで…?! そういう趣味あったっけ…? ちょっと距離置かせてもらうね…」


「変な勘違いすんな…! 爬虫類リザードが走り過ぎで逆にハイになっちゃったから止まれなかっただけだし…! ──そんなことよりフロン様居る…?!」

< フロン隊メンバー 〝陽溜猫ソールキット獣族ビケ〟 Wlan Weblaウラン・ウェーブラh >


「そりゃ居るけど…サリさん達は…? ちょっとォ…! サリさん達は…!?」


頭打って気絶した爬虫類リザードをよそに、ウランは赤銅色しゃくどういろの蟻塚の中に走って入って行ってしまった。


内部なかはランプの明かりで照らされており、いくつもの部屋に続く通路がある。隅には大量の木箱が置かれ、果物の甘い香りが仄かに漂っている。


ウランは上に続く通路を進み、右に曲がって更に上へと続く通路を通り、行き当たりを左に曲がって、その先の分かれ道を右に──


「…長いよもォー!! 今どこに居るの私…?! あと何回曲がって何回上に行けばいいんだっけ…?! いっそフロン様の名前叫んで呼んでみよっかな…?!」


「──なんだ…? 騒がしいな…誰だ叫ぼうとしてる迷惑な奴は…」


ヤケクソになったウランが叫ぼうとすると、奥の部屋から幹部の1人が出てきた。灰色の毛皮と小さな耳をした〝ミンクの獣族ビケ〟。


「〝アーシラ〟様…! いい所で出会えました…! フロン様のもとまで案内お願いしたいです私…!!」


「フロン様のもとに…? ふむ…何やら随分と急いでいるらしいな…、いいだろう案内してやる。ちゃんと覚えるんだぞ…?」

< フロン隊幹部 〝灰崖貂パリミンク獣族ビケ〟 Aacila Myliアーシラ・ミリアah >


先行するアーシラの後に続き、ウランは複雑な通路を進んでどんどん上階へ上がっていく。途中謎に迷子になり…アーシラに叱られつつも上階へ進む。


やがて目の前にひときわ広い部屋が現れ、その中央には優雅に葡萄酒ワインを楽しむフロンの姿があった。そこは蟻の巣の頂上、女王蟻の部屋。


「フロン様、ウランが何やらフロン様に急用があるそうです」


「アタシに? ってかウラン、アンタ確か南側の石版捜索に行ったんじゃなかった? サリは居ないのかしら?」

< サイアック獣賊団〝七鋭傑〟Fulonne Biaフロン・ビアードhd >


「実は色々ありまして…全て説明します──けどその前にお茶いただいてもいいですか? 喉渇いちゃって…」


「急用があるくせに余裕ね…、カーファでいい…?」


フロンが淹れたカーファをじっくり味わって一息つくと、ウランは昼間にあった出来事を2人に告げた。


石版捜索中に例の〝人族ヒホの賊〟に出くわし、戦闘になったこと。そしてその場にリーダーと思しき〝宍色髪の人族ヒホ〟が居なかったこと。


「ふぅん…なるほど…、確かに別行動している可能性は高いわね。しっかし人族ヒホの賊が来てるってことは…本当に砂漠ここに石版あるのね…。根拠ゼロの勘がズバリ的中…流石はバルバドス様だわ…」


「いかがなさいますかフロン様…? 人族ヒホの賊を放置するのは少々危ないかと…」


アーシラはテーブルの上に砂漠全域の地図を広げると、ウランから人族ヒホの賊と遭遇した地点を聞き、その場所と拠点のある場所に駒を置いた。


その他の地点にも手際よく駒を置いていき、北側に4つ、西に5つ、南に4つ、東に3つの駒を置いた。


「南側で人族ヒホの賊を目撃したとなると…石版も南側にある可能性があります。各方角の捜索チームを南側に集結させますか…?」


「んーどうかしら…。別行動してるってことは、まだ石版の在り処が分かってないってことでしょ…? 賊の対処も大事だけど…石版捜索が最優先だし、捜索チームにはこのまま引き続き捜索してもらうわ。だ・か・ら…」


そう言うとフロンは余っている駒を手に取り、ウラン達が人族ヒホの賊と遭遇したポイントの逆側に5つの駒を追加で置いた。


「賊の頭を潰す為だけのチームを、まだ待機してる子達で組んで向かわせる。面倒ごとは同時に終わらせるのが一番よ…!」


「流石フロン様…! じゃあ私その事を皆に伝えてきますね…! カーファごちそうさまでした…!」


ペコリと一礼すると、ウランはドタドタと部屋を後にした。まだ詳しい指示も出していないのに部屋を後にしたウランを、2人は呆れた表情かおで見つめた…。


フロンはおもむろに腰掛けていたソファーから立ち上がり、穴が空いているだけの窓から外を覗き込んだ。


テントが張られている場所の反対側には、フロン達が飛空艇に載せて持ってきた大小様々な檻が置かれている。


その中にはウラン達が移動に使っている爬虫類リザードや、砂漠に生息している危険生物が複数入れられている。


「アーシラ、〝大型〟のはまだ残ってる?」


「いえ、現在は捜索チームが連れていますので大型がいません。どうします…? 人族ヒホ討伐チームは…また次の大型を手に入れるまで待ちますか…?」


「そうねェ…待つのが確実ではあるけど、いつまでも別行動してるとも限らないからねェ…。討てる時に討っておきたいし、大型は諦めましょっか」


そう言うとフロンは窓から離れ、テーブルの横に吊り掛けてあった角笛を手に取った。波打つ様な突起が全体に浮かぶ角笛を両手で構え、力いっぱい息を吹いた。


低いとも高いとも言えない笛の音が、拠点の中に響き渡った。それから間もなく、フロンの部屋に3人の獣族ビケがやってきた。


〝イタチ〟・〝イヌ〟・〝ネズミ〟の3人は、ソファーに腰掛けたフロンの前に立つアーシラの隣に並んだ。


「お呼びですかフロン様?」

< フロン隊幹部 〝???〔イタチ〕獣族ビケ〟 Lewgah Ditiqルーガ・ディティックue >


「夜の招集なんて珍しいですヌ、何かあったんですヌ?」

< フロン隊幹部 〝???〔イヌ〕獣族ビケ〟 Cielu Hirdaシール・ヒルダe >


「わらひ…もう少しれ寝に入れたのにぃ…」

< フロン隊幹部 〝???〔ネズミ〕獣族ビケ〟 Eghille Ritエギル・リッタha >


「なんか悪かったわね…、すぐに終わるから耐えなさい…」


フロンは3人にウランから聞いた報告を伝えた。人族ヒホの賊が出現したことにルーガとシールは驚き、エギルはアーシラの往復ビンタで目を開けた…。


次にフロンは人族ヒホの賊の頭領かしらを討つ為のチームを組む計画を伝えた。ルーガとシールは賛成し、エギルはアーシラの腹パンで目を開けた…。


「ここからが本題なんだけど…今残りのが一体も居なくてね、若い子等にだけ行かせるのは少々不安なわけ。だからアンタ達4人の内2人、明日〝頭領かしら狩り〟に出向いてほしいのよ。──誰が行く?」


「ハイッ! ジブン行きますっ! 久々に暴れたいんでっ!」


「いいわ、じゃあルーガは決まりね。あとは誰が行く?」


フロンの問い掛けにアーシラとシールは顔を合わせ、同時に立ったままふらふらとしているエギルの肩に手を置いた。


「オッケー、ルーガとエギルに決まりね。手の空いてる他の子等にもこの事伝えて、明日の朝にでも出発してちょうだい。じゃあ解散っ!」


用が済み、4人は順にフロンの部屋を後にした。フロンは盗品のグラスに葡萄酒ワインを注ぎ、穴の空いた窓に腰掛けた。


雲一つない空には美しい満月と澄んだ暦付喪月ツカヤが浮かび、冷たい夜の砂漠を優しく照らしている。


「──フフフッ…! この世は弱肉強食…、どんな手段を使おうと…何をしようと…最終的に勝った奴が強者…! フロン隊の恐ろしさ…とくと味わうがいいわ…! フフフッ…」



──第56話 思惑〈終〉

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