第53話 実力不足

「邪魔する奴等は全員食い殺す…! それがフロン様の教えだ…! 存分に後悔しながら死ぬがいい…!!」


「 “グルルラァシャァァァァ!!!” 」

< 動物 〝砂險鮫しゃけんこう サムバミザメ〟 >


こんな所で足止めを食っている場合ではないのに…相手はる気満々…、とてもスルーはできなさそう…。


せめてあの蟒蛇うわばみの様に大きな鮫だけでも何とかしなければ…。随分頑丈そうな肌ですが…弾は効くのでしょうか…。


「んっ…? あっ…! サリさんサリさん…! コイツ等じゃないッスか…?! トーキー様を倒したっていう〝人族ヒホの賊〟…!」


「何…!? ──確かに…天色髪のメイドに小柄な紫頭巾…、報告と一致しているな…。まさかこんな所にも現れるとは…」


わたくし達の顔を見るなり、〝リス〟の獣族ビケが指を差して聞き捨てならない言葉を吐いた。


4人の獣族ビケは顔を見合わせてザワつきだした…。〝報告〟…どこまでの情報が伝わっているかは不明ですが…、りづらくなりそうですね…。


ニキ様はバレてても特に支障はなさそうですが…わたくしはそうもいきません…。遠距離を嫌って接近されては…多少近接もできると言っても危ういです…。


「…っ? もう1人…宍色髪のメスはどこへ行った…?! オマエ達人族ヒホの賊は3人で、その全員がメスだと聞いているが…──まさか別行動か…?」


マズい…ここでカカ様が単独行動をしていると知られれば…、カカ様のもとに刺客を送られてかねません…。


カカ様ならば…この程度の連中に後れを取るとは思えませんが…、枯症かれしょう炎帯症えんたいしょうなどの不測の事態が絡めば…結果は二転三転するでしょう…。


「ウラン…! オマエは一度拠点に戻って、この事をフロン様に伝えろ…!」


「了解ッス…! “ピィー!” 」


1人が笛を吹くと、ネコの獣族ビケを乗せている爬虫類リザードはくるっと向きを変え…明後日の方向に走り出した…。とても徒歩では追いつけないスピードで…。


「行かせません…!」


「そうはいくかっ…! “ピィィィ!!” 」


すぐに折畳銃スケールを構えて引き金に指を掛けるも…巨大ザメに射線を遮られてしまった…。もう間に合わないでしょうが…ダメもとでサメに銃弾を撃ち込んだ。


ぶすりと小さな穴は空いたものの…大したダメージはなく、貫通にも至っていない様子…。やはり通常弾では何発撃とうが意味は薄いようですね…。


「早速仕掛けてきたか…随分血の気が多いな人族ヒホの賊…!」


「誰が賊ニ…! 賊はオマエ等だけニ…!」


「よく分かんねェが…初めましてじゃないみたいだな…。今はとりあえずアイツ等と敵対するが…後で色々説明してもらうからな…」


変な疑いをかけられてしまいましたが…仲間割れ展開にはならなそうで良かったです…。さっさと邪魔な方々を片付けて…しっかり弁明しなくては…。


相手は1人居なくなって残り3人…。〝フェネック〟に〝ラクーン〟…それから〝リス〟でしょうか…? それぞれの能力をなるべく迅速に把握したいところです。


「こっちも仕掛けるぞ…! 砂上船ふねの所有者の男は半殺し…! 人族ヒホの賊2名は確実に殺せ…!!」


「「 了解っ!! 」」


3人は同時に笛を小さく吹くと、それに反応して爬虫類リザードも一斉に動き出した。前傾姿勢でかなりのスピード…あれを相手に距離を取るのは難しい…。


様子見でバックステップをしながら折畳銃スケールを構えて牽制をすると、爬虫類リザードは臆さず力強く地面を蹴って飛び掛かってきた…。


思わぬ跳躍…瞬間的に射線から外れる動きをされてしまい…、ほんの僅かに体が硬直してしまった…。ここから回避が間に合うかどうか怪しい…。


「そうはいかない返しニ…!」


「 “グギャ…!?” 」


危うく頭部を嚙み付かれる寸前…目と鼻の先でビタリッと爬虫類リザードの動きが止まった。ニキ様が爬虫類リザードの尻尾を掴んで止めてくださったみたい…片手で…。


わたくしはすぐに左手で銃床を下に押し込み、銃口が上を向いた瞬間に引き金を引いた。銃弾は下顎と上顎を貫き、赤黒い血が飛び散った。


「隙ありー! その首もらったァ!」


「そうは──いかないニよ…!〝リザードハンマー〟…!!」


背後からニキ様を狙う賊に、ニキ様は掴んだままの爬虫類リザードで強引に薙ぎ払った…。そのまま手を離して放り投げもした…、片手ですのに…。


勢いよくぶっ飛んだ2人と2匹…あれならばすぐには態勢を整えられない筈、であれば実力の判らないベジル様の援護を…──


「〝斬鉄蛮行ざんてつばんこう〟…!!」


「 うわァ…?! 」

「 “ギャギャッ…?!” 」


むむ…凄くお強いですね…。あの大剣をあんなにも軽々と振って…結構な重量はあるであろう爬虫類リザードを殴り飛ばすなんて…。


ニキ様程とは言わずとも…ベジル様も中々に怪力持ちでいらっしゃいます…。いつも通りサポートメインの立ち回りでよさそうですね…。


「クソッ…、やはり只者じゃないな…簡単には殺せないか…。だが戦法は判った…! ミレルとイナナは紫をれ…! 私はメイドをる…!」


「オイオイ…俺はスルーか…? 悪ィがただ黙って観戦するなんて…──」


「 “ピィ! ピィィィィ!!” 」

「そういうことね…」


事態を察したベジル様は何も言わずに、駆け足でオアシスの外へと向かった。そしてそれを追いかけるように、砂險鮫巨大ザメも砂に潜って移動し始めた。


ニキ様も戦いやすいようにか、わたくしから離れた場所に移動した。わたくしも誤って撃ってしまわぬように、少し離れた。


あの砂險鮫巨大ザメを1人で相手することになったベジル様が心配ですが…援護をするにはまず眼前の敵を倒さないとですね…。


ラクーンとリスの獣族ビケがニキ様の前に立ちはだかり、フェネックの獣族ビケは槍を構えてわたくしに槍先を向ける。


「フロン様の石版集め…そしてバルバドス様の大いなる野望の為…! 邪魔をする貴様をここで殺す…!! 悪く思うなよ人族ヒホの賊…!!」

< サイアック獣賊団〝フロン隊メンバー〟Salih Rahybサリ・ラヒブe >


槍を真っ直ぐ構えたまま、フェネックは折畳銃スケールを恐れず前進してくる。無論こっちもただの様子見はせず、銃口を向けて牽制。


さっきのように突然飛び掛かってきても今度は撃てます…! それ以外の動きをしようとも、〝軌跡〟から行動を先読みして攻撃してみせます…!


「食らうがいい…私の全力の突き…!! ──っと見せかけて… “カッ…!” 」


「わっ…!? なんです…!? 眩しい…?!」


フェネックは突然ガパッと口を開けたかと思えば、目が眩む程の強烈な閃光が放たれ…目の前を真っ白に染めた…。


とても目を開けてはいられず…顔をそむけて目を閉じた。間もなく瞼の裏から光を感じなくなったものの…敵から目を離してしまった…。


さっきまでの互いの立ち位置と、フェネックの移動速度を鑑みれば…すぐそこまで接近されていてもおかしくない…。目を開け次第…すぐに回避行動に移らねば…。


わたくしは目を開けると同時にその場にしゃがみ込み、フェネックの出方を窺う──そのつもりでいた…。


ですがそこにフェネックの姿はなかった…、まるで煙のように消えてしまったかのよう…。わたくしはすぐに〝見方〟を変えて、折畳銃スケールを折り畳んだ。


「〝嫌われ者の槍ライチート・スピア〟…!!」


「う…ふんっ…!!」


くるっと体の向きを半回転させたわたくしは、折り畳んだ折畳銃スケールを体の前に構えて盾とした。


直後繰り出された強烈な突き…。直撃していたら大怪我は免れない威力ですが…間一髪防ぐことができた…。


突きを防がれたフェネックは、その表情に一瞬動揺を浮かべ…すぐに後ろへ跳んで距離を取った。恐るべき跳躍力ですが…判断を誤りましたね…!


再び折畳銃スケールを展開し、ゴム弾を高速装填、奴の足が砂の上につく前に右肩を撃ち抜いた。激痛のせいかフェネックは着地に失敗し…砂の上に倒れ込んだ。


「ガアアアアッ…!! クソッ…おのれェ…! 貴様…何故私が背後に居ると分かった…?! 左右を見向きもしなかっただろう…?!」


「それは…えーっとその…──貴方のような小悪党がやりそうなことだなと思っただけです…! わたくしの予想通りだったようですね…!」


本当は移動の〝軌跡〟を見たからなのですけど…。わたくしの頭上を飛び越えていたと知った時は驚きました…。


一切音を立てずに物凄いジャンプをしますね…、本当に知性を持った野生動物を相手にしている気分です…。


「さあ観念してください…! そうすればこれ以上痛い目に遭わず済みますよ…!」


「クソッ…クソッ…」


ダメもとで言ってみましたが…案外聞き入れそうな感じですね…。シヌイ山で遭った方々であれば…すぐにでも首を横に振りそうですが…。


それに…突きを防がれた時も追撃を一切考えない後退でしたし…、もしやあまり実戦経験がないのでは…?


動揺して折畳銃スケール使い相手に距離を取るなんて…戦い慣れている人であれば決してやりませんから。


「私は…フロン隊の一員…、フロン様の為に…諦めるわけにはいかないのだ…!!」


フェネックは槍を左手に持ち替え、座り込んだままわたくし目掛けて力いっぱい投げてきた。むざむざ得物を手放すとは…愚行が目立ちますね…。


「 “カッ…!” 」


「うっ…また…、ですが無駄です…!」


口から放たれた強烈な閃光が再び視界を遮りますが…目くらましの前に槍を投げていては簡単に避けられます。


身を屈めて槍の軌道上から外れると、まだ目は見えませんが、頭上を槍が通り過ぎる音が聞えた。あとは冷静に視界の回復を待ってから目を開けた。


脅威程ではありませんが…中々厄介ですねこの閃光…。〝耿耿姫狐リビトフェネック〟の獣族ビケでしょうか…?


懐かしいですね…ドーヴァの王都周辺に群れが出現した時に、カカ様と一緒に戦ったんでしたっけ。お鍋が美味しかった記憶があります。


それにしてもフェネックはやはり追撃をしてこない、悪あがきの槍投げすらも躱され…その表情には微かに絶望を感じる。


「クソッ…こうなったら…、 “ピィー!” 」


「 “クギャッ…!” 」


笛の音に反応した爬虫類リザードが1匹こっちに向かって走ってくる。このまま襲い掛かってくるのか、それとも背に乗るつもりなのか…。いずれにせよ傍観はしません…!


爬虫類リザードは予想以上に動きが素早いので、迅通弾じんつうだんを高速装填し、下手に動かれる前に脚を撃ち抜いた。


右脚を撃たれた爬虫類リザードはよろよろとしながらも、素直にフェネックのもとへ向かおうとしている。


少し罪悪感を感じますが…これはまごうことなき戦い…、わたくしはもう一発の迅通弾じんつうだんを左脚に撃ち込んだ。


両脚を撃たれたことで爬虫類リザードは完全に動きを止めた…。可哀想ですが…威力弱めな迅通弾じんつうだんですので、内部へのダメージは少なく済んでいると思います…。


「貴様ァ…! 心がないのかァ…! この…腐れ外道がァ…!!」


そう言っていよいよフェネック自らが距離を詰めてきた。しっかし散々な言われようですね…自分達のことを棚に上げてよく言えたものです…。


フェネックは腰から短剣を手に取り、無我夢中で振り回しだした。訓練を受けたことのない素人の短剣さばき…まるで脅威ではありません。


無駄のない動きで短剣を避けながら、落ち着いてゴム弾を装填。すねに蹴りを入れ、怯んだ一瞬の隙に後ろへ跳んで引き金を引いた。


「〝志士の銃撃サーヴァ・ショット〟…!!」


「グアアアアッ…?!!」


放たれたゴム弾は腹のど真ん中に命中し、衝撃でフェネックの体は後方へぶっ飛んだ。砂の上を転がり、白目をむいて動かなくなった。


能力は厄介でしたが、やはり大した相手ではありませんでした。もっと実力のある方が相手だったら…結果は逆になっていたかもしれません…。


「采配がちゃんとしていただけに…シンプルな実力不足が残念な結果を生んだ戦いになりましたね…。鍛えていて良かったです…」


ひとまずフェネックは気絶していますし、適当な岩陰に放置しておくとしましょう。あとで拘束して、いずれ憲兵に引き渡しましょう。


それよりも加勢です加勢…! まだニキ様とベジル様が戦っておられますし、無傷で倒せたのでまだまだ元気です…!


ニキ様は2対1で戦っておられますが…その2人もこのフェネックと同等の実力であるなら、ニキ様であれば苦戦はしない筈です。


となれば加勢すべきはベジル様の方…! あの砂險鮫巨大ザメを1人で相手するのは無理がありますでしょうし…サポートの有無は大きく違う筈です…!


よしっ、ベジル様に加勢しに行きましょう…! 大丈夫…これはニキ様を信頼してのこと…! ニキ様はあんな連中に遅れをとったりしません…!


信じて待っていますから…! 頑張ってくださいニキ様…!!








<〔Perspective:‐ニキ視点‐Nikhi〕>


「ニー!〝纏哭てんこく〟!!」


「ブベェェ…?!!」


「ニィィ…?!! 熱い熱いニ…!!」


簡単な説明…! ニキは戦闘開始からずっとリュックハンマーで応戦してたけど、うっかり手が滑っちゃってリュックがなくなったニ…!


しかもそのリュックを守るように2匹の爬虫類リザードが陣取ってて…バトルリュックすらも押さえられちゃったニ…。…テヘッ☆


だからこうして拳一つで戦っているけど…物凄い弊害があって大変苦戦してるニ…! なんか知らないけど拳が燃えそうなくらい熱いニ…!


采配がちゃんとし過ぎてて恐ろしいニね…、そんな相手と戦ってるアクアスの方も心配ニ…。砂險鮫バカでかザメと戦ってるベジルも心配だし…ニキがちゃんとしないとニ…。


っそろしい怪力だけど…ウチ等の能力が効いてるッスね…! このままじわじわとっちまおーッス…!」


「そ…うだね…、めっちゃ痛いけど…我慢してれば…勝てそう…──かな…?」


「ニキ相手に〝我慢〟なんて無駄ニよ…! ぶっ倒れるまで何度でも殴り続けてやるニ…! 殺さないけど…滅殺滅殺めっさつめっさつニ…!!」



──第53話 実力不足〈終〉

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