第52話 通せんぼ

“「──大丈夫だ悪いようにはしない、全部私に任せろ。──何の不自由もない…新しい生活を与えてやる──」”


「カカ…様…、カカ…さ…──んぅ…?」


<〔Perspective:‐アクアス視点‐Aqueath〕>


目を覚ますと…どこか真っ暗な場所に居た。なんだかとても長く…それでいて懐かしい夢を見ていた気がする…。


ここは…どこでしょうか…? ニキ様と一緒にベジル様の砂上船に乗った記憶はありますが…、そこから先がぼんやりとしてます…。


えーっと確か…ニキ様が今後の動きについての説明をしていて…、それから周囲の見張りをしていた筈なのですが…その先が思い出せないです…。


っというかここは…!? なんだか凄く狭くて…ちょっと肌寒い…。体のあちこちに何かが当たっている感触がある…。


膝も曲がったまま伸ばせないですし…、一体ここは…──むむっ…?


上を見上げると、隙間から微かに光が差し込んでいるのが見えた。いまいち状況が理解できていませんが…、とりあえず手を伸ばしてみる…。


グッと手を伸ばすと、蓋らしき布がペラッと捲れて夜空が覗いてきた。外からは話し声と、パチパチと焚き火のような音が聞こえる。


“ひょこっ…”


ひょこっと顔出すと、何故か砂上船の上ではなく…大きく複雑な形をしている岩に囲まれている場所に居た。


焚き火はあるものの誰の姿もなく…状況が全然理解できないままポカーンとしていると…、そびえ立つ岩の奥からベジル様が出てきた。


「んっ? おう頭巾っ、ようやくメイドが起きたぞ」


「えっ! ああ~アクアスー! 目覚めて良かったニ! 体調はどうニ?!」


ベジル様が岩の奥に声を掛けると、猛ダッシュでニキ様も姿を現した。ニキ様は目が合うや否や、わたくしの方に駆け寄ってきて心配そうな眼差しを向けてきた。


おでこに手を当て、ほっぺをむにむにされた…、これで一体何が判るのでしょうか…。とりあえずニキ様にお願いをして、ここから出していただいた。


むむっ…まさかニキ様のリュックの中だったとは…、よく入りましたね…。わたくし身長5フィート4インチくらいありますのに…。

※アクアスの身長=161.7cm


「あの…一体何があったのですか…? いまいち記憶がはっきりしておらず…」


「かなり危ない状態だったからしょうがないニね…、全部説明するニ!」




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




「大変ご迷惑をお掛けしました…本当に申し訳ありません…」


「気にしなくてもいいニよ…! 親友として当然のことをしたまでニ…!」


ニキ様の処置のおかげで体調は復活し、ニキ様は優しく慰めてくれましたが…その後しばらくは深々と土下座をしてきっちり謝罪の言葉を述べた。


ニキ様はカカ様の捜索に力を尽くしてくださっているというのに…さらに余計な負担を掛けてしまうなんて…、メイドたる者の恥です…。


「謝罪の時間もほどほどにしろよ…? どんどん夕食が遠のくぞ」


「そうだったニ、まだ解体作業の途中だったニ」


「解体作業…?」


気になってニキ様の後を追うと、岩陰には何やら巨大な生物が横たわっていた。黒と黄色の羽毛をしたニワトリらしき生物…もう死んでいるようです。


なるほど…この生物を今夜の夕食にしようってわけですね。わたくしが寝ている間に仕留めたのでしょうか…、むむむ…わたくしもお役に立ちたいです…。


「ニワトリの解体なんざ初めてだから…これが合ってるのかも分からねえな…。そもそもコイツは食えんのか…?」


「う~ん…どうだろうニ…、内臓を見てみないことには始まらないニ…」


「あっ! でしたらわたくしが解体致しますっ! お任せくださいっ!」


これは絶好の挽回のチャンス…! まずはニワトリの羽毛を全てむしってから、内臓を傷付けないよう慎重に胸辺りに切れ込みを入れる。


手で左右に少し開いて、肺の有無を確認。肺があれば動物、魔胞まほうと呼ばれる臓器があれば魔獣。魔獣のお肉は食べれませんから要注意です。

※正確にはのではなく、食べても栄養が摂れず、消化不良も起こす。


「さてさて結果はどうだろニ~? あっ! これ肺じゃないニ?!」


「苦労が無駄にならなくて良かったぜ…」


そうと分かってしまえば、後は素早く手羽と足を落として内臓を抜いて、各部位を丁寧に切り分けていく作業。


大物なだけあって、可食部はかなり多い。これなら大人3人も充分お腹いっぱいになれる筈、貴重なタンパク源ですっ!


「ところで何故ニワトリを…? 食糧なら砂上船の積荷にあるのでは…?」


「この頭巾がどうしても砂漠に生きてる動物を食べてみたいって聞かなくてな…」


「ニキは初めて来た場所では必ず、そこに生きる動物を食べるって決めてるのニ♪ 旅商人の楽しみは何も商売だけじゃないのニ♪」


思い返せばグラードラ草原でもそうでしたもんね…、岩背蟹オオイワショイクラブの脚を3人で食べたのは良い思い出です…。


「とりあえず解体はこれで終わりですね。すぐに夕食の準備を致しますので、もうしばらくお待ちください」


「おうっ、期待してるぜ」


「美味しいの頼むニ~♪」




         ─メイド、料理中─

     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




【メニュー】

・鶏肉の豪快焼き ─スニルルを添えて─


・串焼き三種盛り ~レバー、ハツ、砂肝~


・砂漠原産サラダ



「よくもまあ…砂漠のど真ん中でここまでの料理もんを…」


「流石アクアスニ~♪ 味付けもめちゃうまニ~♪」


限られた調味料だけで作ったには美味しく出来た。これをカカ様にも食べさせることができたなら…、そう抱きながら料理をパクリッ…。


カカ様は今頃何をしているのでしょう…、ちゃんと夕食をとっているでしょうか…。ただひたすら寒さに凍えていなければよいのですが…。

※カカ現在嘔吐中…


「ベジル様、わたくし達は今どの辺りまで来たのですか…?」


「そうだな、大きなトラブルはあったが…頭巾のおかげで大した足止めはくらわなかった。順調に進んでるなら、明日の昼前には南側に入るだろう」


「ようやくニね…! 邪魔する生物やつは全部ぶっ飛ばして、速攻でカカを見つけて出してやるニ…! その為にも沢山食べて英気を養うニよ…!」


やる気満々なニキ様は、焼かれた鶏肉にかぶりついた。どんな状況であっても決して自分を崩さない姿は…なんだかカカ様と似て見えた…。


そんなニキ様を見ていると、不思議と少しだけ元気が湧いてきた。わたくしもニキ様に倣って鶏肉にガブリッ。


「若ェもんは元気だな…、飯食ったらさっさと寝ろよ…? 昼行性の生物が本格的に目覚める前に、できる限り進んでおきてェからな…」


「任せろニー! ぐっすり寝るのは大得意ニ~!」








──明昼あかひる -サザメーラ大砂漠 南側-


昨日は早めに寝ただけあって、全員がかなり早起きをした。おかげであした頃には出発することができ、ベジル様の予想通り昼前には南側へと到着した。


それからオアシスを目指して真っ直ぐ砂の上を進んでいましたが、流石に危険地帯なだけあって…道中二度も巨大な生物に襲われた。


今のところ弓砲バリスタやニキ様の尽力のおかげで事なきを得ていますが…いつどんなトラブルに見舞われるか分からない…。


「もうじき1つ目のオアシスに着く…! 引き続き見張りを頼むぞ…!」


「頼まれたニ!」


ベジル様曰く、1つ目のオアシスにはそこまで時間をかけずに着けるそうで、トラブルに見舞われなければ今日中に2箇所回れるらしい。


厄介なトラブルが起きないことを切に願いながら、折畳銃スケールのスコープを覗く。お願いですから何も現れないでくだ…──むぅ…?


遠くに見える岩の上に、長い首と細い尻尾をもった二足歩行の爬虫類らしき生物が4匹…。サイズはそこまで大きくないが…気になるのはそこじゃない…。


爬虫類の背中に…がまたがっている…。茶色いローブを身に着けた人型の生物…、知性生種ちせいせいしゅ…?


影のせいで頭部が見えませんが…、4体の内1体は手に望遠鏡らしい物を持っていて…同様にこちらの様子を覗いているように見えた…。


「ニキ様…! あれを見てください…!」


「どうしたニ…?! 何か見つけたニ…?!」


すぐにニキ様を呼んで確認をしてもらう。こういう時わたくしにはどうすべきか分かりませんので…ニキ様に判断を委ねます…。


「どれどれー…──どれニ…? 何にも居ないニよ…?」


「えっ…!? そんな筈は…!」


急いでスコープを覗き込むと、ニキ様の言う通り…岩の上には既に何も居なかった…。確かにこちらを覗き見ている何かが居たのに…。


ひとまずさっき見たことを詳しくニキ様に伝え、周囲の見張りに戻った。陽炎と見間違えたのでしょうか…? それとも原住民なのでしょうか…。


ベジル様に聞いてみるも、南側に知性生種ちせいせいしゅが暮らしているなんて有り得ないとのこと…。一層不安が頭を染める…。


「見えたぞォ…! 1つ目のオアシスだっ…!」


砂上船の先に目をやると、確かに小さく緑が見えた。スコープで一足早く覗き見るが…人影も狼煙らしきものを見えはしなかった…。


木々や岩などの障害物に遮られている所に居ると信じるのみ…──。



──明昼あかひる -サザメーラ大砂漠 南側-


「カカ様ー!! カカ様いらっしゃいますかー?!!」


「ニー…どうやらここには居ないみたいニね…」


オアシス中をくまなく捜すも…そこにカカ様の姿はなかった…。1つ目で見つかるなんて虫のいい話はないと思っていましたが…、中々心にくるものがあります…。


まだ1つ目ですが…、日が経てば経つほど生存率が下がるとあっては…どんどん焦りの気持ちが前に出てきてしまう…。


ここでしっかり切り替えなくては…また炎帯症えんたいしょうに陥って迷惑を掛けてしまいます…。それだけは回避しないと…。


「居ないならそろそろ行くぞ…! そうすりゃ入相前に2つ目に着ける…!」


「次に期待して前向きにいこうニ! まだまだ猶予はあるニよ!」


「そうですね、頑張りますっ! 絶対に見つけ出しましょう!」


もう昨日のように終始ネガティブなわたくしはいません…! 絶対に見つけ出すという信念を持って前へ進みます…!


最後に何か見落としがないかを軽く見渡してから、ニキ様達のもとへ駆け戻った。3人で今後の動きを確認しながら砂上船へと歩いて行く。


「──そこで止まれ…! 全員動くな…!!」


「…っ?!」


砂上船へ戻ろうと歩いていたその時…突如女性の声が聞こえ、背に人を乗せた二足歩行の爬虫類が進路を塞いだ…。


それはスコープから見えたあの爬虫類…頭数も完全に一致…。背に乗る何者かは…全員剣を抜いて明らかな敵意を示している…。


「ニキ達に何の用ニ…! ってか何者ニ…!」


ニキ様がビシッと指を差して尋ねると、背に乗る4人は少し間を開けてから同時に被っていたフードを脱いだ。


4人共額に一角族ホコスの角はなく、顔全体を毛皮が覆い、頭頂部付近には動物の耳があった。それを見た瞬間に確信した…、面倒なことになるのだと…。


「我らは泣かぬ子も泣き出すサイアック獣賊団…! 急で悪いが…その船は我々がいただく…! 抵抗すれば容赦なく殺す…!」


「ゲッ…アイツ等ニ…」


まさかこんな所でも遭遇してしまうとは…なんて神出鬼没な方々なのでしょう…。しかもなんて迷惑な要求を…、砂上船をよこせだなんて…。


こんな砂漠のど真ん中で足を失っては…カカ様を見つけ出すどころではなくなってしまいます…。絶対に渡すわけにはいきません…。


「あの船の船長は誰だ…?! ソイツには我々に協力してもらう…!」


「俺がそうだが、協力ってのはアンタ等を乗せて運べってことか…? ちょうど今この2人の依頼を受けてる最中だが、金額次第でそっちに付いてもいいぜ…?」


ベジル様の口から放たれた言葉に、ニキ様とわたくしは首を痛めそうな勢いで顔を向けた…。ベジル様が居なくてはカカ様捜索は難航してしまいます…。


せっかくニキ様が集めてくださったお金も…その努力も全て水の泡に…。どっ…どうにか引き留めなくては…。


「ふんっ…金次第か…。いくら希望だ…? 一応聞いてやるぞ…?」


「そうかい…なら、この2人から貰った依頼料の倍額と…迷惑料を加えて──全部で30万Rリートだ…! 払えねェならさっさと失せろチンピラ…!」


そう言うとベジル様はおもむろに背中へ手を伸ばし、背に掛けた大剣を取り出した。鋭い剣先は獣族ビケに向き、真っ直ぐな抵抗の意思が乗っていた。


すぐにわたくし折畳銃スケールを構え、ニキ様も拳を握った。ベジル様は依然こちら側、であればあの方々を倒すだけで万事解決です…!


「交渉決裂…後悔してももう遅いからね…! “ピィ! ピィィィィ!!” 」


敵対意思を向けると、女の獣族ビケは首から掛けていた小さな笛を力強く吹きだした。甲高い笛の音が…広大な砂漠中に響く…。


音が切れて間もなく…まるで地震かのように砂が揺れだし、獣族ビケ4人の背後から砂が舞い上がった。


「 “グルルラァァァァ!!!” 」


「なんか長くてデカいのが出てきたニ…!?」


「〝砂險鮫サムバミザメ〟だ…! 凶暴で肉食だから気を付けろ…!」


見るからに凶暴な見た目…なのに獣族ビケ4人には一向に襲い掛からず、その眼は常にわたくし達を映していた…。


これは手こずりそうですね…、本当に厄介な方々です…。


「〝フロン様〟の教えその一…! 邪魔する奴等は食い殺せェ…!!」


「 “グルルラァシァァァァ!!!” 」



──第52話 通せんぼ〈終〉

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