第51話 不運

──入相いりあい -サザメーラ大砂漠 南側-


「──でねでねっ! その時に砂の中でキラキラの石見つけたんだー!」


「凄いじゃーん、良かったね~」


ユク君をおんぶしながらオアシスを目指しているうちに、傾いた太陽の光が砂漠一面を銀朱色ぎんしゅに染めていた。


日が沈んでいくのに比例して、気温が下がってきている気がする。ユク君の話通りならば、そろそろオアシスに着いてもおかしくはない筈だけど…。


おんぶしながら歩くのも疲れてきた…、なんだって砂漠ってあんなに山あり谷ありなの…? おかげでやたら体力を消費しちまう…。


グラードラ草原を歩いた時の何倍も疲れ…──いやあんま変わんねえか…。あん時はひたすらナップに振り回されてたからな…。


「あっ! お姉さんあったよっ! ほらあれあれっ!」


「えっ…? ああっ本当だー…やっと着いたー…」


山を越えた先にやっと…砂でも岩でもないものが目に飛び込んできた。あれが噂に聞くオアシスか…、疲れてるからか凄く輝いてみえる…。


宵前に着けて良かった…、着いたら木の枝でも拾って火を起こさないと。あと夕食の食材も手に入れないとね、育ち盛りの子供にたらふく食わせなければ。




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




人生初となるオアシスには、数十本の木と広めの池があった。もう水筒も空になっていたので、ありがたく補充させてもらう。


さてさてそれじゃあ、まずはどっちから取り掛かろうかな? 火起こしか食糧の確保か…──んむっ…? あれは…。


夕陽のせいで見にくいが…池の反対側に何かいる気がする…。長くてたくましい角…ウシ科の動物だろうか…。肉食…じゃないよなきっと…。


どちらにせよこれは好都合…! 見るからにタンパク質豊富そうだし、女子供が充分腹を満たせるぐらいの可食部もあるだろう。


こういう時は即断即決、私は息を殺してゆっくりと牛に近付いていく。身を屈めながら池の外周をそー…っと移動し、水を飲む牛の背後に回った。


チャンスは一度…水を飲み終えて頭を上げた瞬間…! 後頭部に一撃入れて気絶させる…、できるだけ苦しまないように仕留める…。


息を静かに吐いて集中を研ぎ澄ませ、衝棍シンフォンを握る手に力を込める。もう少し…もう少し…──今…!


「〝華天かてん〟…!!」


狙い定めてぶん投げた衝棍シンフォンは、牛の後頭部に完璧にクリーンヒット。脳震盪を起こした牛はバタンッと倒れた。


気を失っただけでまだ生きているだろうが…私達が明日生きる為の糧になってもらう。名も知らぬ牛さん…命いただきます…。


辺りにちらほら落っこちている平べったい葉っぱを皿代わりにして、剝ぎ取った肉を並べていく。究極のサバイバル食で有名な肝臓と心臓も剝ぎ取る。


残った部分は衝棍シンフォンで遠くに打ち飛ばす。これやらないと肉食獣が寄ってきちゃうから仕方ない…、夜安心して眠れなくなる…。


なんやかんやで無事に食料調達は終わったが、辺りはもう薄暗くなってきている。気温もやや肌寒く感じてきたし…本格的に冷える前に火を起こさなきゃだ。


「遅くなってごめんね…! すぐに火起こすから…!」


「お姉さんおかえりー! ぼくねっ、いっぱい枝あつめておいたよっ!」


なんて気の利く良い子…! ユク君の頑張りを無駄にしないべく、私は手の皮が剥けるぐらいの勢いで木の棒を擦った。


手の皮を犠牲にする覚悟さえあれば、案外短い時間で火を起こせるものだ。手に包帯を巻いて、2人並んで暖をとった。あったけぇ…。


火のありがたみを感じながら、剝ぎ取った肉を木の枝に刺して焼いていく。めっちゃ豪快な直火焼きに、ちょっと気持ちが昂る…。


「でも夕食が肉だけってのも寂しいよね…、何か他にないものか…──おっ?」


キノコでもないかと周囲を見渡していると、辺りに生えている高い樹に果実が生っているのを見つけた。


衝棍シンフォンで軽く小突いて樹を揺らすと、ぼとぼと木の実が降ってきた。運がいい、食後のデザートにはもってこいだ。


リンゴ並みの大きさだが、その割にはずっしり重い。火の灯りで見た目を確かめると、真っ白な皮に赤い斑点模様と…少し不安を煽ってくる…。


「それ食べれるの? 変な色だよ?」


「うーん…ちょっと怪しいけど…、物は試しで食べてみるよ…」


ゲテモノは大抵美味いって酒場のおっちゃんがよく言ってるし…、万が一毒があっても私なら多分大丈夫な筈…。解毒薬もあるしね…。


覚悟を決めて謎の果実をひとかじり…、カリッと気持ちいい音に続いて口の中に広がるすっきりとした甘さ。果汁の量も中々、個人的にはリンゴより好き…かも…?


「うん…うん…、いけるいけるっ! きっとユク君も好き…──うぅ…!?」


飲み込んで間もなく…私は内側から襲ってきた不快感に胸を押さえた…。日常的に感じることのない圧倒的な不快感…。


手足に痺れ…はない…。視界も悪く…ない…。焼けるような痛みも…凍てつくような痛みもない…、この不快感の正体は…毒じゃない…?!


腹の底から込み上げてくるこの気持ち悪さは…まさか…!?


「うっ…うぅ…──ウヴェェエエエエエ…!」


「お姉さーーん…!!?」




          ※主人公嘔吐中

     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




「──お姉さーん、大丈夫ー?」


「うん…ありがと…、私のことは気にしないで沢山食べてね…」


これまでの人生の中で、ぶっちぎって歴代トップの嘔吐をかました私は…火の傍らでぐったりと仰向けで横になっています…。


胃の中身を全て吐き出し…もう吐くものなんて何も残ってないだろうに…、今もなお衰えない強烈な吐き気…。


当然食欲は消し飛び、逆に今食べ物を口に含んでしまったら…何が口から飛び出てくるか分かんない…。カエルみたいに胃を吐き出すかもしれん…。


ただの呼吸ですら凄く辛い…、深呼吸したらまた吐いてしまう…。グゥゥ…またもしくったなぁ…、毒ならと油断していた…。


そういえば本にも書いてあったような気がするな…、10人の砂漠調査隊の半数が死に至ったとかいう最悪の果実…。確か…〝ウパの実〟とか言ったっけ…。


オロロ…なんちゃらとか言う成分のせいで嘔吐症状が治まらず…、〝枯症かれしょう〟で命を落としたんだっけか…。 ※〝枯症かれしょう〟=脱水症状



 ≪ウパの実≫

乾燥帯の水辺にのみ生える〝ウパ〟という樹の果実。〝嘔吐誘発物質オロロテリン〟を多量に含んでおり、熟す前の果実には致死量が含まれている。熟すと成分の一部が甘い成分に変化する。



これいつまで続くのかな…、徐々に適応してくるとは思うが…毒じゃないから時間がかかってるな…。もしかして明日までずっとこれ…? キッツぅ…。


「お姉さんの分やけたけど食べる? えいようとらないとダメだよ?」


「でもお姉さんは大丈夫かな…、ユク君食べていいよ…」


「うん分かった…じゃあいただきまーす♪」


美味しそうに頬張るユク君の姿…充分栄養ですね…。今日はこの栄養だけを摂って眠りにつくとしよう…、起きたら元気になってることを祈るよ…。








──朝 -サザメーラ大砂漠 オアシス-


「ん~♪ 思ったより臭みがなくて美味しいね~♪」


「ぼく昨日食べたから知ってるよ? でも美味しい♪」


あの後何事もなく朝を迎え、私の中にあった吐き気はすっかり消え去っていた。清々しい気持ちと、胃が空っぽ故のキリキリした痛みを同時に感じた朝だった。


ユク君が起きるのを待ってから、私達は昨日の残りを頬張った。上に目を向けると、あのおぞましい果実がいくつも生っているのが見えて寒気がした…。


もう二度と食いはしないが…道具アイテムとしては使い道もあるかもしれない。ニキへの手土産として、1つポーチにしまい込んだ。


「さっ、食べ終えたら出発するよっ! 案内お願いねユク君っ!」


「うんっ、迷わずちゃんとあんないするっ!」


私達はお肉を平らげ、焚き火の後始末をしてからオアシスを離れた。ここから真っ直ぐユク君の集落へと南下し、到着は昼過ぎの見込みだ。


しかし…少しオアシスを離れただけでドカッと暑く感じる…。砂漠と言えどもやっぱ水辺があると多少涼しくなるもんなんだな…、暑っついわー…。


これ暑さに弱そうだったニキは大変だろうな…、炎帯症えんたいしょうとかになってなきゃいいけど…。まあアクアスがいれば心配ないか…。


「ユク君は暑くないの…? 全然息も切れないけど…」


「うんっ、ぜんぜんへっちゃらだよっ!」


凄いなー…砂泳族スウサは皆こうなのかな…? 砂って結構熱くなりがちだから…それに耐えられるように進化したのだろうか…。


もしユク君を雪山に連れてったりしたらどうなるんだろう…、静かーっに凍え死んじゃうんだろうか…? やらないけどね絶対。


「んっ! お姉さんっ! アレアレっ!」


「何…? うわわっなんだなんだ…!?」


ユク君が指差した右の方を見ると、何やら大型鳥類らしき生物が大群でこっちに走ってきていた。数十匹は居るだろうか…。


ユク君はすぐに砂の中へと避難したので、ひとまずそこは安心。あとの問題は私だけ…! 私はこっちに向かってくる大群に身構えた。


だが大型鳥類の群れはまるで私には興味を示さず、ことごとく脇を通り過ぎていく。まるでから〝逃げている〟かのように…。


「 “ズボッ!” お姉さんだいじょうぶだった?」


「なんとかね…、ただ嫌な予感がするかな…」


私がそう言うと、まるで答え合わせをするかのように…大きな咆哮が辺りに響き渡った…。向こうの砂山の奥に何かがいる…。


「ユク君…、砂の中に潜って私から離れてて…! 勝手に出てきちゃダメだよ…!」


ユク君は私の指示に素直に従い、すぐに砂の中に潜って距離を取った。これで周囲を気にせず戦いに専念できる…!


衝棍シンフォンを手に取って集中を高めていると…咆哮の主が砂山の奥から姿を現した…。


巨大な狼のような姿をしており、全身は麦藁色むぎわらいろに染まっている。その体はトゲのような甲殻で覆われ、その眼には明らかな敵意があった。


「見るからにヤバそうなヤツだな…、狩る気満々って感じだぜ…」


「 “ゥオオオオオオオンッ!!!” 」

< 魔獣 〝黄棘狼おうきょくろう アクスヴォル〟 >


獲物を見つけたと喜んでいるのか…空に向けて大きな咆哮をあげている…。もう腹を満たせるつもりでいやがるのかァ…? 舐めやがって…!


かなりデカいが…こっちはオマエよりもずっとヤバい魔物存在と戦ったんでね…! 返り討ちにしてやるよ犬っころ…!


咆哮を終えると、狼は一切の様子見をせずに飛び掛かってきた。完全に敵じゃなく餌としか見てねえなこれ…、でも好都合…!


大口を開けて噛み付いてきたのを右に避けて、返しの一撃を左頬にお見舞いした。見た目通り硬い甲殻だが…衝撃は内側に響いて破壊する…!


「 “ゥアアアンッ…?!!” 」


まだまだ倒れるようなダメージではないだろうが、狼は驚いたような鳴き声をあげて距離を取り…低い唸り声をあげながら睨んでくる。


トゲの甲殻とかいう見るからに隙の無い鎧で身を覆う生物だ…〝痛み〟に慣れてないのは明白。しかもこういう生物は他に厄介な能力がない場合ケースが大半。


防御無効の攻撃を与えられる衝棍シンフォン使いの私にとっては、これ以上ない程に相性の良い相手…! こっちには能力チカラもあるしな…!


「さあさあどうしたァ…! 尻尾巻いて逃げ出すんなら見逃してやるぞゴラァ…!」


むしろさっさと逃げてほしいから追い打ちのガチ威嚇、盗賊団も泣いて逃げ出すレベルでしょこれは。ユク君には見せられない…。


「 “グルルルルッ…──ウォンッ…!!” 」


「うおっ…!? マジか…?!」


敵わないと知って逃げ出すと思ったのに…むしろ牙を剥いて敵意全開…。狼は高く上に跳ぶと、着地と同時に砂を巻き上げた。


目眩まし…!? コイツ結構知能高めなのか…!? ニキみたいな直線脳筋タイプだと思ってたのに…これは少し手こずりそうだな…。


高く舞い上がった砂は巨大な壁のように視界を遮り…狼の姿は完全に見えなくなった…。こっちの居場所は臭い…匂いで多分把握されてる筈…。


“──キーン…!!”


予想通り〝音〟が聞こえ、私は身構えた。〝音〟のする方向は…上…上…!? 咄嗟に斜め上に顔を向けると…〝音〟で知った通り狼が飛び込んできた。


体を丸めてトゲトゲしい背中で串刺しにしようとしている…、流石にこれはカウンター不可能…回避を優先…。


素早い判断のおかげでなんとか串刺しは回避できた…、あんなの食らったら即死だぞ…。しかも起き上がりが速くて反撃にも転じづらい…。厄介だなあの攻撃…。


今度はさっきと打って変わって、私の方が距離を取った。生餌にするのを諦めて本気で殺しにきてるな…、どうにか打開策を考えないと…。


「どうすっかな…──わっ…!? 何っ…!?」


頭を必死に回していると…突然私の左脚に何かがしがみついてきた…。驚いて視線を落とすと、そこには離れていた筈のユク君の姿があった…。


「ダメだよユク君…! 危ないから離れてて…! 絶対負けないから…!」


「ちがうのっ! がこっちに来てるのっ! すごく大きいのが来てるのっ!!」


“ズドーーンッ!!!”


ユク君がの存在を教えてくれたとほぼ同時に、狼のすぐそばで爆発にも似た勢いで砂が巻き上がった。


ユク君に視線を向けていたせいでの正体は見えなかった…。だが巻き上げられた砂の勢いからして…相当のデカさだと分かる…。


「 “ゥアアアアンッ…?!! ゥオオオオオンッ…?!!” 」


何も見えない砂の向こう側から聞こえてくるのは…ただひたすらに狼の悲痛な鳴き声だけ…。舞い上がった砂の奥で…見えないが暴れている…。


ぼんやりと見える影からしても…遥かに狼を超える大きさ…。私は恐怖に震えているユク君を抱き上げて、急いで身を隠せる場所まで走った。


砂から突き出した岩の陰まで避難し、すぐに走ってきた方向を覗き見た。今もなお激しく暴れているせいか…一向に舞い上がった砂は晴れない…。


“──ボスンッ…!!”


「うおっなんだ…?! ゲッ…見ちゃダメ…!」


突然空から飛来してきたそれは…食い千切られた狼の足だった…。これだけでも相当の重量はあるだろうに…、あそこから私達のそばまで飛んできたとは…。


シヌイ山の魔物を凌駕する程の馬鹿力…、あの得体の知れない謎の存在…まさかな…。いや…無くはない…、むしろ可能性は高い…。


となれば今だけは絶対に戦いたくない…、まるで準備が整っていない…。今戦闘になれば確実に…最悪無関係なユク君まで殺される…。


下手に逃げて勘付かれたらお終いだ…、今すべきことは…ただ見つからないことを祈ってジッとするのみ…。


岩陰から静かに様子を見ていると…、ピタリと音が止み…徐々に砂も霧散していった。そこに生物の姿はなく…、赤黒く染まった砂のみが見て取れた…。


確実にあれは狼の血…ならやつはどこに消えたのか…。出現した時と同様に砂に潜ったのは間違いないだろうが…、どこへ行った…!?


嫌な静けさが辺り一面に充満する…、陽炎が不安を誘うようにゆらゆらと揺れている…。灼熱の砂漠だというのに…背筋が凍りそうな程の緊張が全身を覆う…。


「お姉さん…手にぎってて…」


「えっ…何するの…?」


私は言われるままにユク君の手を握ると、ユク君はゆっくりと砂の中に沈みだした。あっという間に肩から下までが砂に埋もれ、ユク君は何かを探っている様子。


「──うんとね…多分もうどこかに行っちゃったかも…、何も感じない…」


「そ…そうなの…? 本当…?」


ユク君曰く、周囲の振動を背ビレで感じ取ることができるそうで、今私達の周辺で移動している生物はいないらしい。


思えばあの狼が襲われるよりも前に、ユク君は私に何かの接近を告げていたもんね。それなら充分信用に値する。本当にどこかへ行ったのだろう。


そう分かった途端…全身からドバっと緊張感が抜け出したのを感じた…。今のはかなり危なかった…、死を身近に感じた…。


少し休みたいけど…これは早いとこ集落を目指した方がいいだろう…。私はユク君に先を急ぐと告げた。


さっきの恐怖が抜けきっていないのか、ユク君は今も手を握ったまま。周囲に注意を払いながら、私達は横並びで集落へと歩を進める──。



──第51話 不運〈終〉

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