第49話 襲い来る自然と異変

ノッセラームを出発した砂上船は、今のところ順調に前へ前へと進めている。それらしきアクシデントも特になしっ! 実に好調ニ!


後ろを向けばもう街は見えず、四方八方は砂だらけ。時々突き出した大きな岩がある程度で、ほとんど景色は変わらない。面白くない…。


「ってなわけで作戦会議でもしようニ。可能な限り効率良く砂漠を渡って、できるだけ早くカカを見つけ出すのニ!」


「そうは言いますが…広大な砂漠を端から端まで捜していては手遅れになってしまいます…。いくつかポイントを絞って捜索しないと…」


「ニー…それはそうニけど…、カカの動きを大体でも予測できなきゃ難しいニ…。むむむっ…ちょっと頭の中で考えてみるニ…」


砂漠のど真ん中…1人で遭難…、周囲に助けは呼べない…。普通の人だったら焦り散らかしちゃうだろうニけど…、カカ…が取り乱す姿は想像できないニね…。


きっと「あちゃ~」くらいにしか思ってないニ…、っとするならカカはその後どんな行動と思考をするかニ…。


カカは地図を念入りに見てたから…ニキ達が流された方向に街があるのは把握している…。っとなれば…ニキ達がそこへ向かうと思いついてもおかしくないニ…。


街にさえ着ければ、助けを求めるなり移動手段を手に入れることができる。そこまで思考できてると仮定するならば…、カカの取る行動は…ズバリ…!


アクアス達が助けに来るんだから、私は見つけやすい場所に移動しましょうかね~って考えて絶対行動に移すニ…!


「よ~しっ! それならニキ達は砂漠で目立つ場所を片っ端から巡ればいいニっ! そうすれば図らずともカカと再会できるニっ!」


砂漠で目立つ場所と言えばー、定番なのはオアシスと遺跡よニー。サザメーラ大砂漠は岩が少ない点を考えれば、岩場も結構目立つニっ!


じゃあ〝オアシス〟、〝遺跡〟、〝岩場〟の3箇所にチェックを入れて、効率良く回れるルートを模索するニっ! さあさあチェック…チェック…──


ニキは意気揚々と地図を広げてマークをつけようとしたけど…、思わぬ誤算…地図の南側に一切の記載がないニ…。


「え~!? せめてオアシスの場所くらい記載されててもいいんじゃないニ…!? なんニこの不親切な地図は…?! 書いた奴しばきたいニ…!」


「しょうがねえんだよ…あれこれ記載をつけちまうと、興味本位で南側に行こうとする奴等が増えるからな…。危険地帯に興味を抱く奴を減らす為の処置だ」


ニー…せめてオアシスの場所だけ若干色を変えてくれるだけでもしてほしかったニ…。これじゃあカカの心理を予想した意味ゼロニ…。


「だが…オアシスを目指すってんなら、大まかな場所は分かる。全部ではねえが、迷わず進むことはできるぞ」


「なんと…?! それはバチボコに朗報ニ…! ──でもなんで知ってるニ…?」


地図に載ってない場所に迷わず行けるってことは…少なくとも1回以上はそこに行ったことがあるってことよニ…?


でも南側は基本誰も近寄らないチョー危険地帯…、どういうことニ…? 前にもニキ達みたいな客がいて…南側に来たことがあるニ…?


「俺は昔ハンター稼業をやっててな、そん時に何度か訪れたことがあるんだ」


「へぇー、じゃあなんでハンター辞めちゃったニ?」


「辞めた理由…か…、まあ色々あってな…」


辞めた理由を尋ねられたベジルは、質問に答えることはなかった。今まで色んな人と出会ってきたニキにはなんとなく分かるニ…、だからこれ以上踏み込まない…。


今は捜索のことだけ考えるよう。真っ直ぐオアシスに行けるならばあちこち探し回らなくて済むから、時間を大幅にカットできるのは嬉しいニ。


遭難から3日経つと…生存率がドカッと低下しちゃうからニ…。砂漠となればもっと早く低下する可能性も大いにあり…、ゆっくりはできないニ…。


カカがオアシスに辿り着くと信じて…ニキ達も各地のオアシスを回るニ…! 完璧な計画…! っていうか他に浮かばないニ…!


計画が決まったからには、今ニキ達がすべきことは周囲の見張りと戦いの準備…! 危険生物が襲ってこようもんなら、ニキ達で撃退してやるニ…!


トラブルに巻き込まれて進めなくなるのが一番マズいからニ…、ノートラブル・ノンストップで行きたいニ…。


「アクアスー、そっちは異常ないニー? ──アクアス…?」


左舷側の方を見に行ったアクアスからの返答がなく、気になって振り向くと…そこにアクアスの姿はなかった。


靴紐でも結んで──いや…結びながら返事することなんて造作もないことだよニ…。じゃあアクアスはどこニ…?


この小型砂上船は平べったいから船内がない…。あるとすれば船尾側に取り付けられたオーニングくらいだけど…、木箱が置かれてて隠れるスペースもない…。


日差しは未だ強いままなのに…気持ち悪い冷や汗が出た…。心臓を掴まれているかのような不安…、纏わりつくような嫌な予感…。


すぐに左舷側に駆け寄って周りを見渡すと…嫌な予感が的中…。そこには弓砲バリスタの傍に倒れているアクアスの姿が…。


「アクアス…?! アクアス…?!!」


「おうっどうした…?!」


倒れているアクアスを優しく抱きかかえるも…応答がない…。浅い呼吸のまま…腕の中でぐったりとしている…。


軽く揺すってみたり…声を掛け続けてみても一向に変化はない…。どうしていいか分からず…頭の中がぐるんぐるんしちゃうニ…。


そこにベジルも駆け付けると、ベジルはアクアスの様子を一目見て何かを察した様子で、スッ…とアクアスの首筋に指を当てた。


「こりゃあ〝炎帯症えんたいしょう〟の症状だな…、すぐに冷やさないと最悪手遅れになるぞ…」

※〝炎帯症えんたいしょう〟=熱中症


炎帯症えんたいしょう…!? そんな…だってアクアスは人族ヒホニよ…!? 砂漠の暑さにだって多少は適応できる筈ニ…!」


人族ヒホのことは知らねえが…精神的負担による免疫力の低下も充分あり得るだろ…? いずれにせよこの症状は炎帯症えんたいしょうで間違いねえ…」


そんな…、確かにカカと離れ離れになった時から…アクアスに元気がないのは感じてたけど…、まさかこんな状況になるとは…。


ずっと無理してたなんて…、今まで一緒に居てて気付けなかった自分が恥ずかしいニ…。なんとかしなくちゃ…。


「どうする…? 今ならまだ街に戻れるぞ…?」


「──そうニね…、ここは一旦戻った方が懸命…」


“ガシッ…!”


身を案じて一度街に戻ろうと決心した瞬間、アクアスは抱きかかえるニキの腕を掴んだ。ほとんど力は入ってないけど…強い意志を感じるニ…。


「ダ…メです…ニキ…様…、カカさ…まを…見つけ…」


必死に絞り出した途切れ途切れの言葉…、自分だってめちゃめちゃに辛い筈なのに…一切ぶれることなくカカを想い続けるなんて…。


アクアスの身を案じるなら街に戻るのが最善…、でもアクアスの気持ちに応えてもあげたい…。決して混ざり合わない2つの意思がぐるぐる頭の中を渦巻く…。


ニキが葛藤している最中も…アクアスは今もニキの腕を掴んだまま離さない…。それを見てようやくニキは決心を固めた。


「このまま進もうニ…、街には戻らず…予定通り南側へ…!」


「いいのか…? そのメイド…相当危険な状態だぞ…?」


「アクアスはニキがなんとかするニ…! 絶対死なせないニ…!!」


アクアスを一度ベジルに託し、ニキは背負っているリュックを下した。上半身を突っ込んで中身を整理し、充分なスペースを確保。


ベジルからアクアスを受け取り、足先から慎重にリュックの中に入れていく。やがて全身がすっぽりとリュックに収まった、これで日陰問題は解決っ! 次っ!


ニキは再びリュックに上半身を突っ込んで、とある素材アイテムを取り出す。しかし取りづらいニ…アクアス入れる前に取り出すべきだったニ…。


苦労しながらもなんとか取り出せた素材アイテムは、結紐で縛っているとある植物の根っこ数本。


「なんだそりゃ…根菜か…?」


「これは〝ハッカウッド〟って言う樹の根っこニ。これで熱の籠ったアクアスの体を冷えっ冷えにしてやるのニ…!」



 ≪ハッカウッド≫

寒冷地にのみ原生している常にひんやりとした樹。白い枝と幹に青白い葉っぱが特徴で、根に酸素を溜め込む特性がある。



ニキは根っこを1本手に取り、ナイフで小さな切り込みを複数入れた。こうすることで溜め込まれたひんやり酸素が外に放出されるニ。


そしたら後はこれをリュックの中にポイッするだけ…! これだけでリュック内が冷えっ冷えになる…筈…多分…。


どれだけ涼しくなるかは分からないニけど…外よりかは絶対涼しくなる筈。リュックの中でこまめに水分を取っていればきっと良くなる…っと信じたいニ…!


「ひんやりしなくなったら遠慮しないですぐに言うニよ~! じゃんじゃかじゃんじゃん補充するからニ~!」


「ありがとう…ございます…」


ニキは背伸びをしてアクアスをなでなでしてからリュックを閉じた。ニキが異変に気付けなかった分、ちゃんと挽回しないとニ…!


それになによりこの状態のまま放置してたら…合流できた時にカカにぶっ飛ばされそうだからニ…。


ニキは医師でも薬師でもないから…100%大丈夫とは言えないニけど、ひとまずこれで街まで引き返す必要はなくなったニ。


リュックは積荷と一緒にオーニングの下に置いておき、ニキは右に左に動きながら周囲の偵察に戻った。


アクアスが戦えない状況いま…遠距離での迎撃で追っ払う手段が弓砲バリスタしかないニ…。ニキの腕で当たるか不安ニね…。


「これ試しに1発撃ってみてもいいニ?」


「まあ別にいいが…1発だけにしとけよ…? 砲矢つづやも火薬もタダじゃねえからな…」


許可を得たので早速実践ニ! 狙うは…西の方に見える突き出した岩。まあまあの距離があるニけど、どれくらい飛ぶか把握する必要があるからニ。


動く砂上船の上から、よ~く狙いを定めて発射…! 物凄い速度で空に飛び出した矢は、瞬く間に船から遠ざかり、勢いよく砂の上に突き刺さった。


「随分と盛大に外したな…、フォローできねえレベルだ…」


「ニー…やっぱりアクアスでなきゃ扱えないニ…」


襲ってくる生物がいたら近距離で対処するしかないニね…、もしもの時は思いっ切りぶん殴ってやるニ…。


あっそうだ、今のうちにバトルリュック取り出しておくニ。流石にアクアスを入れたままメインリュックを振り回すのは気が引けるからニ…。


“──ガウンッ…!!”


「うわわわっ…!? 何事何事ニ…!?」


上半身を突っ込んでる最中…突然砂上船が大きく揺れた。ニキの体はリュックから放り出されて、甲板に尻餅をついた。


周囲を見渡すも敵影はなし…さっきの大きな揺れが何だったのか分からない…、でも普通でないことは確実ニ…。


「今の揺れは何なのニ…?!」


「さあな…、船底を何かに突かれたみてェだが…」


一気に緊張感が場を包み込む…。この揺れの原因が生物ならなんとかなるかも…、砂上船の真横に出てきてくれれば遠慮なく殴れるニ。


でもこれ船底から攻撃され続ければ一巻の終わりじゃないニ…? こっちから手出しのしようがないもんニ…。


“ボシュンッ…!”


左舷側から聞こえた何かの音…、咄嗟に目を向けると…何かが砂中から勢いよく飛び出していた。人並みサイズのトカゲらしき生物…あれが揺れの原因ニ…?


宙に浮いたトカゲに意識を向け、拳を力強く握りしめた瞬間…今度は右舷側や船首の方向からも同様の音が聞こえた。


周囲に目を向けると…同じトカゲが何匹も宙を舞っていた。この奇妙な光景…見覚えがあるニ…! 初めて砂漠に足を踏み込んだ時に見たあれニ…!


まるで真下から大砲を撃たれてるかのような感覚…船が揺れる揺れる…。必死に揺れに耐えていると…大きな衝撃と同時に砂上船が大きく左に傾いた。


そのまま持ち堪えることなく砂上船は転覆し…ニキ達は砂の上に投げ出された…。砂だからそこまで痛くはないニけど…シンプルにあっちいニ…。


「って熱さに悶えてる場合じゃないニ…! アクアスー! 大丈夫ニー?!」


力なく砂の上に転がるリュックに駆け寄って開けると、アクアスは何が起きたのか分からない様子…。とりあえず無事そうなので一安心ニ。


次にベジルのもとに向かうと、ベジルもなんなく立ち上がって砂を払っていた。全員無事、不幸中の幸いと呼べる結果で良かったニ。


でも砂上船は転覆し…がっつり斜めに倒れてしまっているニ…。積荷も全部投げ出されてちゃってまあ…、中々に大惨事ニ…。


辺りにはさっきのトカゲが転がっていて、慎重に近付いてみるも…トカゲは全て死んでいた…。なんちゅう地獄絵図…えっ世界の終わり…?


「ベジル先生~、これって何が起きてるんですニ…?」


「〝ヒット・モンテ〟っつってな…? 砂中で死んだ生物の体内にガスが溜まって、砂上に勢いよく浮き上がる現象だ」


おお~、凄く砂漠っぽい現象ニ…! だけど砂上船をも転覆させるって相当な威力ニね…、万が一に直撃でもしたら余裕で骨折しちゃうかもしれないニ…。


「滅多に見ることのできない珍しい現象の筈…なんだがな…」


「珍しいのニっ? でもニキ達昼前にも見たニよっ? 今みたいにドババ~って」


「珍しいことには珍しいんだ…、ただ最近同様の目撃情報が多発してる…。──はっきり言って〝異常〟なんだ…今の砂漠は…」


ベジルが言うには、本来ヒット・モンテで浮き上がる生物の数は精々1匹で、2匹同時はほとんど見られないんだそう。


しかも大抵の場合、砂中で死んだ生物はそのまま砂中で暮らす生物の餌になる為、そもそも浮き上がること自体が稀。


だからヒット・モンテは滅多に見られない現象…らしいニけど…、それが多発して…なおかつ数十匹が同時に浮き上がるのは確かに異常ニね…。


「同時に浮き上がるってことは…同時期にこの数がほぼ一斉に死んだってことだ…。そんなことが普通あるか…? 間違いなく何かしらの〝異変〟が起きてる…」


異変…っと聞けば嫌でもの存在が脳裏をよぎる…。確実にこの砂漠のどこかに魔物がいる…、ほっとけないニね…。


でも魔物がいるのなら石版も確かにあるってことニ…! 早いとこカカを見つけて、ササッと石版を入手して魔物をぶっ倒すニ…!


「道草食ってる場合じゃないニね…! さっさと出発するニよ…!」


「そうは言うがよ…砂上船ふねがこんなじゃすぐにとはいかねえぞ…」


「あっそれは問題ニよっ! ──よーっこいしょいニ!」


ニキは傾いたマストを掴んで、力いっぱい上に放り投げた。砂上船ふねは勢いよく元の状態に戻り、これでまた走れるようになったニ!


「あとは散った積荷を全部積み直して完了ニねっ! パパっとやって再出発ニ~!」


「お…おうっ…、スゲーな…アンタ…」



──第49話 襲い来る自然と異変〈終〉

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