第48話 交渉

場所はノッセラーム南門付近──ニキ達はメイドファンの女性から教えて貰った個人経営の砂駆屋の扉に手をかけた。


絶対絶対…首を縦に振らせてみせるニ…! 最悪実力行使…っは可哀想だからやらないとして…、賄賂くらいは覚悟した方が良さそうニ…!


たたずまいはどこかちゃちいけど…ここに断られたらもう手はなし…! 大人しくラクダを借りての大砂漠横断が幕を開けてしまうニ…。


“カランコロンカランッ♪”


耳障りの良いドアベルの音と共に、ニキ達は砂駆屋に入った。思ったよりかは広いけど…ニキ達以外に客の姿はない。


っというか店主の姿もない…、あれ…? 間違えて人ん家に入っちゃったニ…? 店っぽい内装した一般家屋ニ…?


受付台と思しき所に置かれている呼び鈴を鳴らすも、奥からの返答はない…。表の看板にはちゃんと〝OPEN〟の文字があったんだけどニー…。


一旦置かれているソファーに腰を下して、アクアスとどうしようどうしようしていると…不意に受付奥のドアがゆっくりと開いた。


「んー…? ああっ…やっぱ聞き間違いじゃなかったか。あー悪ィな…ちょいと居眠りしちまってたみたいでな…」


ドアの向こうから姿を現したのは、深緋ふかひの髪をした大柄の男。頭部に角のない店主らしき男は、眠そうに目を擦りながら受付台の椅子に腰を掛けた。


なんだろう…なんだか言葉にできない不安に首筋を撫でられてる気分ニ…。仮に許諾してくれても砂上船転覆とかの悲劇起こりそう…。


「あのー…わたくし達は砂漠の南側に行きたいのですが…」


「あんっ…? 南側だァ…?」


南と聞いた瞬間、眠そうにしていた男は途端に表情を変えた。鋭い目つきでこっちを睨み付けてくる…、でも臆すわけにはいかないニ。


怪訝な表情を浮かべる店主に負けず、ソファーから立ち上がって受付台の椅子に座った。話し合いのスタートニ…! 絶対依頼を受けてもらうニよっ…!


「よく見りゃアンタ等…この国のもんじゃねえな…。砂漠ここも初めてだろ…? でなきゃ南側に行きてェだなんて発言が出る筈がねえ…自殺行為だぞ…?」


「南側は危険なんだよニ…? 砂駆商会デザートギルドで散々言われたから知ってるニよ…。それでもニキ達は行かなきゃならないのニ…! お願いニ…!! この通りニ…!!」


ニキは手を付いて受付台に額がくっつく程頭を下げた。アクアスも後ろで必死に頭を下げている、美女2人に頭を下げられちゃあ無下に断れもできまい…!


これでも進展しないなら最終奥義〝女の涙エンジェル・ギフト〟を使わざるを得ないニね…! ウ〇コ捻り出すぐらい力めば涙の一つくらい出る筈ニ…!


「そんだけお願いされてもなぁ…、まあ引き受けるかどうかは別としても…ひとまずアンタ等の事情を聞かせてくれ。なんで危険を承知で南側に行きたいんだ…?」


進展キターー! 今まで回った砂駆商会デザートギルドじゃ従業員保護思考が邪魔をして…まるで事情を話せなかったからニ…!


ここで話を盛りに盛って、涙なしには聞けないぐらいの感動秘話にしてやるニ…! ニッキッキッ…! 涙腺崩壊待ったなしニ…!




        話盛り盛りで提供中ですニ~

     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




「なるほどな…、事情は分かった。だがやはり引き受けるのは難しいな…、アンタ等のお仲間さんには悪いが…」


なニー!? バカな…涙腺崩壊して爆散死は免れない程の感動大作に仕上げたというのニ…、涙一つ流さず…しかも断るだなんて…。


ニー…人の心がない奴め…、こうなればやはり最終奥義を…──


「──お願いします…、どうか…力を貸してください…。なんでもします…、だから…南側に…、どうか…」


涙を捻り出す為に力をいれようとした直前、背後からアクアスの震える声が聞こえ…振り返るとアクアスは涙を流して土下座していた。


少しの間…小さなすすり泣く声だけが部屋の中を満たしていた…。力んでなくとも涙が流れそうになる…、涙腺崩壊で爆散死しそうニ…。


「まあ…想いの強さは伝わったよ…。だが…そうだな…、んー…」


アクアスの涙に…ついに店主の心が揺さぶられた…! 頭の中で何かがぶつかり合っているご様子…、葛藤が生まれているようニ…。


こうなったらもう祈るしかできない…、アクアスの涙が無駄にならないことを神とカカに祈る…。お願いニー…どんな無理難題でもいいから引き受けてくれニー…。


「よし分かった…、こっちの要求をのむんなら特別に連れてってやるよ。ただし連れてくだけだ…捜索は勝手にやってくれ…!」


「ありがとうございます…! ありがとうございます…」


ついに「連れてく」の四文字を引き出した…! ニキは感涙するアクアスを抱きしめて嬉しさを共有、これでカカの捜索に動けるニ…!


って思ったけどまだ肝心のを聞いてないニね…。無理難題でもいいとは言ったけど…そこまで難しくないのであれば助かるけどニ…。


「条件ってなんニ…? ムカつく奴の暗殺とかは勘弁してほしいけどニ…」


「俺を何だと思ってんだ…? 要求すんのはシンプルに金だ…、生きてく上で必要不可欠だし…個人経営は色々大変なんだよ…」


良かった…金ならなんとかなりそうニ…。なんせニキのリュックの中には4万リートも入ってるからニ…! カカが羨む程の大金があるからニ…!


いくら要求されようとも惜しむつもりはないニよ…! ドヤ顔でスパッと払ってやるニ…! さあいくら欲しいか言ってみろニ…!!


「要求金額は──10万リートだ…!」


「じゅじゅじゅ10万リート…!!? 想像の遥か上ニ…!?」


4万リートでドヤってたのが恥ずかしくなる金額の提示…、ニキだけの手持ちじゃまるで足りてないニ…。


「アクアス…いくら持ってるニ…? ニキは4万Rならあるニけど…」


「飛空艇に戻れれば15万Rはあるのですが…今持っている皮袋さいふの中には7000Rしかありません…」


ニー…しめて4万7000R…、流石に5万以上足りてないんじゃ…値下げ交渉も上手くはいかないだろうニ…。


でもせっかくアクアスが生んだこのチャンスは無駄にできないニ…! なにか…なにかドカッと大金を得られる方法は…──そうニ…!


「どうする…? 南に行く以上俺も危険なんだ…、金額は下げられねえぞ…?」


「そんな…、足りない分は必ず後で払いますので…どうか今はこれで…」


「いや…、そんなことしなくてもいいニよ…。──フッフッフッ…、上等ニ…! ニキの底力ってやつを見せつけてやるニ…!! アクアスはここで待機しててニ…! その男が他の客に獲られないように見張っててニ…!」


そう言ってニキはリュックを背負い、アクアスを置いて砂駆屋を出た。一応看板を〝CLOSE〟にひっくり返して、人通りの多い広場を目指す。


アクアスの想いを無駄にしないニ…! ここでニキも応えなきゃ親友じゃないニ…! ──凄腕旅商人の本領を発揮する時ニ…!!








“──カランコローンッ…!!”


「待たせたニー!! 凄腕旅商人のお帰りニよー!!」


「ニキしゃま…! ムグムグ…お帰りなしゃいましぇ…」


砂駆屋に戻ってくると、アクアスと店主はソファーでアップルパイを食べていた。確かにもうおやつ時だけども…、ニキの分は残ってるかニ…?


「ってそんなのどうでもいいニ…それよりもこれニ…! おらニーー!!」


ニキはテーブルの上にパンパンの皮袋ふくろを4つ置いた。ズシッと重たい皮袋ふくろは、テーブルを少し揺らす程だ。


中身はもちろん全部お金…! これを手に持ちながらここまで歩いてくるのは大変だったニ…、特に人目が…。襲われるかもって気が気じゃなかったニ…。


「オイオイ凄ェな…どうやってこの短い間でこの大金を…? オマエさんまさか…白昼堂々盗みでも働い…」


「ってないニ…!! 失礼ニ…! 名誉棄損ニ…! これはニキのハイパー・ウルトラ・スペシャル・ハイパーな手腕で稼いだだけニ…!!」


「ニキ様…ハイパーが2つ入っております…」


人通りの多い広場で即席露天を設け、できるだけ稀少で貴重な商品を多く売り出した。それも人目を引きやすい物を重点的に、魔獣の頭骨とかそんなのを。


ニキの商品に気を留めた人が足を止め、足を止めている人に釣られてまた他の人が足を止める。その連鎖が続いたことで、ニキの露天は大繫盛を博した。


他の商人達はニキを疎ましく思って睨み付けてきたけど…そんなことはどーでもいいニ…!! パンッパンの皮袋ふくろを見せびらかしてやったニ…!!


「ちょっと止め時見失って時間かかっちゃったけど…全部で12万Rあるニ…! 釣りは要らないニよ…! だからニキ達を南側に連れてくニ…!!」


「そんな強く言わなくても分かってるよ…、俺も男だ…二言はねえ…! 約束通り南側に連れてってやるよ…!」


その発言を聞いて、ニキは反射的にアクアスと抱き合った。カカを見つけたわけじゃないのに、不思議と達成感が込み上げてきた。


むしろここからがスタートなわけだし、気を引き締めないとニ…! 向こうに着いたら徒歩の捜索だし…今のうちにルートを決めた方が良さそうニね。


「店主さーん、砂漠の地図って余ってたりするニー?」


「おうっあるぜ、受付台に置いてあるやつ持ってきなっ」


話の分かる店主で良かったニ、ではでは遠慮なく頂戴。飛空艇じゃあカカが見てたのをチラッと覗いただけだったけど、いざこうしっかり見ると広いニね…。


ざっくり四方位に分けても…徒歩での南側制覇に何日かかるか見当もつかないニ…。ご親切にオアシスの場所が描かれてるわけもないしニ…。


「よしっ、そんじゃぼちぼち出発と行くか。俺は他に準備があるから、アンタ等は南門の先で待っててくれ」


「了解ニっ、さあ行くニよアクアスっ! カカ捜索作戦スタートニー!」




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




店主に言われた通り、ニキ達は一足早く南門の先に到着。親切にオーニングが設置されていたので、店主が現れるまでの待機時間も苦じゃないニ。


アクアスと並んで干し肉をかじりながら待っていると、遠くから砂を搔きわける様な音が近付いて来た。日陰から出ると、砂上船に乗った店主の姿が。


帆のついた小型の砂上船には弓砲バリスタが取り付けられていて、船底にはソリの様なものが見える。これが砂上船…初めて見たニっ!


「待たせたなっ…! 少し準備に手間取っちまった…、なんせ数日分の水やら食糧を1人で積んでたもんでな…。金なきゃ手伝いもしねえ連中ばっかで辟易するぜ…」


店主が言う通り、砂上からでも大量の木箱が積まれてるのが確認できる。それもかなりの量…あれを1人は確かに大変ニね…。


「でもただ往復するだけにしてはちょっと大袈裟じゃないニ?」


「そりゃあ多めに4人分あるからな、あの量にもなんだろ。アンタ等の主を帰ってくる為の備えだ」


「ニ…? 乗せてって…、依頼内容はニキ達を南側に連れてくだけニよ…?」


ニキがそう言うと、砂上船の上に立つ店主は不意に大きな剣を持ち上げて背中に装備した。鈍い光

を放つ…黒くごっつい大剣。


見るからにハンター御用達って感じの武器…、ただの砂駆が持ってるとは思えない武器ニ…。まあそれはカカにもアクアスにも言えるニけど…。


「俺は報酬以上の仕事はやらねェが…報酬以下の仕事もしねェ…、アンタから貰った余分な〝2万R〟分は仕事しなきゃな…。遭難者の捜索…俺も協力するぜ…!」


「わああっ…!! 聞いたニ…?! これで予定よりもずっと早くカカを見つけられるニよ…! もの凄く僥倖ニ…!」


嬉しさのあまり、ニキはアクアスと手を取り合ってぴょんぴょん砂の上を跳ねた。アクアスも目に涙を浮かべて微笑んでる…、良い流れがきてるニ…!


「ただし南側までのルートは俺が決めるぞ。どうせアンタ等じゃ砂漠を真っ直ぐ突っ切るとか言い出しかねないからな」


頭の中で「えっダメ?」っと一瞬思ったけど…冷静に考えたらそりゃそうニ…。砂漠のど真ん中を突っ切っちゃうと…また横流砂にハマっちゃう危険があるニね…。


店主は迂回するように東側を通って南側に行くルートを進むそう。若干遠回りにはなるけど…確実に辿り着けるならばそれが最善ニ。


「さあ乗れ、危険な砂漠旅の幕開けだ…! 死ぬ覚悟はあるか…?!」


「上等ニー! 死んでもカカを見つけ出すニよー!!」


意気を高め合い、ニキ達は砂上船へと乗り込んだ。積荷の傍にリュックを下して、出発の用意ができたと伝えると、店主は勢いよく帆を張った。


帆は風を受けて前にピンっと張り、砂上船はゆっくりと前進を始めた。店主は舵を切って向きを調整し、ニキ達は街から徐々に離れていった。


砂上船の上で感じる頬を撫でる風は、えぐいほどに熱風…。この暑ささえなければ…素晴らしい船旅なのニ…。


でもあの歩きにくかった砂の上をここまでスイスイ進むとは…心の底から最後まで砂上船を諦めなくて良かったと思えるニ。


「そういや自己紹介がまだだったか…? 俺は〝ベジル〟ってんだ、短ェ砂の上の間だけだが…まあ仲良くいこうぜ」

< 砂駆 〝???族〟 Beyzir Rerlabベジル・ラーラバンane >


わたくしはカカ様のメイドのアクアスと申します」


「テッテケテ~! 凄腕旅商人のニキですニ~♪」


ニキとアクアスはそれぞれ自己紹介と握手を交わした。過酷な砂漠旅…手を取り合っていかなきゃダメだからニ…!


ニキ達を乗せた砂上船はみるみるうちに街から離れていった。きっと何事もなく進めはしないだろうニけど…、気合いと手助けで乗り越えてみせるニ…!!



──第48話 交渉〈終〉

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