第46話 砂漠の受難

“ドスッ…!!”


「がはァ…?!!」


「おおっ~いいのが入ったニね~」



──あさ -王都レヴルイス-


私達は昨日のうちに出発の準備を全て整え、身体を最大限癒す為に宿屋に泊まった。普段は飛空艇のハンモックだから、久々のふかふかベットは最高だった。


だがその素晴らしい眠りはアクアスの攻撃によって妨げられた…。合わせた両手で腹部をガンッ!って…、最悪の目覚めだぜ…。


「ニキもさっき脇腹に膝入れられたから、これで仲良く最悪の目覚めを味わったニねっ! あ~アクアス待つニ~、その状態で外に出るのは危ないニ~(周りが)」


うぐぅ…んにゃろぉ…、アイツの寝ぼけ癖だけはどうにも直らんなぁ…。マジで縛り付けてやろうかな…? こっちがもたねえよ…心も体も…。


まだ完全に目覚めていないアクアスは、今もなおドアを開けて廊下に出ようとしている…。ニキが羽交い締めで止めている今のうちに、チョップ連打で起こす。


「──はうっ…?! わたくしは一体何を…、ってイタタタ…?! カカ様ニキ様…!? 朝っぱらから一体何を…!?」


「あっ起きた、おはようニ~」


「おうやっと起きやがったかドリームブレイカー、朝限定で魔物以上に厄介な私のメイドよ…おはようっ」


「おっ…おはようございましゅ…」


いまいち状況が飲み込めていない様子のアクアスは、チョップされた箇所をさすりながらペコリと頭を下げた。


自覚症状がないのも厄介だよなぁこれ…、いつか殺人犯しそうだな…ってかられるとしたら私か…。


「まあいいわ…、そんじゃ身支度してさっさと出発すんぞ…! 忘れ物ないようになっ、アクアスはこっち来い、髪整えてやる」


「ありがとうございますカカ様っ!」


アクアスの髪を整え、3人で私の衝棍シンフォンを探し出し…身支度を済ませた私達は宿屋を後にして発着場から空へと飛び立った。


いよいよサザメーラ大砂漠…、前情報ほとんどないけど…聞いてくればよかったな…。まあ言っても砂漠だし…おおよそ検討はつくが…。


どうせ目眩するぐらい暑くて…チョー危険な生き物いて…、凄腕を自称するヤベー奴が居るんだろうなぁ…。あと下半身だけの奴ゥ…! ※ニキ・ナップ


「砂漠ですか…、いざ実際に自分が行くと考えると不安が募りますね…。──居るんでしょうね…自称凄腕…」


なんかアクアスも警戒してんな…、ばつが悪そうな表情かお浮かべてるぜニキが…。


だが実際問題、昼夜の寒暖差とか流砂とかは知ってるが…言ってしまえばごく一般的な知識しかない…。なんせ砂漠なんて本でしか見たことないから…。


知ってる知識なんて子供とほとんど大差ない…、暑くてヤバくて砂だらけ…これから砂漠に行く者としては舐め過ぎかな…? 全滅もある…?


「なぁニキ、オマエって砂漠経験あるのか?」


「んー、数年前に1回だけ行ったことはあるけど…その時はガイドさんが居たからあんまり危険じゃなかったニ。知識は若干あるけど経験は素人同然ニ…」


んむー…知識があるだけマシと考えるべきか…。いずれにせよ今回の石版集めはニキの知識と道具アイテムだよりになるかもな…。ガイドが見つかれば話は別だが。


昨日買った地図によれば、北側に〝ノッセラーム〟って大きめの街があるらしい。そこに行けばガイドの1人2人見つかる筈、まずはそこを目指すべきか…。


しかし…他にもあれこれ気になる場所はあるが…、何故かそのほとんどが〝北側〟に密集してるのが気になる…。


地図上には載ってないだけで、北側に水源が密集してたりするのかな…? それとも他が生活に向かない程に危険なのか…。


これから砂漠中を探し回ることになるやもしれない身としては…、前者であることを天に祈るばかりだな…。砂漠の危険とか考えたくもないわ…。


「カカ様ニキ様、朝食のご用意が整いましたっ! 今日の朝食は、ナルラ様からいただいたお野菜をふんだんに使ったフレッシュサンドですっ!」


「わーいっ♪ 食欲湧いてきたニー♪」


私がこんだけ懸念してるってのに…吞気な奴め…。まあいい…アイツにはお腹いっぱい食べた分だけ目いっぱい働いてもらおう…、惜しげもなく道具アイテム使わせよう。








朝食を平らげ、飛空艇は順調に空を進んでいく。出発から空景色は大きく変化していないが、一滴の汗が頬を伝った。


「なんだか暑くありませんか…? わたくし汗掻いちゃってます…」


「暑いニー…猛烈に暑いニー…、茹でダコみたいになっちゃうニー…」


後ろを振り向くと、アクアスはハンカチで汗を拭いており、ニキは床に仰向けでぐったりしていた。少し前の呑気はどこへやら…。


しかしさっきよりも確実に艇内の温度は上がっている…、弱い息苦しさに胸を締め付けているような感じ…。


だがこれは仕方がない、何故ならその理由が眼前に広がっているのだから。立ち並ぶ色褪せた木々の先に、淡黄色たんこうしょくの大地が顔を覗かせていた。


「ひょっとしてだけど…ついに到着したのニ…?」


「ひょっとしなくとも見えてきたぞ。陽光に生きたまま蒸される覚悟はできたかー? ノンストップで突入すっかんなー」


「過酷な石版集めのスタートですね…」



──昼前ひるまえ -サザメーラ大砂漠-


いよいよ飛空艇はサザメーラ大砂漠上空に到達し、どこを見ても淡黄色たんこうしょくの大地がどこまでも広がっている。


艇内の温度はさっきよりもドカッと上昇し…意図せず呼吸が荒くなる…。後ろからは微かなニキの呻き声がずっと聞こえてくる…。


「カカ様…今どの辺りを飛行してるんですか…? こうも地上が砂一色ですと…地図があってもまるで分からず…」


「レヴルイスからただ真っ直ぐ砂漠に向かってたから…、ちょうど砂漠のど真ん中くらいかな…? 北側に向かう前にちょっと色々見ておきたくて寄り道してるよ」


今私は操縦しながら望遠鏡で砂上を覗いて、どんな生物が生息してるかを見ている最中。どんな生物が暮らしているかどうかで、大まかな生態系が分かるからだ。


今までに見つけたのは〝全身棘だらけの四足獣〟に〝三ツ首の大蛇〟、〝全長約23フィート※約7メートルはあろう巨大亀〟…エトセトラetc…。


名前までは知らないが…分かり易く危険だってことは理解した…。北側にやたら密集してた理由はこれだな絶対…、祈り失敗…神なんて幻想…。


「オマエも見てみるか…? ちょっとは気晴らしになるぜ…?」


「そうさせていただきます…、まだこの暑さに慣れなくて…」


望遠鏡を手渡すと、アクアスはきょろきょろと砂上を見渡し始めた。思ったよりも大きな生物がいるから、意外と退屈しないんだこれが。


もう少しこの辺り飛んで、この灼熱に体が慣れ始めてきたらノッセラームとか言う街を目指そう。街は空より涼しければいいな、ニキの為にも…。


「…っ! カカ様…! 観録西北西かんろくせいほくせいに何か…巨大生物の亡骸らしきものが見えます…!」


「亡骸…? ちょっと見せてみろ。 ──なんだありゃ…?」


砂の上に力なく横たわっている何かの死骸…、その大きさはこれまで発見したどの生物よりも巨大なのが分かる…。


背中をこっちに向けて倒れてるせいで…それらしき外傷が見えない…。だが周りの砂が赤黒く変色してるのを見るに…余程外傷は深いのだろう…。


ただの死骸であれば対して気にしたりはしないのだが…、シヌイ山でも同様の事があったからこそ無視もしづらい…。


もしあれが魔物の仕業なのであれば…外傷から魔物の特徴なんかを割り出せるかもしれない。それはいずれ戦う上でのアドバンテージになりえる。


「しょうがねえ…確認しに行くか…。街で涼むのはもう少し後になりそうだ、我慢したまえよ悶えるニキ君」


「ニビャァァァ…」




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




不測の事態を警戒しつつ、私は上空から見えた死骸の近くに飛空艇を停めた。あの死骸がまだ新しかった場合…まだ近くに元凶が居る危険があるので要注意だ…。


いつでも戦える装備を整え、扉を開けて甲板へと出た。直後降り注ぐ灼熱の光…、艇内とは比べ物にならない程暑い…。


「ニィィィ…! 暑さが段違いニー…! ニキはお留守番してるニー…」


「バカ言ってねえで行くぞっ、オマエの知識も必要なんだからなっ」


よろよろのニキを引きずり出して、初となる砂漠に足を踏み込んだ。土よりは柔らかいけど、足が沈んだりはしない。


こんな砂の足場が途方もなく広がっているとは…つくづく感激するぜ世界の神秘に…。やっぱり本で読むのと実際に体験するのとじゃ全然違う…!


このままもう少し初砂漠の感激に浸っていたいが、まずは死骸の確認を優先する。砂の上を歩きながら、横たわる死骸に慎重に近付いていく。


「うっ…?! 流石に血生臭いですね…、鼻が痛いです…」


「ただ死臭がしねえな…、ってことはやっぱ新しい死骸なのかな…?」


近付くにつれて強くなる血の臭いに…顔を歪ませながら更に近付いていく。やがて私達は手を伸ばせば触れられる距離にまで着き、死骸の全容が見えた。


死んでいる生物はまるで岩の様な甲殻で全身を覆った、全長66フィート(※約20メートル)はあろう巨大クジラ。


針の様に硬い髭と鋭い牙…コイツ余程危険な生き物だろ絶対…。手で甲殻をコンコンッ叩いてみると、そこからは見た目以上の硬度を感じ取れた。


「こんな隙のない生物がられるなんてニー…、これ見てニ…」


ニキが見つめる方向には、説明すら不要な…明確な死因があった…。甲殻ごと腹部の肉を食い千切られている…、しかも見た感じひと口でだ…。


口の大きさからして…これをやった生物は少なくともこのクジラ並みの巨体だろう…。もしこれが魔物なら…シヌイ山の魔物よりもデカい…。


「なあニキ、この噛み跡からどんな生物がやったか予測できないか…?」


「う~ん…難しいニね…、多分…トカゲみたいに顔がシュッとしてる生物…かもしれないニ…。ちょっと知識があるド素人の意見だけどニ…?」


トカゲか…砂漠には色んな種類のトカゲが生息してるらしいし、一応解釈は合致してるな。つっても爬虫類ってほとんど顔シュッとしてないか…?


砂漠ってカメだのトカゲだのヘビだの、やたら爬虫類が生息してるって本で読んだが…どうやら本当らしいな…。


ひとまず魔物はの可能性があるって覚えとこう。カメの魔物ならそこまで強くなさそうでありがたいんだがな…。


「他にそれといった手掛かりはありませんね…、飛空艇に戻りますか…?」


「そうだな、得られるものは得たし、さっさとノッセラームを目指──」


“──キーン…!!”


クジラの死骸に背を向けた瞬間、私の言葉に覆い被さるように頭に響いた〝音〟。咄嗟にバッと後ろを振り向いたが、特に異変は見られなかった。


クジラは倒れたままで、アクアスとニキはきょとんとしている。だが〝音〟は未だ頭に響いている…、背後じゃない…〝音〟は……?!


危機の方向に気付くと同時に、突然何かが砂中から勢いよく飛び出した。天高く上がったそれは太陽に照らされてよく見えないが…魚の様な形に見えた。


それを皮切りに、次々と砂中から何かが飛び出してきた。私達はすぐにクジラの傍まで避難して、私はアクアスを抱き締めた。


未知の現象は少しの間続き…いつ終わるとも分からぬ危機に身を寄せ合っていると、やがて〝音〟が止んだ。


立ち上がって辺りを見渡してみると、あちこちに魚形生物が転がっていた。どれもこれもピクリとも動かない…、どうやら死んでいるみたいだ…。


ざっと数えただけでも40匹はあるだろうか…。人並の大きさを誇る魚が40匹も同時に心中…? どういう現象なんだよそれ…。


わたくし…段々怖くなってきました…」


「ニキもニー…暑いのに背筋凍りそうニ…」


「早いとこノッセラームに向かった方が良さそうだな…、オマエ等行くぞっ…!」


私は先陣を切って、飛空艇へと走り出した。この謎の現象が何なのか皆目見当もつかないが…止んでいる今のうちに行動するのが最善だ。


走り慣れない砂の上を駆け、もう少しで飛空艇に辿り着く…──そんな時だった。


“ズズズズズッ…”


「うっ…!? 今度は何だァ…?!」


突如地震の様に足元が揺れ始め…沼の様にゆっくりと足が沈みだした…。背後からは2人の困惑した声も聞こえてくる…、私だけじゃないみたいだ…。


だが足を上げようとすれば上がるし、そうしていれば沈むことはないだろう。転ばないように注意しながら、急いで飛空艇を目指さないと…──


“ズザザザザザッ…!!”


「うおおおおっ…!!?」


「うわわわっ…!? なんニ…!? なんニ…!?」


突然の揺れに理解がまだ追い付いていないというのに…、そこに畳み掛けるように突如砂が動きだした…。それも真横に…、私は耐え切れずに手を付いた…。


足首も手も砂に沈むせいで…ほとんど身動きが取れない…。逃れようにも逃れられず…どんどん飛空艇から離れてしまう…。


川の水の様に動く砂は、かなりの速度で私をどんどん南の方へと流していく…。それだけでもかなりマズいのに…、よりマズい事態が発生してしまっている…。


「カカ様ァ…?! カカ様ァ…!!」


どういうわけか…アクアスとニキが私とは反対方向に流されている…。先陣切って2人より早く動いたことが災いしたか…。


更には飛空艇すらも流されているように見える…、それも私とも2人とも異なる西の方角へ…。どんどん状況が悪化していく…。


なんとか2人のもとに行きたいのに…まるで抗えない…。やんわり沈むせいで…砂の上を転がることもできない…。


ただ指をくわえて…遠ざかっていく2人を眺めることしかできない…。このだだっ広い砂漠のど真ん中で…、完全に分断されてしまった…。


やがて飛空艇も2人の姿も見えなくなり…、いつまで続くのかも…どこまで運ばれるのかも分からぬまま…私は流されていく…──。








──昼過ひるすぎ -サザメーラ大砂漠 北側-

<〔Perspective:‐ニキ視点‐Nikhi〕>


「ニビビー…、ようやく止まったニ…」


流され始めたあの時からそこそこ経って…ようやく砂の動きが止まった…。かなり速かったから…随分遠くまで運ばれたかもしれないニね…。


服についた砂を叩いて立ち上がり、一応周囲を見渡すもやはり何もなし…。ニー…これはバチボコにヤバいニ…、砂漠で遭難はシャレにならないニ…。


「カカ様…、カカ様…」


「ニ…? ちょっ待つニ…!」


ゆっくりと立ち上がったアクアスは、彷徨う亡者みたいにゆらゆらと歩きだした。咄嗟に手を引いて止めるも、まるで見向きもせずに進もうとしている…。


ニー…これは完全にパニックに陥っているニね…。アクアスはパニック陥ると…意外に周りが見えなくなるタイプだから正気を取り戻さないといけないニ…。


「アクアス…! 闇雲に進んだってカカと合流はできないニ…! 最悪ニキ達も死んじゃうニよ…?!」


わたくし能力チカラがあれば辿れます…! カカ様…カカ様…!」


説得を試みても突き進もうとするアクアス…。確かに能力チカラが使えば辿れはするだろうけど…、それだけじゃ絶対無理ニ…。


ニキ達はかなり遠くまで流されてるし…降り立ったあの地点に戻るだけで2~3日は要する筈…。とても現実的じゃないニ…。


ニキはアクアスの前に回り込んで、なんとか冷静を取り戻すように言葉を掛け続けるも…アクアスはどこか上の空。


「しっかりするニ…! 心配する気持ちだけじゃ誰も救えないニよっ…!!」


このままじゃ埒が明かない…、そう感じたニキは両の手でアクアスの頬っぺたをベチンッと挟んだ。


「うっ…、申し訳ありません…ニキ様…」


アクアスはなんとか少しだけ冷静を取り戻したみたい。背伸びして頭をなでなで…、カカを心配する気持ちがビシビシ伝わってくるニ…。


カカが居ない以上…ニキがお姉さんとしてしっかりしないとニ…! ニキの知識と道具アイテムを駆使して…なんとしてもカカを救い出すニ…!


──っとは言ったものの…まずはどうするのが正解なんだろうニ…? ニー…こういう時カカならどうするかな…。


カカなら…カカなら…、あっそういえば…! 確かカカが見てた地図には、ノッセラームって街が記載されてた筈…!


ノッセラームは確かー…北東だったけニー…、太陽の位置からして北東は…あっちニねっ! あっちに進めば街が見つかるかもしれないニ…!


砂漠の街にならきっと…徒歩よりもずっと速い移動手段がある筈…! それさえ手に入れられれば、アクアスの能力チカラと併せてカカを見つけ出せるニ…!


「よーしっ! そうと決まれば急いで北東に進むニよっ! 砂漠の移動手段をゲットして、絶対カカを見つけ出すニー!」


「はいっ…! カカ様…必ず助け出してみせますから…!」



──第46話 砂漠の受難〈終〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る