第45話 双璧の女王

「許可証がも…もらえ…もらえな…もももももっ…!?」


「カカ様しっかりしてください…! まずはしっかり話を聞きましょう…!」

「紅茶飲ませるニ紅茶…! 鼻から流し込むニ…!」


「なんだかすまぬな…しっかり建前から話すべきじゃった…」


柄になく取り乱してしまった私は…アクアスに説得されてなんとか平静を取り戻し、鼻に注ごうとしてくるニキを力尽くで止めた。


危ない危ない…こういう時こそ冷静にならなければ…、衝棍シンフォンの修理の時もなんだかんだちゃんと直ったし…希望を捨てるには早い…。


「説明に戻るぞよ…? 先刻述べた通り…其方等に許可証は渡せぬが、それはあくまで〝今すぐ〟と言う話じゃ。決して意地悪とかではないぞ…?」


「もちろんそれは重々承知してますが…今すぐとはいかないのは何故です…? 手続きや発行に時間がかかるからで…?」


「無論それもあるにはあるが、知っての通り〝指定特級〟は最上級に位置する存在じゃ。いかなる理由があろうとも…外から来た者にほいほい与えては示しがつかんのじゃ…。少なからず其方等が発行されるに充分な実績を上げねばならぬ…」


実績か…、リーデリアじゃ魔物討伐と石版の回収って実績があるけど…まあベンゼルデじゃ無効よな…。


手紙には記されているだろうが、それでも簡単に信用することはできないのだろう…。〝指定特級〟の価値はそれほどまでに高いのだ。


〝指定特級立入禁止〟は、何も危険区域にのみ定められるものじゃない。国にとって重要な文化遺産や自然遺産にも定められている。


更には指定三級~一級は地方が管理しているのに対し、指定特級は国の管理になっているというのも大きい…。


不用意に外部の者に許可証を渡してしまうと…思わぬトラブルを振り撒く種になってしまいかねない…。


「とは言え、妾も隣国で起きた悲劇を解決せんとする其方等の為に尽力したい気持ちはある。そこでをとることとした」


「特別な処置…? 一体それは…?」


「妾直筆の手書きの許可証を持たせてやるのじゃ、簡単であろう。じゃが臣下の皆には言ってはならぬぞ? 臣下は其方等に許可証を渡すことに反対しておるのでな」


大変ありがたいけれど…いいのだろうか女王として…。バレたらえぐいことになりそう…脳裏にロダン兵長の強面が浮かぶ…。


しかし貰える物は貰う主義、誰にもバレないよう口にボタンしてありがたく受け取ろう。その意思を伝えると、アイリス女王は笑顔で頷いた。


これで万事解決…っと思った矢先、アイリス女王は確認事項があると言い、手書きの許可証についての詳細を語り始めた。


手書きの許可証はあくまで指定した地域でのみ効力を発揮できるように書く為、それ以外の地域では使えないとのこと。


今回はサザメーラ大砂漠に用がある為、そのことをアイリス女王に告げた。これで手書きの許可証は、使えるようになった。


次に万が一その許可証を落としたり盗難されたりした場合、私達以外の者が行使できないよう身分証明書の内容を記載する必要があるそう。


私達3人の生誕年月せいたんねんげつと本名を記し、許可証を使う場合は毎回身分証明書と照合させなければならない仕組みと言うわけだ。


私はポーチの中から身分証明書を取り出して女王に渡した。最近更新とかしてなかったから羊皮紙が若干くたびれている…、破れる前に新しくしなくちゃな…。


私が提出すると、アクアスも続いて身分証明書を渡した。私のとは違って実に綺麗…私のだらしなさが際立つね…。


「ニキ様どうか致しましたか…? 何やらそわそわしているご様子ですが…?」


「うーん…実は身分証明書をかなり前に失くしちゃってニ…、酒業の儀完了証明書しか持ってないのニ…」


「ふむ、しかし生誕年月と名は記されておろう? であればそれで構わぬ」


身分証明書は失くしても自国に戻れば再発行できるというのに…コイツ旅ばっかりしてほとんど自国に帰ってないな…? 親不孝者め…。


前にニキと話した時、花の町フロアのことを何も知らなかったし…出身はドーヴァじゃないだろうから…、どこの出身なんだコイツは…?


生息域の偏った人族ヒホが他に暮らしてるのはどこだっけな…、〝鉱人族グロスの国ランバボッカ〟に集落があるんだっけか…? 覚えてねえな…。


「これでよしじゃ、証明書これは返却するぞ。しかし其方…種族は2人と同様人族ヒホで間違いなかろうな…? 〝竜人族ゴラン〟や〝妖人族フレイ〟ではあるまいな…?」


「違いますニ…! その証拠にほらっ、別に耳尖ってたりしませんニ…!」


ニキは頭巾の横の部分を少し引っ張って、私達にまで耳を見せてきた。小さくて丸っこい耳、竜人族ゴランとも妖人族フレイとも違う耳。


「であれば問題はないのう、疑ってすまぬな。竜人族ゴラン妖人族フレイはベンゼルデへの入国が禁じられておる故、どうしても確かめねばならんのじゃ」


「入国禁止…? 何かあったんですか…?」


アイリス女王の話によると、竜人族ゴランは百数年前…ベンゼルデの地を狙って大規模攻撃を仕掛けてきたことがあったそう。


かつての先人達は長い戦いの中、なんとか退けはしたものの…多くの被害者を出したこの一件は大問題になり…、以来入国を禁じたそう。


それに関しては竜人族ゴランが悪い…サイテー。百数年も前のことだし…今の人達には直接的な関係はないけどまあ仕方がない…。


妖人族フレイはどうして入国禁止なんですニ…? 妖人族フレイって別に戦闘が得意な種族じゃないですよニ…?」


「そっちも色々事情があっての…、其方等は王都の街並みを目にしたであろう?」


「あの美しい木造建築ですよね? あれと何か関係が?」


「あれは〝樹石じゅしゃく〟と言っての、正確には木材ではなくベンゼルデ国内でしか採れない貴重な鉱物なのじゃ。それを巡ってひと悶着あっての…」


ニキが言った通り、妖人族フレイは戦闘に向いた種族ではない。だがその分小手先が器用で、物作りなどが得意な種族だ。


事はおよそ80年前、この国でしか採れない貴重な鉱物に目を付けた妖人族フレイは、無断で樹石じゅしゃくを採取して自国に持ち帰っていたそう。


加工・製作が大好きな妖人族フレイにとって、見た目は木で質感が石なんていう面白素材は涎が止まらない代物だったろう…。


何度注意しても盗掘被害は後を絶たず…最終的には入国禁止の流れになってしまったらしい…。やてんねェ妖人族フレイ…!


それらの事情があり、2種族は入国を禁じられているそうだ。先人達の過ちを現在いまの者達にまで科すのは可哀想だが…致し方ないだろう…。


「よし、これで手書きの許可証は出来上がりじゃ。1枚しかない故、失くさぬようにしっかり持ち歩くのじゃぞ」


「ありがとうございますアイリス女王陛下…!」


「陛下は要らぬ、アイリス女王と呼ぶがよい」


丸めて結紐で縛った許可証を受け取り、身分証明書と一緒にポーチの中にしまい込んだ。これだけは絶対に失くせない…アクアスに託した方が良いかな…?


何はともあれ、これで無事に許可証を手に入れられたし、後は明日に向けての準備を整えるだけだ。大量の水買わないと。


「──のう其方等よ…、ムネリ殿は何か…妾達について何か言ってはおらんかったか…? もし何か言っておったら…妾に教えてはくれぬだろうか…」


紅茶を飲み干し、挨拶をしてから部屋を出ようと膝に手を掛けた瞬間、アイリス女王は少しうつむきながらそう口にした。


「ムネリ女王陛下がですか…? 何か仰ってましたっけ…?」


「特になにも言ってなかった気がするニ」


私もムネリ女王がアイリス女王に関する事を言っていた記憶はない…。だがなんだか引っ掛かる…、質問の意図はどこか別にある気がする…。


って言ってたよな…、それはアイリス女王と隣にたたずむ侍女のこと…ではないよなきっと…。ムネリ女王が突拍子もなくそんな話するとは思えない…。


となればこの〝〟はもっと広い範囲を示している筈…、城に居る者…? 王都の住民…? それとも…ベンゼルデの国民全員…?


更に引っ掛かるのはアイリス女王の反応…、どこか申し訳なさそうな…心苦しさを覚えているようなそんな──そうか…分かった。


「2人の言う通り、ムネリ女王は何も言ってはいませんでした。それに…ムネリ女王もきっとアイリス女王の意図に気付いている筈です」


「そう…であるなら…、妾も少しは気が晴れようものじゃ…」


「ニ…? どういうことニ…?」


魔物騒動によって悲劇に見舞われたリーデリアは、半壊した王都以外にも被害は多数に及んでいる。国全体で見ても…その被害は目も当てられないものだろう…。


立ち直す為に住民達はせっせと復興作業に勤しんでいるが、そこにベンゼルデからの救援はほとんど行き届いていなかった…。


最も早急に復興させなければならない王都にさえ…救援に駆け付けたベンゼルデの兵士は1人も居なかった…。


アイリス女王はそのことを今も心苦しく想っているのだ…。傷つき…苦しむ他国の民の惨状を知りながら…手を伸ばさなかった自分を…。


だが仕方がないことだ…、むしろ私は正しい判断をしたと思っている。アイリス女王が手を伸ばさないと下した判断に、間違いはないと思う。


例えば悲劇が起こった国が、海を挟んで向こうの国だったなら、アイリス女王は惜しみなく兵士を向かわせて救援活動を行っただろう。


しかし今回の悲劇は同じ大陸内で起きてしまった…、しかも得体の知れない魔物なる存在は石版と共に姿を消した…。


そんな情報が耳に入って…一体誰が悲劇の地と地続きな自国を安全と感じるだろうか。誰しもが思う…その悲劇は大陸中に広がる危険があると…。


それを素早く察したアイリス女王は迅速に手を打ち、自国の防衛を強化する方針をとったのだ。全ては力なき民を守る為に。


もし不用意にリーデリアへ人力を流していれば…手薄になった町や都市が壊滅させられていたかもしれない…。そうなればリーデリアの二の舞は避けられない…。


結果的にベンゼルデでの目立った被害は挙がっていないようだが…だったら人力を流すべきだったと言うのは結果論だ…。誰もアイリス女王を責められまい…。


王都に暮らす民達が活気に溢れていたのも…アイリス女王が防衛に徹したことによる安心感の賜物なのだろう。


そしてムネリ女王もきっとそれに気付いている…必ず理解している筈だ。でなければ…悲劇に見舞われた直後に、ボトルメールを海に流したりはしないだろう…。


アイリス女王が悲劇を知るより早く…ムネリ女王は手を打っていた…。アイリス女王が自国の防衛に徹する事を決める前から…そうなることを見越していた…。


「同じ女王であるというのに…やはりムネリ殿には敵わぬな…、格も器も到底足元に及ばぬ…。妾もまだまだよのう…」


「アイリス女王もご立派な女王ですよ、王都の賑わいがそれを物語っています」


比較対象が悪いのだ、ムネリ女王はちょっと人が出来過ぎている…。そうでなくとも隣国の現状を気に掛け続けていたアイリス女王も充分素晴らしい女王だ。


「おっと、少々暗い話をしてしもうたの…。これで話は終わりじゃ、ロダンに告げて城を後にするといい。準備も必要であろう?」


「そうですね、では失礼します。許可証の件、ありがとうございましたっ!」


深々と頭を下げて扉へと歩いていき、ドアノブに手を掛けようと腕を伸ばした瞬間、またも背後から女王の声が聞こえた。


「そうそう言い忘れておったが…もし見事魔物を討ち石版を入手した暁には、今一度この城を訪れるがよい。その時は正式に指定特級立入許可証を授けよう、もはや文句を言う者もおるまい。期待しておるぞ、助っ人等よ」


「はいっ、必ずや魔物の脅威を払ってみせますっ!」


私はもう一度お辞儀をしてから、女王の寝室を後にした。元々そのつもりだったが、女王に誓った以上必ず魔物を討たないとな…!


その為には準備だ準備…! 日が暮れるまでに必要な物揃えて、今日は早めに寝る…! 明日からまた…死と隣り合わせの冒険が始まるからな…。








──中宵ちゅうしょう -???-


月光が降り注ぐ雲一つない空に、黒い小型飛空艇の影が三つあった。空気袋には〝剣を銜える獅子〟のマークが描かれ、甲板には数人の見張りが立っている。


[フロン様ー! 観録北東かんろくほくとうで緑が途絶えている模様っ! 恐らく目的地に到着したものと思われますー!]


「今度は間違いないでしょうね…?! これで3回目よっ…?! 今度間違えたら飛空艇から吊るすかんね全員っ…!!」


[間違いありませんっ! 今度の今度こそ目的地ですー!]


飛空艇が向かう先には見渡す限りの砂の大地が広がっていた。雲の下を何匹もの魔獣が飛び交い、夜行性の動物が砂の上を駆けている。


死骸には刺々しいサソリが群がり、砂中を泳ぐ巨大なクジラは勢いよくジャンプした。他の環境とはまるで異なる生態系がそこにあった。


「やっと着いたのね…長かったわ…。それじゃあアンタ達…! どこか拠点にできそうな場所を探すのよっ…! できなきゃ吊るすかんねっ…!」


[あいあいさー!]


飛空艇は護煙筒を焚いて雲下へと高度を下げ、護煙筒の煙を嫌った魔獣は不気味な鳴き声を上げながら四方に散っていく。


3艇の飛空艇はしばらく砂の上空を飛び続けていると、砂の大地の真ん中に謎の巨大な塊が姿を現した。


見張りの1人が望遠鏡を覗いて見ると、赤銅色しゃくどういろの巨大な塊にはあちこちに穴が開いており、そこに生物の気配は感じられない。


[フロン様ー! いい感じの場所を発見しましたー! 根拠は勘ですっ!]


「じゃあ根拠って言うんじゃないよっ…! でもまあいいわ…、そろそろ空旅にも飽きてきたし…アンタの勘を信じて着陸するよ…。全員準備しなっ!!」


フロンの言葉を受け、赤銅色しゃくどういろの塊の傍に3艇の飛空艇を停めた。フロンの部下数名が穴の中へと入り、安全かどうかを確かめる。


中は空洞になっており、空から見た時と同様に生物の気配はない。外に居る仲間に安全を伝えると、フロンの部下達は色んな物を中に運び始めた。


ちなみにこの巨大な塊の正体は、〝赤鬼蟻バーンアント〟と呼ばれる指定一級危険生物が作った蟻塚。引っ越し済み。


「アンタ達っ、粗方済み次第さっさと寝るよっ! 明日から忙しくなるし、夜更かしは美の天敵だからねっ! 分かったかいっ?!」


「「「 あいあいさー!!! 」」」



──第45話 双璧の女王〈終〉

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