第37話 誓いの拳

「──ん…、んぅ…」


──中宵ちゅうしょう -グラードラ草原-


気がつくと…私は飛空艇内のソファーに寝かされていた。ちょっと目を閉じただけのつもりだったんだが…どれだけ寝てたんだ私は…。


窓ガラスから見える景色は真っ暗…、よい…いや中宵ちゅうしょうか…? 流石に何日も寝てたなんてことはない…よな…?


んー…体が重い…、頭も痛ェ…。目を閉じる前の記憶がぼやけてる…、ちゃんと魔物は倒せたん…だよな…? 皆無事なんだよな…?


頭を押さえながら周囲を見渡すと、L字ソファーの反対側にニキも寝かされていた。ニキはまだ眠ったままか…何事もなく目覚めればいいが…。


ニキは居たが、他の面々がどこにも見当たらない。きょろきょろと首を動かしていると、上の扉が開く音が聞こえ、誰かが階段を降りてくる。


「あっ! カカ起きたゴロッ! 皆~!! カカが起きたゴロ~!!」


降りてきたのはメラニで、私と目が合うなり大きな声を上げる。う~ん…頭に響く…ズキズキする…。


頭痛と戦っていると、甲板の上をドタドタ走る音が聞こえ…その音は扉を開けて階段を猛スピードで下って来る…。


「カカしゃまーー…(泣)! ▲☆=¥!>♂×&◎?(聞き取り不可能)*…(泣)!」


「なんて…!? とっ…とりあえず落ち着け…! 若干頭は痛ェけど…心配いらないよ、おーよしよし」


抱きついて泣きじゃくるアクアスの頭をなでなで。今回ばっかりはかなり心配かけちゃったかな…よしよし。


なでなでしていると、ナップ達も甲板から戻ってきた。ガチ泣きのアクアスに若干引いてる様子だが、すぐに向き直った。


「カカ、体調大丈夫? どこか痛むとことかある?」


「若干頭痛はするけど大丈夫だよ。ただほっぺが痛むのは何でだろう…?」


「あっ…えっとォ…、起きないかな~って思って…ゴロがほっぺをツンツンしたからかもしれないゴロ…」


ルークは手をちょんちょん合わせて、申し訳なさそうにしている。まあ色々言いたいところだけど、大目にみてやるか。


「…ちなみに奥歯辺りも痛むんだけどこれも~?」


「…ほっぺツンツンのせいかも…ゴロ…」


とりあえずルークの顔を指先でペチペチ、どんだけ強く突けば奥歯まで痛むんだよ…。ただでさえ岩族オマエ等の体は硬いってのに…。


「まあいいや、それより大丈夫だったか…? 私が気絶した後…危険生物に襲われたりとかはしてないか…?」


元々グラードラ草原は、危険生物が多く生息してるが故に…飛空艇を停めておけないってマットさんに言われていた。


ただ昼間は魔物の影響もあってか、ほとんど他の生物が見当たらなかった。まあ一部例外はいたけどね…大角鹿ブオジカがね…。


ただ魔物が消えた今…再び危険生物が出現してもおかしくない…。そうなると…障害物のない草原のど真ん中じゃあまりにも飛空艇が目立つ…、危険過ぎる…。


「俺達も凄い不安だったけど、大角鹿ブオジカが守ってくれてるから…多分…」


「んあ…? どゆこと…?」


ナップが言うには、気を失った私達を飛空艇に運ぶ途中、大角鹿ブオジカがその後に続いて飛空艇の傍の地中に潜り込んだそうだ。


なんの気まぐれかは知らないが…そのおかげで危険生物が寄ってこないらしい。敵に回すと恐ろしいが、敵対されなきゃこうも心強いとは。


「とりあえず事情は分かった、よいしょっと…!」


「カカ様…? どこへ行くのです…?」


「飛空艇を動かすんだよ。危険生物に襲われないとは言え、いつまでもこんな所に飛空艇は置いとけないからな、ユフラ村に引き返すぞ」


まだ立ち眩みの様にふらふらするが…操縦は座って行うから問題は無い筈…。念の為…普段以上に気を付けて操縦しないとな…。


「そんじゃ出発だ、護煙筒を焚いてくれ。オマエ等、もう間違えんなよ?」


「「「 了解ー! 」」」


元気な声と共に、飛空艇はユフラ村に向かって動き始めた。このメンバーで飛空艇に乗るのは…これが最後になるだろう…。


後ろから聞こえる賑やかな声に耳を傾け、ただ静かに…この心地良い雰囲気にしみじみと浸っていた──。








──あさ -ユフラ村-


ユフラ村に戻った私達は、村人達に温かく迎え入れられた。魔物を討ち、いずれシヌイ山に日常が戻ってくると伝えると、涙を流して感謝された。


残された子供達にも、敵は討ったと伝えると…何も言わずに泣きついてきた。敵を討ったところで両親は戻ってこないが…、少しでも気が楽になればいいな…。


他にも色々あったが、昨日はナップの家にお邪魔して早めに床へ就いた。そして朝を迎え、朝食を食べ終えた私は、小さな墓地へと足を運んでいた。


ナップのお姉さまが教えてくれた場所、私は一つの墓石の前で手を合わせていた。その墓石には…〝グラート・ヘレス〟、〝アリッサ・ヘレス〟と彫られている。


昨日アクアスとナップが寝付いた後…最後まで起きていた私に、お姉さまとナップの過去を話してくれた。


幼少のナップは今と変わらず元気一杯な子供だったらしく、バッタの様にぴょんぴょん跳ねて遊んでいたそうだ。


だが子供の好奇心に危険の2文字はなく…ある日ナップは器用に土壁を登って村の外に出て行ってしまった。


村の外は子供にとっては死地と同じ…、例に漏れず…ナップも危険生物に見つかり、危険生物は怯えるナップに容赦なく襲いかかった。


ナップへと向けられた凶爪…それを母親のアリッサが身を挺して庇った…。その後父親も駆け付け、ナップを守る為に懸命に戦い…なんとか追い払えた。


だがその時負った傷が原因で…2人は帰らぬ人になった…。子供には…正確に何が悪かったのかなんて分かりはしない…。


けれどナップは…その日を境にバッタの能力を使わなくなったらしい…。15歳を越え、成人した後も…ナップは自分を戒めていた…。


ナップは「バッタが嫌いだから」と言っていたが…やはりあれは噓だった…。きっとあの時…ようやく自分の殻を破ったのだろう…。


だから昨日、ナップがバッタの能力を駆使して私達の力になってくれたことを話すと…お姉さまは泣いていた…。


私達との短い冒険の中で…ナップはかつてのしがらみから解き放たれたのだと…。その時…私も少し涙が出た…。


だから今日…ユフラ村を発つ前に、墓参りに来たのだ。ご冥福の祈りと…2人が命懸けで守ったナップに助けられたことへの礼を告げに…。


「カカー、出発の準備できたニよ~」


「おう、今いくよ」


ニキは今朝、私が起きた時には既に目覚めていて、いつも通りの様子で朝食を食べていた。骨はまだ痛むらしい。


私は墓石に一礼をして、ニキと一緒に村の入り口へと向かった。そこには村人全員が、私達を見送る為に集まっていた。


「本当にもう行ってしまわれるゴアか…、まだなんにも恩返しできていないというのに…残念ゴア…」


「そんなの別にいりませんよ、お気持ちだけで十分です」


私達の旅立ちを残念がる酋長にそう告げたのだが、酋長は他の岩族ロゼ達になにやら合図を出した。意図を察した岩族ロゼ達は、袋を持って私達の前に立った。


ほんのお礼と言って手渡された袋には、食料やお酒などが入っていた。モルトジャヌイーもある…大事に飲まなきゃ。


「じゃあありがたくいただきますね。でも…結構量ありますねこれ…、かなり重い…。とりあえず…半分くらいニキのリュックに入れとくか」


「そうですね」


「ちょいちょーい、まだ持ち主が許可してないニよー、オイオーイ」


半分程リュックに詰め込んで、残りはアクアスに持って貰った。良いお土産を得た、しばらくは食卓が彩りそうだな。


「それで酋長…岩族ロゼ達はこれからどうするんです…? オアラーレもほぼ壊滅状態ですけど…立て直しを…?」


「いえ、今回の件で色々学びまして…我々はこのユフラ村の村人達と手を取り合って生きていくことにしましたゴア」


「おおー! それがいいです絶対っ! ここなら天敵もほとんどいませんし、岩族ロゼの強みを生かし放題ですよっ!」


良かった…私が散々願っていたことが実現した…。この辺りに生息してる危険生物なんて口裂山羊ヨツザキゴートぐらいだろうし、岩族ロゼなら傷一つ付かないだろう。


蟲人族ビクト岩族ロゼ…種族が異なる以上、少なからずそれぞれの似て非なる文化があるだろうが…きっと上手くやれる筈だ。


酋長との話が終わると、次にお姉さまが前に出てきた。しかもお姉さまだけでなく、傍らには子供達も立っていた。


「この子達は私が引き取ることになりました。両親の代わりにはなれなくとも…しっかりこの子達を育ててみせます」


「お姉さまならきっとできますよ、頑張ってください…!」


お姉さまと握手を交わし、私はしゃがんで子供達と目線を合わせた。頭をなでなですると、昨日とは違って眩しい笑顔を見せてくれた。


なで終えると、子供達はお姉さまから袋を渡され、その袋を2人で協力して私に手渡してくれた。中にはパンに野菜に干し肉、あの日を思い出す…。


「私からの気持ちです…、ナップがお世話になったことと…あの子のしがらみを払ってくれたことへの…」


「はい…全部美味しくいただきますね…。よいしょっと…」


「ちょいちょーい…」


そして最後に前へ出てきたのは、ナップ・ルーク・メラニ。本当に初めて会った時と比べて立派になったな…、なんだか目頭が熱いよ…。


「カカッ! 俺探検家辞めて、ルークとメラニと一緒にこの村を守る戦士になることにしたんだっ! この村の要にさっ!」


「カカ達と一緒に戦った経験を生かして、村一番の戦士になるゴロッ!」


「だからもう一緒に行きたいなんて言わないゴロよっ! 寂しくないゴロッ!」


フフッ、内面も少しは立派になったみたいだな…。元々連れてはいけないが…それすら少し残念に思っている自分がいる…。


寂しくない…か…、なんかこっちだけ寂しいのはそれもそれで癪だな…。どれ…ちょっと揺さぶってみるか…。


「寂しくない~? 本当か~? ──本当は…?」


「 寂しいよー…(泣)!

  寂しいゴロー…(泣)!

  寂しいゴロー…(泣)! 」


「おうっ男のくせにめそめそすんな、小突くぞ」


「カカ様…それはあまりにトラップ過ぎます…」


涙を流す3人の頭をポンポンし、指で涙を拭ってあげた。内面はまだまだだったか…、私達が出発しやすいように…必死に感情を抑えてたか…。


「で…でも…! 村の一番の戦士になるって目標は噓じゃないぞ…! たくさん特訓して…たくさん経験積んで…、絶対カカ達くらい強くなるから…!」


そう言って、3人は拳を突き出してきた。目にはまだ涙が浮かんでいるが、その表情は本物だった。決して揺るがない…たくましい戦士の顔だ。


私達は顔を見合わせ、同じように拳を突き出した。だが突き合わせる直前でビタッと止めた…。3人は首を傾げて私の顔を見つめた。


「良い志だが…ちょっと物足りないな…。──〝私達よりも強く〟っだ…! なれる奴とだけ拳を合わせてやる…! どうだ…なれるかオマエ等…?」


私の問いに3人は涙を拭って微笑み、そして力強く私達と拳を突き合わせた──。








盛大に見送られながら村を後にし、飛空艇に乗り込んだ私達は大空へと飛び立った。護煙筒を焚き、見えなくなるまで手を振るナップ達に手を振り返した。


やがてシヌイ山から草原へと出て、飛空艇を雲上の高さまで上昇させた。方向を合わせ、ハンドルを固定した私は、ドシッとソファーに腰を掛けた。


「このまま問題なければ、まぁ…ギリ明昼あかひる前には着くだろ」


「んー…! なんだか久し振りにのんびりニね~、ようやく一息つけるニ~」


私とニキは大きく背伸びをして、ボーっと天井を見つめた。まだ視界は狭いまま…、未だ視力は回復せず…右目には邪魔な眼帯がついたままだ…。


右腕もあんまり動かないし…、完治にはまだ数日かかるかな…。ニキもまだ骨痛いらしいし…満身創痍だな私達…。


「よいしょよいしょっ! ふぅ…疲れました…」


傷を労わっていると、アクアスが何やら紙袋を重たそうに持ってきた。しかも2つ…、机に置いた時の音が重い…。


ユフラ村から貰った土産物じゃないな…、なんだろう…? 何かは知らんが…ニキの前に置かれた袋がパンパンになっている…。


「こちらは先の戦いにおける、お二人の落し物になります。残さず回収したつもりですが…もしかしたら見落としがあるかもしれませんので確認をお願いします」


「おおっ! 忘れてたぜ、サンキューアクアスっ!」


「ありがとニ~♪」


紙袋に手を突っ込み、アクアスが拾ってくれた落し物を机に広げていく。中身は折れた衝棍シンフォンの残骸や、地面に刺していた毒ナイフ…そして──


これだ…〝短剣〟…、結局これが何なのかは分からない…。なんで魔物に傷を付けれたのか…、その仕組みさえも分からない…。


「はぁ…、これからやること多いな…。短剣について調べないとだし…折れた衝棍シンフォンもなんとかしないと…」


アクアスとニキが一緒なら…最悪適当な近接武器でもなんとかなりそうだけど…、魔物はおろか獣賊団クズ共相手すら危ういからなぁ…。


トーキー猫野郎は確か〝七鋭傑〟とか言ってたし…、普通に考えるなら…あのレベルの実力者がまだ6人居るってことだよな…。


いや…その七鋭傑を束ねる〝頭〟含めて7人か…。どちらにせよ…あのレベルの相手と戦うんなら、衝棍シンフォンはないと困る…。


あーあ…、ようやく石版を1つ手に入れたってのに…なんか前途多難だなぁ…。ため息が抑えきれないや…。


短剣を机に置いて、私はまた天井を見つめた…。石版も手に入れた…魔物も倒した…アイツ等とも後腐れなくバイバイした…、それなのに──


「…なぁ、ひょっとして私今落ち込んでる…?」


「そうですね、元気がないようにお見受けします…」


「なんだかんだ言って、一番別れを辛く感じてるのはカカかもニ。隣に来てもいいニよ…? ニキが慰めてあげるニ~」


「──うるさい…」



──第37話 誓いの拳〈終〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る